第27話 ドワーフの憂鬱


『ドワーフらしくない』

 いつから言われたのかもう忘れてしまった。何度も言われてきたから慣れてしまった。今では心も痛まない。

 だから残るのは疑問だけ。

 ドワーフらしくないというなら、自分は何なのか。

 答えなんてわからない。




「お疲れさま」

 静かに声をあげ、カップを啜る。コーヒーの豊かな香りが鼻をくすぐり、身体の中から温かくなっていく。張り詰めていたものが解れ、ほんの少しだけ落ち着く気がした。

 試合が終わり、ダンたちはカフェで打ち上げをすることにした。いつもならビルタニアスの店でするのだが、今日はそんな気分になれなかったのだ。

「元気だしなって。上手くいかないときは忘れるに限るっしょ」

 ドリトスがあっけらかんと言い放つ。無責任な訳じゃない。彼女なりに元気づけようとしてくれているのだ。この店を指定したのも彼女である。こちらの気持ちを察してくれたのだ。

「すいません」

 その心遣いが嬉しく、同時に情けなくもなる。

「ほんとに何考えてんだろ、あいつ」

 アルコが唇を尖らせながら、ここにいない男を非難する。

「考えてもしょうがなくない? コジの頭はとっくに焼けちゃってんだし」

「腐った上に発酵して、なんか妙なものが詰まってんのよ」

「ドロドロして気持ち悪そう。想像しただけでゲロ吐いちゃうわ」

 女性陣が好き勝手に罵りながら盛り上がっている。実に活き活きしていた。

「す、少し言い過ぎでは」

 言いながらも堂々と庇うことができない。ダンも似たような気持ちを抱いたことがあるからだ。瀬田小次郎という男はどれだけ言われても仕方ないことをしている。

「でも本当にどうするつもりなんだろ? なにかビジョンでもあるのかしら」

 一通り文句を言い尽くして首を傾げる。やり方が理解できないのだ。

「小次郎さんにしか見えないものがありますから」

 これだけ頭を悩ましているのはダンという選手の扱いである。FWEは基本的に全ての勝敗が決まっている。ダンが負けることは織り込み済みのことである。

 勝ち敗けの星を決めているのは小次郎だ。つまり負けさせているのは小次郎なのである。彼はこれまでダンをほとんど負けさせていた。


「善戦マン。これが僕の評価ですから」

 いつからかダンに付いた異名である。惜しいところまでいくのだが、最後には必ず負けてしまうのだ。

 解説の言ったことは正しい。ダンが相手をしてきたのは弱い選手じゃない。ヒール側でも指折りの実力者たちである。今日のガジャドラスも本当に上手い相手だった。

 彼はプロレスにしっかり適応しており、ここまで連戦連勝を重ねている。勝つたびに怨嗟と恐怖を浴びているが、同時に一種の尊敬みたいなものも集めていた。

 実際に観客席には彼を応援する一団もあった。技術がしっかりしており、ビジュアルや佇まいはスタイリッシュ。優れた悪役だからこそ人気が出ているのだ。善玉ばかりが需要に応えられる訳じゃない。お客は様々な物を求めているのだ。甘口が好きな人間もいれば、辛口が好きな者もいる。

