第16話

(恋人らしくいないと、あんなに美味しそうなパンケーキを食べられないなんて、このお店って本当にケチね。わたくしなら、あのくらいのパンケーキ、多分1人でペロリと完食できるのに)


 無尽蔵に等しい胃袋を持っているマリンソフィアは、アルフレッドの肩に頭を乗せて王太子妃教育で習った、『妻は常に夫のすぐ側、触れられる位置に寄り添うべし!!』というのを実行した。この教えには続きがあり、常に触れ合える場所にいる際には、『社交界などの公の場以外は甘えた雰囲気を出し、夫に触れるべし!!』というのがあるのだ。今、マリンソフィアはその教えを思い出しながら、真っ赤な顔で愛しの実践していた。


「っ、」

(あらあら、緊張してる。わたくしに恋人らしくって言ったのはアルフレッドなのに)


 マリンソフィアの心に悪戯心が芽生えてくる。マリンソフィアは、恥ずかしいのを押し殺し、それからすりっと擦り寄ってうるっとした視線をアルフレッドに向ける。


「アル、どうしたの?頭撫で撫でしてくれないの?」

「うぐっ、………お前なぁ………………」

「うふふっ、」


 真っ赤な顔をしながらも、アルフレッドは大人しくマリンソフィアの頭をいい子いい子と撫でた。最後に会ったのが3年前、つまりまだ2人とも少女期・少年期に入ったばかりだったため、この頃は身体の接触に遠慮というものが全く存在していなかったのだ。よって、アルフレッドはよくマリンソフィアの頭を撫で撫でしていた。

 アルフレッドはここにきて昔の自分を呪いたくなった。


(絶対に許さんっ!昔の僕っ!!)


 のほほんと微笑んで、マリンソフィアの頭をふわふわ撫でていた16歳の自分に激怒したアルフレッドは、撫でる手に下心が漏れないようにするのを必死に我慢した。


「ん、」

「………強かったか?ソフィア」

「ううん、へーき。ちょっとくすぐったかっただけ」


 恋人専門店にどうにか紛れ込んだ2人は、仲むつましい夫婦のように戯れあった。


「なんかこういうの久しぶり」

「そうだな。………とても心地がいい」

「ねー。わたくしも、あなたといる時だけはとーっても楽なの」

「そっか………、ソフィアも意外と大変なんだな」

「んー、まあね。でも、昨日の夜解放されたから大丈夫」


 マリンソフィアはグーッとソファーの上で行儀悪く伸びをすると、悪戯っぽく微笑んだ。


「わたくし、昨日婚約破棄されたの」


 マリンソフィアの爆弾発言に、アルフレッドは笑顔のまま固まってしまった。

 そして、やっと喉から出た声は掠れ切っていた。


「は?」


 マリンソフィアは悪戯っぽく笑ってぺろっと舌を出す。


「うそ」

「はあー、………笑えない嘘というか、冗談だな」

「そう、でも、さっきの『うそ』って言葉が本当は嘘なんだけどな」


 マリンソフィアはくすくすと笑う。


「あ、パンケーキきたよ!!食べる準備しなくっちゃ!!」

「あ、うん、」


 マリンソフィアとアルフレッドの先には、危険な匂いがぷんぷんする、顔よりも圧倒的に大きな、太さが本の厚さくらいあるふっかふかのパンケーキが4枚重ねられ、生クリームが縦に高く巻き上げられ、チョコレートソースとフルーツがふんだんにかけられたプレートが運ばれてきた。ちょっとでもバランスが崩れれば、大惨事間違いなしだ。

 だが、店員さんは危なげなく運んでくる。マリンソフィアは、彼の重心の置き方に興味を持った。社交ダンスを踊っているかのような軽やかさだ。


「お待たせいたしました。『ごちゃ混ぜ生クリームチョコフルーツスペシャルパンケーキ』になります。30分経ちましたら、確認に来ますので、ごゆっくりお過ごしください」

「「ありがとう」」


 2人は下町にあるまじき麗しい顔で微笑んで、ナイフとフォークを手に持った。


「それじゃあ、」

「攻略開始といこうか!!」

「むう、それソフィアの台詞セリフ!!」

「まあいいだろ、ほら。食うぞ」

「いただきます」

「いただきます」


 マリンソフィアの渋々といった挨拶に、アルフレッドは苦笑しながら優雅に挨拶をした。

 パンケーキ1枚をそれぞれの小皿に移し、生クリームとチョコクリーム、フルーツも一緒に移していく。フォークでふっかふかのパンケーキをくさっと刺し、ナイフで1口サイズに切って口の中に運ぶ。


「「ん~!!」」

「美味しいわ!!」「うまい!!」


 甘いもの好きな2人は、甘い雰囲気皆無で、たったの15分で『ごちゃ混ぜ生クリームチョコフルーツスペシャルパンケーキ』を完食してしまった。周りは唖然とした顔でイチャイチャするのをやめて2人のことを見つめている。


「麗しいイケメンと儚げな美人なのに、見た目に合わない、大食いカップル………」


 誰かの呟きに、周囲の人間が全て、綺麗にそろった動きでこくんと1つ頷いた。

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