第21話 リングに舞うエルフ

『さぁ始まりました、セミファイナル。現在のところ魔人同盟がリードしていますが、果たして逆転することは可能でありましょうか』

『ドリトス選手はいかに相手に捕まらないかですね。不用意な動きをすれば致命傷になりますよ』

 実況と解説の声が会場に響いていく。実況はジャックに頼んだら見つけてきてくれたのだ。口がよく回り、アドリブも利くので非常に助かっている。

 解説は持ち回りでやることになっており、自分の試合が終わったビルタニアスに入ってもらっていた。

『まずはお互いに様子を見ています。果たして先に仕掛けるのはどちらだ』

『ダンクコングは多少強引でも前に出ようとするでしょう。そこにどう対処するかですね』


 小次郎は何も指示しない。リングの下で腕を組み、教え子の姿を静かに見守る。

 軽快なフットワークと重量感ある足取りで、二人は逆時計回りに動いていく。どこまでも対照的だった。


 ダンクコングは腕を伸ばし、ロックアップを誘う。ドリトスがそれに応えようとしたとき、いきなり腕を下げ、打撃を放った。

 完全に虚を衝かれた形となったが優雅に避ける。ダンクコングは重い打撃を打ち続けるがまるで当たらない。

 ムキになって大振りになった攻撃をバク転で避け、着地と同時に身体を反転。ローリングソバットを決めた。


『まさしく蝶のように舞い、蜂のように刺す。ダンクコングは反応できません!』

 たまらず後退する相手にキックを打つ。ローとミドルを使い分け、面白いように当たっていく。格闘技の教科書にも載せられるような綺麗なキックだ。足が違う生き物のように動いていた。

 自然と会場から歓声が上がる。鮮やかな攻防は華麗という言葉がぴったりと当てはまる。絵画に残せるくらい美しい。

 攻撃を止めると髪へ手を入れてたなびかせた。金色の波がふわりと広がり、汗が流れる。一息入れたことで視線を自分に集中させる。


 これは大技への予備動作。観客に対するアピールだ。期待が最大まで高まったところで駆け出す。狙うは相手の胸部。ピンポイントで飛び蹴りを放った。

 完全にヒットしたがまだ終わらない。相手を蹴った反動で空中に躍り出ると、一回転しながら同じ箇所に蹴りを入れた。


『華麗なる空中殺法。まさしく風の申し子。これこそエルフの真骨頂だ! 彼女を捕まえるものは誰もいない!』

 マットへ着地するが一切の乱れはない。余韻までしっかり残していた。本当に風を操っているように見える。


(やってくれる。よく考えているよ)

 小次郎も内心で舌を巻いていた。一観客として見惚れてしまったのだ。子供の頃に観た特撮番組を参考にして教えた動きだが、完全に使いこなしている。恐ろしい身体能力である。

 観客へのインパクトは絶大だろう。動きの一つ一つが美しさを兼ね備えており、魅せるようなステップや仕草を入れている。自分の魅力をしっかりと伝えている証拠だ。

 先程までの選手はただ試合をするだけで、それができなかった。観客への挑発やアピールも足りなかった。

 今もドリトスは観客席をしっかりと見渡している。クールで高貴なイメージを守り、無闇に声を上げたりはしない。あくまでキャラに合わせ、自分なりのアピールを貫いているのだ。


