第18話 キャラクターを作れ


「つかみはバッチリだな。上手くいったよ」

 大笑いしながら杯を煽る。身体中に染み渡るような味。不味いプロテインもどきも今日はいつもより美味く感じる。お披露目式も終わり、早速今日の打ち上げをしていた。既に閉店時間を迎えているので関係者以外は誰もいない。


「あれって本当に意味があったの?」

「当たり前だ。これで客に抗争があるとアピールできた。俺との間に因縁も生まれたし、お前を応援する声が増えるぞ。絶対にあいつを倒してくれってな」

「確かに反響は凄かったわ。でも騙してるみたいで心が痛むんだけど」

 アルコは会場から帰ることが中々できなかった。応援する人々が後を絶たずに押し寄せたからだ。ちなみに警備員として彼女を誘導したのが、メイクを落とした小次郎である。まさか目の前に自分たちを煽った張本人がいるとは夢にも思うまい。


「頭の固い奴だな。客をそこまで乗せることができたんだ。心を打った証拠だよ」

 前売り券は完売。当日券を今から売ってくれと騒ぐ客もいた。まずは成功と言えるだろう。

「ほんとに助かったよ。店長からもお礼を言っといてよ」

「あいつは楽しんでいたからな。また出してくれと言われたぞ」

 もちろんあの映像は全て演出である。実際に火の中に入れるわけがなく、煙を焚いた室内に二人を入れ、演技をさせただけだ。映像は予め記録しておいたものを流した。


「ちょいと待って。誰かさんへのお礼が足りなくない」

 ドリトスに肩をつつかれる。

「お前のおかげだよ。ありがとな」

「へへん。もっと褒めても罰は当たらんぞよ」

「よし。抱きしめてやる」

「それはいらん。腕が腐るもん」

 燃やしたのは森の中にあった廃屋である。ドリトスが良いロケーションを見つけてきてくれたのだ。あれがなかったら最悪一から作るつもりだったので、余計な出費が抑えられた。

「よくないわよ。一向に借金が減らないんだけど」

 猫の耳が潰れている。心なしか尻尾も泣いているように見えた。

「細かいことは気にするな。今日の成功だけを祝え」

 あの録画用の道具も凄まじい金が掛かっている。既に完成しているものだけじゃなく、改良を加えるよう実験費も肩代わりした。

 魔人同盟のレスラーたちのギャラもかなりのものだ。それでもギャラ払いは滞るなと師匠には言われている。余計な反感を買う土壌になるからだ。様々な団体を見てきたからこそ辿り着いた答えである。


「ダンの衣装も良かったぞ。着心地も素晴らしい」

「もっと良い物を作りますよ。楽しみにしてください」

 忙しいにも関わらず、ダンには無理をさせてしまった。これからも多くの衣装が必要になってくる。資金はきっちり用意しなければいけない。衣装店と契約を結ぶ必要もある。


「ところでお前はいつまでそうしてるんだ。飯が冷めるぞ」

 並べられた料理に手をつけず、マリアはどんよりとした空気をまとっている。楽しい打ち上げの中で生きる死人みたいだ。

「どうしたもこうしたもないですよ! なんで私があんな格好しなくちゃいけないんですか!」

 涙を浮かべながら絶叫する。ここまで溜めていた鬱憤を全てぶつけられた。

「最高の席を用意してやるって言っただろ。あそこならよく観えるじゃないか」

「観たくないものまで観ましたよ。ううっ、皆に知られたらどうなるか」

 顔面を両手で覆う。頭から湯気が出ており、恥ずかしさのあまりこのまま蒸発してしまいそうだ。どうやら会場には彼女の同級生も来ていたらしい。

「言わなきゃわからねぇよ。最初はそんなものだが癖になるぞ。感謝しろよ、ラブボディ」

「止めて。その名前で呼ばないでぇ」

 ゲドキングに侍る女性役が欲しいので、当日になっていきなり打診したのだ。もちろん断ってきたが半ば強引にやらせた。団体の未来が掛かっていると脅されれば、やらざるを得ないだろう。これが悪の秘書官ラブボディの誕生である。

