第15話

▫︎◇▫︎


 マリンソフィアは、居心地の悪い店内で絶賛ものすごい後悔をしていた。メイク道具の専門店で散々アルフレッドに意地悪をしてしまったから、お詫びにお昼ご飯くらいは彼の好きなお店に行ってあげようと思い、彼に行きたいお店を聞いて、実際にそのお店に来たからだ。


「ケンさま、このパンケーキ、とーってもおいしいですわぁ」

「そうだね、クルル。私もそう思います」

「あら!存外美味しいのね、流石はあたくしの恋人。すっごくいいお店を知っているわね」

「お褒めに預かり光栄だよ、スカーレット」

「うふふっ、褒めても何も出てこないわよ」

「ふっ、俺にとったら、君の笑顔が1番のご褒美だ」

「もうっ、コウくんったらー!!」


 甘い雰囲気の男女が至る所でイチャつき合っている。


(まるで地獄ね)


 ランチを食べられるお店を見つけられなくて、とりあえず入ってみようみたいなノリであそこにしようと指を指したアルフレッドを、マリンソフィアは呪いたくて仕方がなかった。マリンソフィアとアルフレッドが入店したお店は、『青薔薇服飾店ロサ アスール』から徒歩10分の距離にある恋人専門店のパンケーキ屋さんだった。


『いつもとは違う店に行きたいよなー』

『今回はわたくしじゃなくて、あなたが選ぶのだから、わたくしに確認を取らずに好きにしたらいいじゃないの』

『ん、じゃあ徒歩10分圏内のどっかのカフェに入ろう』

『分かったわ』


 という会話を、マリンソフィアは数十分前の自分に言って無くさせたかった。


「すまん、………大変なことになった」

「謝るのでなく、さっさと食べてお外に出る方法を考えましょう」

「そうだな」


 マリンソフィアとアルフレッドはそう言うや否や、入って3分も経たぬうちに必死になってささっとメニューを決めて食べて外に出るという共通目標を決めた。


 メニューに目を通している途中で、マリンソフィアは大きなパンケーキの絵に目をつけた。生クリームとチョコレートソースがふっかふかの4段パンケーキにたっぷりとかかっていて、いちごやぶどう、もも、キウイ、ばなな、みかんにパイナップルが載っている『ごちゃ混ぜ生クリームチョコフルーツスペシャルパンケーキ』という、いかにも完食不可能なパンケーキだ。


「………このパンケーキが食べたいわ」


 甘味が大好きで仕方がないマリンソフィアは、震える手でそのパンケーキの絵を指差し、煌々とした表情でアルフレッドにねだった。

 恋人専門店というだけあって、恋人同士の距離がとても近くなるように設計されていて、1,5人がけソファーに2人で座ったマリンソフィアとアルフレッドの肩が常に触れ合ってしまう。アルフレッドは上目遣いときらきらした表情でねだってくるマリンソフィアに『OK』と言いかけて、必死になって思いとどまった。流石に、事故とはいえ恋人専門店に絶賛片思い中の幼馴染と来て、2人でお皿を分け合い、間接キスになってしまうハートストローで炭酸ジュースを飲むという地獄は避けたい。


「………………だめだ」


 マリンソフィアの期待に応えなかったアルフレッドに、マリンソフィアは思わず頬を膨らませる。


「むうぅ、なんで」

「絶対食うのに時間かかるだろ、それ」

「うぐっ、」


 マリンソフィアは泣きそうなうるうる顔で、じーっと大きなパンケーキの絵と付属品の桃色の炭酸水を見つめた。ハートのストローが可愛くて、マリンソフィアは飲んでみたくてたまらないのだ。


(さてはこいつ、間接キスにも、分け合ってパンケーキを食べるという事実にも、一切気づいていないな?………ここまで鈍感な馬鹿には、多少の意地悪も許される、………か?)

「………今日だけだぞ、ソフィア。すみませーん」


 アルフレッドは大きく溜め息をついて、そのあとに店員さんを呼んだ。


「この、『ごちゃ混ぜ生クリームチョコフルーツスペシャルパンケーキ』というのをください」

「承知いたしました。ちなみに、このパンケーキは付属品ごと30分以内に完食すれば、料金がタダになります。是非、仲良しカップルで協力して食べさせ合いっこを楽しんでくださいね」

「あー、はい」


 曖昧な返事をしたあと、アルフレッドはルンルンと目を輝かせているマリンソフィアに視線を向けた。本当に、彼女は人の気も知らないで伸び伸びとしている。恨めしい限りだ。


「いいの!?アルフレッド!!本当にいいの!?」

「あぁ、いいぞ。ただし、一応事故とはいえ恋人専門店に入ったんだ。ここにいる時間ぐらいは、恋人らしくいような」

「うん!」

「………ソフィア、本当に分かっているか?」

「分かってるよ。楽しみだなー、パンケーキ!!」


 パンケーキをぶら下げられたマリンソフィアは、ルンルンと足を揺らしていた。

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