第26話 善戦マン


『攻める! 攻める! まだ攻める!』

 実況の絶叫が会場に響く。一方的な攻撃が繰り広げられ、観客の視線と心が痛めつけられる。

『強烈な一撃だ。ダンが止まる。ダンが折れる。ドワーフの誇りを示せるのか』

 ミドルキックが顔面を打ち、髭から汗が飛び散った。重なったダメージにたまらずその場に膝を付く

『ダン選手はここまで中々調子が上がってきませんね。惜しいところまではいくんですが』

『内容は悪くありませんが、彼の相手は強敵ばかりでした。今日のガジャドラス選手も相当の相手です』

 舌を出しながら観客を挑発し、赤いマスクから覗く二つの瞳が会場を睨みつける。タイツも同じ赤色をしており、血を被ったような深さだ。上半身には禍々しい模様が描かれており、見るものを畏怖させる。会場にいる子供など泣いているかもしれない。

『決して通用してない訳じゃありません。あと一歩なんです』

『拍手などもういらない。欲しいのは勝利だけだ。それともここで終わってしまうのか』

 状況はダンの不利だ。限界に近付いており、蹴られるたびに身体が軋んでいる。それでも試合を諦めていないことは精悍な顔つきから伝わってくる。だからこそ観客も期待を抱いていた。

 埒が明かなくなったと判断し、ガジャドラスの攻撃が大振りになった。相手としてもここで決着を付けたかったのだ。

 強力な攻撃は大きな隙を生む。

 がら空きになった腹部へダンがタックルをぶち当てた。激しい衝撃に呼吸が止まり、膝から崩れ落ちる。形勢はここに逆転した。


『さぁ出るか。出るか。エメラルドか』

 背後から相手の股に腕を通し、もう片方の手を首に添えて、そのまま担ぎ上げる。いわゆるアルゼンチン・バックブリーカーの形である。身長差はあるがドワーフのパワーなら難なく持ち上げられる。

 ここからダン独自の大技へ繋がるのだ。まさしく必殺の一撃。観客の期待が最高潮に高まり、手に汗を握って、攻防を目に焼き付ける。


『ああっと。奴はまだ生きているぞ。なんというしぶとさだ』

 完全に力尽きたと思われたガジャドラスが頭上で暴れ始めた。無闇やたらに暴れているのではない。彼もまた逆転のチャンスを狙っているのだ。

 鋭い肘が的確に腕へ当たり、拘束が外れる。ガジャドラスはマットに降りると同時に、ダンの背後へ回り込んだ。腹部に腕を回し、がっちりとロックする。

 抵抗などできなかった。ダンの世界が反転して、激しい衝撃が全身を襲う。視界が定まっておらず、肉体は動かなかった。振り絞る力は残されていない。

 美しいジャーマンスープレックスだった。まるで時間が止まったような感覚がする。敵も味方もなく、その一瞬だけは観客の目が奪われていた。

 ただ力任せに投げたのではこれほど綺麗にならない。高い技術と反応速度がなければできないことだ。恐ろしい見た目からは想像もつかないだろう。

 悪役ではあるが、ただのやられ役ではなかった。ここまでの攻防もブックで決められたものじゃない。レスラーのレベルの高さが伺い知れるものだった。


 審判がスリーカウントを打つと、観客席が絶叫とため息が零れる。こうして勝敗は決するのだった。

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