 本来なら倒れている相手に追撃をかける絶好の機会である。試合を決めるだけならすぐにできてしまえる。実際に第一試合はここで待ちきれずに終わらせてしまったのだ。

 しかし早い展開だけが良いとは言えない。

 勝ち星はドリトスに付くことは試合前から決まっている。焦っているならここで決めてしまうだろうが、しっかりとわかっていた。


 小次郎は苦しげに倒れているダンクコングを呼び寄せる。リングの下に隠していたある物を渡すために。


『これは決まったも同然だ。ドリトスここでトドメをさす、ああっと危ないぁぁい!』

 実況が轟いた瞬間、耳をつんざく破壊音が木霊する。ダンプコングがドリトスの足を木の椅子で叩いたのだ。衝撃で破片がリングに飛散する。

 ダメージは計り知れない、と思うだろうが、実は予め切り込みを入れておいたのだ。見た目以上のダメージはないはずだが、観客はそんな風に思わない。

 足を押さえながら苦痛に表情を歪ませるドリトスに、壊れた椅子で追撃を掛ける。何度も何度もしつこいくらいに叩く。


『これはいけません。レフェリーがカウントを数えるが止める様子はありません』

 当然反則であるが五秒までなら許される。レフェリーの主観で数えられるので、やたら遅く感じるだろう。

 ドリトスはここまで攻撃らしい攻撃をくらっていなかった。それがここで活きてくる。ブーイングの嵐が巻き起こるが、ダンクコングは意にも介さない。壊れた椅子の破片を観客席に投げつけると、火に油をかけたようにますます激しく蹴りつける。


(二人ともやってくれるぜ!)

 小次郎の胸は感動で震えていた。リング下だからこそ状況がよくわかる。目を逸らすことができない。ドリトスはもちろんダンプコングもできると思ったからこそ、セミファイナルに配置した。結果をしっかり出してくれている。

 更なる追撃は足への関節技。逆エビ固めというプロレスでは基本的な技である。ただでさえ体格の良いダンクコングがドリトスの上に乗るのだ。見た目のインパクトは下手な技よりも大きい。必死に逃げようと腕を伸ばしている。


「くぁぁああああああああ」

 ここでようやくドリトスが今日一番の大きな声を上げた。高貴で美しいエルフが漏らす生々しい悲鳴。苦痛に歪む声もよく響いている。ドリトスを応援するのはもちろんだが、それとは別に異常な興奮が会場を包んでいく。

 苦しみもがきながらもようやくロープを掴むことに成功した。ダンクコングが離れると、ドリトスは天井を見つめる。苦しげに上下する胸は必死に酸素を求めていた。


 その呼吸は無残にも断ち切られる。ダンクコングはその場で大きくジャンプした。


『ギロチンドロップぅぅぅ。首狩り一閃。これはもう終わりかぁぁぁ!』

 自分の体重を乗せ、伸ばしたふくらはぎや腿の裏で相手の首を打つ技だ。超重量級のダンクコングがやれば威力は桁違いである。衝撃でドリトスの肉体が跳ねた。

 そのままフォールに入り、レフェリーが勢いよくマットを叩く。一回、二回、三回目が叩かれる寸前、ドリトスは肩を上げた。

 観客席から一斉に安堵のため息が零れる。まだ試合は終わっていない。必死な声援が向けられる。

 ダンクコングはドリトスの頭を掴むと、最後の一撃を打つため拳を握った。溜めに溜めた力を解放。顔面を潰す裏拳は虚しく空を切る。


 代わりに打たれたのは顎を打つ蹴りだった。サマーソルトキックがカウンターで入ったのだ。たまらず顔を覆うダンクコング。


 その隙をドリトスは逃さない。


  相手の肩を踏み台にして、コーナーポストまで跳ぶと、すぐに反転する。ダンプコングに飛びつき、顔を脇の下で挟んでマットに叩きつけた。倒れたダンクコングを一気に押さえ込む。カウントが三つ刻まれる。


『決まったぁぁぁ。一瞬の大・大・大転劇ぃぃぃ。見事勝利を収めました!』

 鳴り止まない拍手と会場を震わす大歓声に包まれるなか、勝ったのは当然だという風に涼やかに振る舞っている。ピンチがあったとは思えないくらい優雅だ。流れる髪が汗に濡れ、光を反射している。


 一瞬だけドリトスと目が合う。顔には出さないが確かに笑っていた。最高のエールをもらった。こんな試合をやられたら負けてはいられない。

 自分でも恐ろしいくらい気合が漲っていた。



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