第32話 弟子入り


『この縫い方が特長的での。ぜひ注目して欲しい』

 パーソナリティを務めてから少し経ったが、自分でも驚くくらいに好調だった。生放送だが話題が尽きることはなく、変なことを話した覚えもない。

 親方への説得は小次郎もしてくれたおかげで、スムーズに許可を貰えた。むしろ積極的に勧められたくらいだ。店の客も増えているらしい。


『タルマナ通りにできたショップの新作ケーキが絶品でな。つい買いすぎてしまったよ』

『私も行ってきましたよ。あのほんのりとした塩味はどうやって出してるんですかね』

 アシスタントやスタッフとの連携も上手くいっていた。生放送をやる上でのトラブルは何度もあったが、その都度協力しながら乗り越えていけた。

 最近ではデパートの商品だけでなく、他の店の事も話している。果たして宣伝になるのかどうか疑問に思うこともあるが、クレームなどは入っていない。好きなことを喋らせてもらえて感謝している。


『ラジオネーム ワンダーフジ野郎からのお便りです。僕は靴が大好きでお金をほとんど靴に使ってしまいます。実は今度気になる女の子と出掛けることになったんですが、家にあるのは靴ばかりでお洒落な服がありません。どうすればいいですか』

『と、とりあえずバランスを整えるのがよいかもしれん。あまり派手じゃない靴に服の方を合わせたらどうじゃ』

『ダンさん、そういうレベルじゃないですよ。お便りによると着る物どころか食べる物すら削っているみたいです。文字通り、靴に囲まれた生活をしてますね』

『ええっ……普通に怖いんじゃが。そ、それはもうあるもので何とか誤魔化すしかないのでは』

『諦めないでください。なにか程よいアドバイスを』

『じゃ、じゃあ誰かに服を借りるとか』

『ワンダーさんは友達もいないみたいですよ』

『どないすりゃいいんじゃ』

 リスナーの反応は上々らしく、こうしたお便りがいくつも送られてくる。知り合いからも聴いているよと言われた。


『それでは良い午後の時間のお過ごしください。ここまでのお相手はヤシロ・リエと』

『ダンでした』

 面白いことに試合の調子も上がっている。相変わらず勝ち星はつかないが前よりも良い試合ができていた。

 初めはまるで自信がなかったが、意外と上手くやれているらしい。目の前の放送に精一杯で手応えなど感じる余裕がないのだ。だからこそリスナーやスタッフの反応を見ていると安心できた。



「弟子にしてください!」

 そう呼び止められたのはいつもの放送が終わり、帰宅する途中だった。

 大柄でがっちりした男であり、ビルタニアスと同じくらい背が高い。運動や格闘技をやらせれば、中々のものになる気がした。小次郎が羨ましがりそうである。

 芝居に出てくるような二枚目という風ではないが、顔つきはしっかりしており、精悍さが漂っている。短く切られた髪が爽やかな印象を与えた。いかにも格闘技をやっていそうな見た目と雰囲気である。

 恐らくはFWEに入りたいのだろう。

 試合を重ねるうちにプロレスが認知され始めてきている。種族を問わずに団体のことを訊かれるのは何度かあった。流石にこういう言われ方をしたのは初めてだったが。

「すまんが団体のことはわしではなく」

「編み物を教えて欲しいんです!」

 あまりにも予想外の言葉に耳を疑う。しばらくその場に呆けてしまった。



「ふむ。事情は何となくわかったが」

 紅茶を啜って息をつく。話がしやすいようにわざわざ奥の席を用意してもらった。これなら外部に漏れることはない。

 青年はマルコという人間の男性だった。町の学校に通っており、番組のファンで何度も聴いているらしい。緊張しているのか大きな身体を縮めており、出されたお茶やケーキにも口を付けていない。

「適任は他にもおるぞ。何なら紹介してやってもよい」

 仕事で服を作っているが、誰かに教えるとなるとまた別である。店でも最終チェックは親方にしてもらっており、とてもじゃないが先生など名乗れない。

「ダンさんじゃなきゃダメなんです」

 おどおどしているが意志は強い。さっきからそれとなく諦めさせようとしたが、必ず言い返されてしまった。

「どうしてなんじゃ。理由を聞かせてくれんかな」

 何故ここまで拘るのかわからない。ただのファンというには熱意が違う気がした。

「あの放送が勇気をくれたから」

 俯いたままぼそぼそと喋り始める。たどたどしいがちゃんと聞こえていた。

「ぼ、僕も服とか編み物とか好きなんです。だけど周りには言い出せなくて」

 口籠りながら気持ちを吐き出す。握りしめた手が震えていた。

 マルコは外見だけなら実に男らしかった。目立つ体型もしており、自分の趣味とはまるで結びつかない。周囲からは揶揄いの対象になってもおかしくなかった。下手すればもっと酷い体験をしてきたかもしれない。

 ギャップというものは、決して良いことばかりをもたらす訳ではないのだ。

「だ、だけどダンさんは自分の好きなことを堂々と喋ってるから。あ、あんなに沢山の人に聴かれているのに。ああやって話せるの、かっこいいって」

 ダンも見た目だけなら厳つい男である。ましてやドワーフといえば、編み物や服飾などのイメージが結びつかない種族である。

「それは偶然というか、乗せられたというか。そうせざるを得なかったというか。今も無我夢中でやっとるだけじゃぞ。なにせとびきり悪い男がおるからな」

 小物や甘味など好きなものはどんどん話している。ドワーフらしくない内容だろう。実際に他のドワーフからどこか白い目で見られる回数が増えた。

 だが話さない訳にはいかないのだ。番組に穴を空ける訳にはいかない。

「僕は好きな物を好きって言えなくて。だけど隠れてやってると、なんだか自分が悪いことをしてるみたいで」

 大きな身体が泣いているように見えた。心は繊細なのかもしれない。

 男が裁縫をすることは悪ではない。甘い物や小物が好きなことに問題などない。ただ彼はそれに似つかない立派な肉体と精悍な顔つきを持ってしまった。

 好きなことを人前でやる気持ち。それを抱くことは決して簡単ではない。ましてや一度でも嫌な体験をすれば、気弱になるのもわかる。疚しいことなどしていないのに、目に付かないようにしてしまう。

 彼はまだ十代の青年なのだ。他人の目を気にするなというのは厳しいだろう。

「あれから試合も観ました。なんか、こう、ずっと泣いてたんです。あんな風に戦えるんだって思うと、本当にすごくて」

 同じような趣味を持つ男がリングの上で激しく戦い、好きなことも堂々と話している。ましてやドワーフといえば、編み物や服飾などのイメージが結びつかない種族である。マルコにとってどれほど衝撃的な事だったのか。彼の心境が何となくわかるからこそ、その気持ちが想像できる気がした。

「だか、だから、あの、お願いしま」

 最後はもう言葉になっていなかった。必死だからこそ上手にまとめることができないのだ。これだけ真っすぐに気持ちをぶつけられると、こそばゆくなってしまった。


「……少し考えさせてくれんか」

 どうしても断り切れず、返事を先延ばすことにする。余程嬉しかったのかマルコは何度も頭を下げた。

 自分はそんな彼に応えることができるのか。答えなど簡単に出せなかった。

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