第30話 放送開始


『おはようございます。大日放送ハナマルラジオ。パーソナリティのヤシロ・リエです』

 女性が喋り終わる前から、ガラスの向こうで合図を出される。

『あ、えっと、ダンじゃ。おはようございます』

 緊張を隠し、キャラを貫いたまま自己紹介する。何とか対応できたのは、曲りなりにもリングの上で戦ってきた成果だろうか。昔ならまず不可能だった。

『いや、ちょっと待ってくれ。ラジオとは何なのだ。パーソナリティとはどういう意味だ。これはどういうことですか、リエさん?』

 少し声が上擦ってしまう。動揺が表に出てしまったようだが、喋るのを止める訳にはいかない。そういう指示が外から出ている。

『さっそくご質問を頂きました。リスナーの皆様も突然始まったこの番組が気になっているでしょう。ご説明したいと思います』

 純粋に疑問を口にする。明らかに慣れていない空気が出ているが、リエは全く動揺していない。むしろ会話を進める合いの手として受け取り、トークを展開させていく。

『ハナマルラジオは、ファッションやグルメといった様々な情報をお届けしていくエンタメ番組です。リスナーの気になるあんな話やこんな話を盛り沢山でお届けしたいと思います。短い時間ですか、どうかお付きあいください

 口調がハキハキしており、笑い声は晴れやかだ。トークも軽妙なので聴いている者に明るい印象を与える。しかも全く物怖じしていない。これなら動揺している自分を受け止めてくれるはずだ。

『番組の感想や質問はもちろん、こんな店がおすすめだよ、あの店の商品を紹介して欲しい。といったリクエストにもお応えします。本名、ラジオネームどちらでも大丈夫ですので、どうぞご気軽にお便りを送ってください』

『うむ。皆で作り上げていくという事か。聴いている者たちに支えられているのだな』

 神妙な口調のまま素直な感想を口にする。本当は未だに心臓がバクバクしているのだが、外にいるスタッフの反応を見る限り、特に違和感はなかったようだ。

 恐らくリスナーも決められたやり取りくらいにしか受け取らなかっただろう。まさか片方のパーソナリティは番組の内容や脚本を知らない状態でやっているとは思うまい。

 全てはリエのおかげである。彼女の空気感というか、雰囲気が番組を作り上げてしまう。実に見事なものだった。小次郎という男は一体何処からこんな人材を見つけてくるのだろうか。


『それではさっそく始めたいと思います。ダンのここに注目せよ』

 手元にある鉄琴を叩いて音楽を奏でる。より強くアピールするためだ。

『このコーナーは服やアクセサリーなどを、ダンさんにチェックしてもらいます。ここだけの裏話も聞けちゃうかもしれませんよ』

 最後の方はわざと声を潜める。リスナーの期待を煽るためだ。

『本日ご紹介するのはジルゴス社から発売されたこの商品です』

 テーブルの下に置かれていた箱から服を取り出す。ジルゴス社の売り場にあるマネキンに飾られていたものだ。

『デザイナーのビグロ氏による新作ですが、淡い色で涼やか印象を与えますね』

 ビグロは次々と先鋭的な衣服を発表し、数多くの注目を浴びている有名なデザイナーだ。ノリに乗っている存在である。

『彼はこういう色合いのものが好きなんじゃよ。ポイントは胸元じゃな。この小さな部分だけ違う生地でできておるだろ』

『本当ですね。触ってみると違いがわかります』

『細かいところに拘る男での。本当によくできておる。しかしこの商品も発売までにゴタゴタしたんじゃ』

『確かにそんな噂は聞きましたが、一体どうしてなんですか?』

『この生地はダギルという植物の繊維で出来ておるんじゃが、今の季節だと中々取れなくての。わざわざトスカ地方から材料を取り寄せたのだ』

『でもあそこはまだ雪が解けていないはずですよ。先日もかなりの量が降ったと聞きましたし、なにか輸送の当てがあったんですか』

『あるわけ訳ないじゃろ。しかも締め切りが迫ったときにいきなり決めたからの。現場は地獄絵図になったという話じゃ。拘りが強いのも困りものよ』

『そ、それで間に合うんですか』

『商品を発表する少し前にようやく完成したからの。現場で顔を腫らしていたが、あれはスタッフにやられたものだ。殴られながら作業を続けて、何とか間に合わせたんじゃよ』

 部屋の中が笑いに包まれた。自分でも驚くくらいスラスラと喋れている。別に話を作っている訳ではない。これは確かな筋から聞いた真実である。こういう業界にいるので、その手の話はよく耳に入ってくるのだ。

 問題はこの場で話していいのかという点だが、喋らないと場がもたない。悪いのは突然こんな場所に引き摺り出した連中の方である。文句を言われる筋合いはない。責任など誰かが取ってくれるだろ。

 腹を括ってトークを続けていく。口を止めている暇などなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る