第24話

「ふんふふ~ん♪ーーーー~~~~~♬♪ふふんふふふふ~ん♬~~~~ーーーーー」


 穏やかに旋律を紡ぎながら、マリンソフィアはさらさらと万年筆を走らせてドレスのデザイン案を描き上げていく。社交界で何度も何度も出会った、のご婦人やご令嬢に、『欠陥』のある見た目だけはいいドレスを何着も何着も描き上げる。そして、それが完成し次第穏やかで不正のないお家のご婦人やご令嬢に完璧で『欠陥』のないドレスを仕立て上げる。


「ふふふっ、これで完成ね」


 マリンソフィアがつぶやいてドレス案を眺めていると、1枚の仕立て願書がはらりと床に落ちた。拾ってみると、そこには男性や社交界デビューを控えた少年の名前が綴られていた。


「………そういえば、これからは男性物も大々的に受け付けるのだったわね。王太子殿下や公爵家のご令息以外にも仕立てるとなると、量が多くなりそうね」


 気が遠くなりそうな量の発注数に頭痛がしなくもないが、マリンソフィアは目を爛々と輝かせて、『欠陥アリ』と『欠陥ナシ』に仕分けをしてから最高の見た目の礼服を描き上げていく。


 ーーーカツン、


「これで本当に完成」


 満足気に頷いたマリンソフィアは、まだドレスを運び込むように頼んだ30分後までに5分あることを確認してから、部屋の端にある本棚の1番下の段の左端にあるボロボロの本を取り出した。


『愚かで滑稽な裸の王さま』


 マリンソフィアの幼い頃からの愛読書にして、マリンソフィアが悲惨な実家と王宮の生活を乗り越えられた心の支えだ。


 この本は、ある国のおしゃれ好きな愚かで滑稽な国王のお話だ。

 まず初めに、お話の舞台のある国に、新しい服が大好きな、おしゃれな国王がいて、とある日、城下町に2人組の男が、仕立て屋という触れ込みでやって来るのだ。

 彼らは「自分の地位にふさわしくない者や、手におえないばか者」の目には見えない、不思議な布地をつくることができるという触れ込みでお洋服を仕立てていた。そして、噂を聞いた国王は2人をお城に召し出してきて、大喜びで大金を払い、彼らに新しい衣装を注文したのだった。


「………ばか王子が来たら、同じ触れ込みでお洋服を売ってみようかしら」


 マリンソフィアは本気で悩んで、そしてまたパラパラと本をめくった。 仕立て屋を名乗る彼らはお城の一室に織り機を設置し、さっそく仕事にかかる。

 国王が大臣を視察にやると、仕立て屋たちが忙しく織っている「ばか者には見えない布地」という布は、大臣の目にはまったく見えず、彼らは手になにも持っていないように見える。大臣はたいへん困ってしまうが、国王には自分には布地が見えなかったと言えず、仕立て屋たちが説明する布地の色と柄をそのまま寸分狂わず報告することにした。

 そしてその後、視察に言った家来はみんな口を揃えて「布地は見事なものでございます」と報告する。


 これが物語の悲劇の始まりであると言ってもいいかもしれない。だって、誰も仕立て屋の嘘を見抜けなかったのだから。マリンソフィアはクスッと笑った。


 家来の後、最後に国王がじきじき仕事場に行くと「ばか者には見えない布地」は、国王の目にもさっぱり見えなかった。国王はとてもうろたえるが、家来たちには見えた布が自分に見えないとは言い出せず、布地の出来栄えを大声で賞賛し、周囲の家来も調子を合わせて衣装を褒めた。


 仕立て屋にとっては、実に滑稽な光景であっただろう。


 そして、国王の新しい衣装が完成すると。国王はパレードで新しい衣装をお披露目することにし、見えてもいない衣装を身にまとい、大通りを行進した。集まった国民も「ばか者」と思われるのをはばかり、歓呼して衣装を誉めとちぎる。


 パンツ一丁の王さまとは、国も世の末ではないだろうかと思いながらも、マリンソフィアは最後のページをめくった。

 最後のページには、指差す少年と犬の足跡がついたパンツ一丁の国王が描かれている。


 あらすじに戻って説明すると最後の場面では、沿道にいた1人の小さな子供が、


「だけど、なんにも着てないよ!」


 と叫び、群衆はざわめめかせる。


「なんにも着ていらっしゃらないのか?」


 と、何も布地が見えなかった国民の間にざわめきは広がり、ついにみんなが、


「なんにも着ていらっしゃらない!」


 と叫びだすなか、国王のパレードは続くのだ。


 シュールとしか言いようがないが、マリンソフィアは見栄を張り続ける愚かな王さまの姿を綴るこの本が大好きで仕方がなかった。だって、誰もがみんな愚かで救いようがないと思えるから。マリンソフィアが失敗しても、この本を読んでいるときは許されるような、そんな気がしたからだ。


「ふぅー、」

「またその本を読まれておいででしたのか?」


 本を閉じた瞬間、クラリッサが穏やかな優しい声音で問いかけてきた。マリンソフィアは振り返ることなく、自嘲気味に笑って頷く。


「えぇ、どうしても読みたくなったの………」

「本当に、その本がお好きなのですね」

「………好きなんてものじゃないわ。大好きなの」


 本を抱きしめて振り返ったマリンソフィアは、淡く微笑む。そして、次の瞬間、本の表紙を撫でながら少しだけ意地悪く笑った。


「王太子殿下がもうすぐいらすはずよ。だって、もうすぐあのおばかな王子さまの記念すべき17回目のお誕生日だもの。例年通り、お昼間は城下を馬車でパレードして、夜は盛大な夜会を開いて夢見たいな量のご飯やデザートを食べて、そしてたっくさんの権力に恋をした美しい女性たちと踊るの」


 マリンソフィアは感情のない声音で言って、そしてふわっと視線を上げた。


「だからね、わたくし、この本を現実にしたいって思うの」

「………本気ですか。というか、正気ですか?」

「本気だし、正気よ。それに、初めに布を見せた時点で気がつけば、そもそも騙せないもの。その時はちゃーんと最高に素敵な礼服を仕立てて差し上げるつもり」


 これでもかと言うほどに美しい笑みを浮かべたマリンソフィアに、クラリッサは嫌そうな顔をする。


「………つまり、1度だけやり直すチャンスを与えるということですか?」

「そう、………愚かで滑稽な『裸の王子さま』にならないといいわね?」


 マリンソフィアはくすくすと笑っていた。


(あの馬鹿王子が見破れるはずなんてないもの。あいつはわたくしの好きな本すらも知らない。所詮、そんな付き合いなのだから)


 マリンソフィアはクラリッサの手にあったドレスを籠に入れて、そして手にたくさんのドレスや礼服のデザイン案を持たせた。


「次のお仕事よ。頼んだわね、クラリッサ」

「ーーー承知いたしました」


 クラリッサはカツカツとヒールを慣らして歩いていく。マリンソフィアはそんな様子を見つめながら、ふと窓の外を見つめる。


「今年はこのごみがいっぱい見える窓から、愚かで滑稽な『裸の王子さま』を見なくっちゃいけないわね。あぁ、楽しみだわ」


 オペラグラスを持った真似をするマリンソフィアの、不穏で楽しげな言葉は、とても静かな作業室に溶け込んでいった。

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