「泣いていいのよ。今はとにかく泣きなさい」

 アルコが優しく慰める。同じように振り回されているので気持ちがわかるのだ。


「ここまでの流れはいい。大切なのはこれからだ。来てくれた客をがっちり掴んでファンにする。それができないと団体は潰れるぞ」

 最初は物珍しさで来てくれるが、リピーターになってくれるかは団体次第である。質のいいものを提供し続けないといけない。そのために打てる手はどんどん打つ。

「ただリングで戦うんじゃなくて、よりキャラをはっきりさせるぞ」

 どういうキャラクターにするかで、リングの上での立ち振る舞いやイメージも変化する。レスラーとしてより魅力的になるのだ。


「まずはダン。お前はもっと豪快にいけ」

「ご、豪快ですか。どんな風に」

「口調をもっと偉そうにしろ。振る舞いも大雑把で力強くやるんだ。男臭さを前面に押し出すんだよ。こんな風にな」

 ダンが丁寧に切り分けていた肉を箸でぶっさし、思いきり齧りつく。肉汁が顔面に飛び散った。そのがさつな行為に顔色が青くしていた。

「無理でしょ。ダンちゃんとは真逆じゃん」

 たまらず吹き出すドリトスに目を向ける。どうやら他人事と思っているらしい。


「お前もだよ。もっと高貴で華やかなイメージを出すんだ。最悪喋らなくてもいい」

「無理、無理。我慢できないって」

 口を開けばがっかりされるなら表向きの発言を控えればいい。絶世の美貌を活かさない手はない。

 二人のイメージは小次郎が抱いている一般的なものである。この世界でも外見からは同じような印象を抱くものは多いだろう。

 ダンは豪快でワイルドな男、ドリトスは高貴で神秘的。

 最初はイメージの違いに面食らったが、素の彼女たちが嫌いなわけじゃない。むしろ好感を抱いている。

 だがプライベートはよくてもリングでは違ってくる。求められているキャラを演じるのも必要なことである。全てが客を満足させるためだ。


「それっていつもやらないといけないの。絶対ボロがでるって」

「リングの上だけでいい。幸か不幸か普段の様子を知られているからな。それを最大限に利用するんだよ。リングに上がると普段とはまるで違うという驚き。ギャップというんだがそれを活かすんだ」

 悪役レスラーにはプライベートでもファンのイメージを壊さないよう振る舞う者もいる。素晴らしいプロ意識であるが、いきなりやれと言われても流石に難しいだろう。

 だからこういう路線で売っていく。もしキャラを変えるときには、アングルを用意すればいいのだ。


「ま、それならいいかな。仮面を被るのも面白そうだし」

 ドリトスは納得したようだ。義務感や使命感ではなく、ビジネスのためでもない。自分が楽しめると感じたらやるのが彼女の方針だ。

「ぼ、僕もやってみます。少しでも皆に誇れるようになるなら」

 自分を変えたくて格闘技を始めたダン。祖先や歴戦戦士たちに恥じない男になりたい。その責任感と勇気は男として共感できる。

「今のうちに練習しておけ。自分を呼ぶときも僕じゃなくて、俺とかわしにしてみな」

「わ、わしに任せろ。こんな感じでいいのか」

 がははと大きく口を開けて笑い出す。まだぎこちないが形から入っていけばいい。


「店長とアルコはそのままでいい。きっと客に受け入れてもらえる。それにキャラ作りなんて無理そうだからな」

「助かる。大仰なことは苦手だからな」

 二人は逆に普段からのイメージを活かすことにする。その方が観客は受け入れやすい。お披露目式での立ち位置も普段からやりそうなこと、言いそうなポジションに用意した。演技だとわかっていてもまるで不自然さが出なかったのは、普段の姿を活かしたからである。


「店長は通称を考えた方がいいな。いかにも歴戦の戦士って感じなやつを」

 せっかく魔王軍との戦いを経験しているのだ。その経歴を使わない手はない。過去や経歴などいくらでも捏造できる。

「あたしだけ雑になってない。もっとこう訴えられるものはないの」

「お前はそのままでいいんだよ。無理させても棒読みになりそうだしな。感情のままに動く。自然体でいいんだ」

 どう調理するかで変わってくる。ギミックは活かせなければ意味はない。色々と仕込んでも上手く回せなかったら宝の持ち腐れになる。


「じゃあ私はどうすればいんですか。ま、またあんな格好で」

「当たり前だろ。もし逃げたら周りにばらすぞ。今度はどんな悪事をやらせようかな。考えるだけで楽しみだ」

「ちくしょう! ここでお前の脳を潰す!」

 ついに堪忍袋の緒が切れたのか殴りかかってくる。必死に皆が抑えているが小次郎は意にも介さない。

 試合に向けてやることはまだまだある。少しでもクオリティをアップさせたかった。皆の魅力をファンに伝えるために。


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