「不満だったら堂々と言ってみれば。殴り掛かれば案外喜ぶかもよん」

「それは言えてる。でも喜ばせてどうするのよ」

 FWEのプロレスは勝敗が決まっている。だからといって誰でも簡単に試合を盛り上げられる訳じゃない。

 いかに客を沸かせることができるかどうか。素晴らしい試合にできるかどうか。

 全ては闘うレスラーによって決まる。最初の試合で酷い内容だったからこそ、誰よりも実感できた。

 自分がこういう扱いをされる理由は何となくわかっている。ここにいる二人を見れば、嫌でもわかってしまう。

 アルコは旗揚げ試合のトリを見事に果たし、闘うたびにキレが増していた。その熱いファイトは嫌でも観客に火を点けた。

 ドリトスはその天才性をいかんなく発揮しており、試合のたびに多くの者を驚かせていた。またリングの上でどう魅力的に映るかを理解しており、観客を惹き付けている。

 方向性は違うが、二人はプロレスにフィットしている。団体のエースとなっており、稼ぎ頭となって引っ張っていた。


「店長はどうしてた?」

「さっき店を覗いたけど引っ張りだこになってたわよ。あれじゃ接客できないかもね」

 意外と言えば、ビルタニアスだった。デビュー戦こそ上手くいかなかったが、次の試合からすぐに修正してきた。流石にベテランというべきだろう。

 だが彼の凄いところはそこじゃない。

「ホラ話が酒より注文されちゃ頭も痛くなるわな」

 あんなにスラスラと嘘を喋れたのが信じられなかった。それなりに付き合いも長くなっているが、以前の彼を考えると信じられない。解説の仕事を見事に果たしたと言えよう。これを見越した上での事なら、小次郎の先見の明は恐ろしいものだ。

 リングの下も含めるなら、下手すると一番人気があるかもしれない。昔の話や格闘技の話を訊きに来るものが多くなり、店も前より繁盛している。おかげで二号店が逆に出し辛くなったという弊害まで出ている。

「あんた、それ言わないようにしなよ。気にしてるんだから」

「開き直ってメニューに書いときゃいいじゃん。一番の肴になるんだし」

「つい先日、同じこと言った奴がぶっ飛ばされたわよ。小次郎っていうんだけどね」

 このことを指摘すると、本人は顔をしかめながら文句を言っていた。しかも一度そういうキャラをやってしまった以上、簡単には止められない。おかげで今も嘘と真実をないまぜにした解説をやることになっている。

 すっかり乗せられて投資した挙句、とんでもないことになってしまった。まるで詐欺師に騙されたようなものだ。問題を厄介にしているのはこちらにもメリットがある以上、堂々と非難できないところだろう。

 同じ旗揚げ時のメンバーでありながら、自分だけはどこか波に乗れていない。悔しさもあるし、寂しさもある。


 皆との違いは単純な実力じゃない。

 圧倒的な強さでもいいし、個性的な魅力でもいい。コミカルなファイトでもいいし、残虐非道な振る舞いでもいい。勝たせたいと訴えかけるドラマ性を作ってもいい。

 ようは自分の長所をいかに示せるか。売りたいと思わせるポイントが何なのかだ。

 自分は小次郎に『それ』を示せていない。心を動かす何かを出せていないのだ。そんなレスラーはこういう扱いにもなろうものだ。

 私生活でどれだけ仲が良くても、瀬田小次郎という男はリングの上に私情やセンチメンタリズムを挟まない。プロレスの事に関してはシビアな目線で接する。


 団体の中にはゴリ押しではないかと思われている選手もいた。そういう一面は確かにあるかもしれない。

 だがここで重要なのはどうして押されるかだ。それだけのことをするメリットがどこにあるのかということだ。

 実力があるので育てたい。団体として売り出したい。健全でわかりやすい表向きの理由である。

 金を貰っている。身体を売っている。初めから契約で決まっている。いわゆる裏の理由である。やり方自体は褒められた行為でなかったとしても、実際に出番を得ており、結果を手にしている。

 良い悪いを抜きにして見れば、一つの戦略として機能している。つまりこれが団体や経営者に示せるものなのだ。

 仮に裏でどれだけ汚いものがあったとしても、観客へ伝わらなければいい。夢の世界を守るのとはそういうことだ。

 小さな団体だとしても経営であれば美醜問わず、多くの理由や思惑が介在するのは当然の事である。それに対して嘆いたり、文句を言うことは簡単であるが、置かれている状況を理解するには何があるかを見極めなければいけない。


 こういう視点で見れば、これまでのことも納得できる。ダンが勝つよりも、他の選手の勝利が望まれている。観客や経営者にとってメリットがあるのだ。

 悔しいけど仕方ないという感覚である。小次郎の見立ては間違っていない。自身も客商売をやっているからこそわかる。顧客のニーズに応えるのは当然のことだ。そちらの方が盛り上がるなら負けさせるのは当然だ。

 エンターテインメントとはいわば究極のサービス業。お客をどれだけ楽しませるかということなのだから。

 頭ではいくらでも理解できる。しかし現状を変えるにはどうすればいいのか。答えなどまるでわからなかった。

 二人の話に耳を傾けながら、コーヒーを飲み干す。さっきよりも苦く感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る