第17話 その名はFWE


 ファンタジー・レスリング・エンターテインメント。略してFWE設立のお披露目式が開かれた。地味な宣伝活動が実を結んだのか、会場には異種族だけでなく人間の姿もある。満員御礼ではないがまずまずの結果と言えよう。

 人間以外の種族による新しい団体。人間最強主義の下でまともに評価されず、クラフトアーツでもほとんど勝てなかった。その彼らが新しい団体を作った。しかもプロレスという聞いたこともない競技をする。多くの者が期待に胸を膨らませ、瞳を輝かせていた。

 簡単な選手紹介を済ませたあと、エキジビションマッチが行われる。本格的な試合ではなくスパーリングに近い。簡単なルール説明や技の実演も兼ねているのだ。技を受けるという行為に戸惑っている客もいたが、反応は概ね良い。ひとまずは受け入れられたようだ。


 プログラムは順調に進み、いよいよ代表者挨拶に映った。

 リング上に所属選手が立ち並んでいく。亜人にリザードマン、エルフにドワーフと実に多種多様な選手が揃っていた。唯一人間だけがここにいない。先頭に立つビルタニアスがマイクを握る。


『皆様に支えられ、今日という日を迎えることができました。FWEの活躍をどうか末永く見守ってください』

 会場の隅々まで声が反響する。ジャックの用意したマイクはしっかり性能を発揮していた。凄まじい借金をした甲斐があったといえる。

『プロレスは今までにない全く新しい競技ですが、ここにいる選手たちならばきっと皆様の期待に沿えるファイトを披露できると信じています。どうかご声援よろしくお願いします』

 ビルタニアスの挨拶が終わると同時に観客席が沸いた。誰もが未来への希望に胸をときめかせる。自分たちが主役に立てると誰もが感じている。


 その希望を打ち砕く者が現れるまでは。


 突如として会場が暗転する。暗闇に支配され、観客はもちろん選手たちも動揺していた。ざわめきがどんどん大きくなっていく。


『落ちついてください。係員の指示があるまでその場で待機してください』

 激しい爆発音があちこちに起こり、いくつもの光が乱舞する。暗黒が意思を持ち、巨大な咆哮を上げた。闇から何かが生まれていく。


 ようやく灯りが点いた瞬間、全ての目がリングの中央に注がれる。

 謎の一団がそこにいたからだ。同じ黒い衣装に身を包み、覆面をしている者もいれば、禍々しいメイクをしている者もいる。リングでは禁止されているはずの武器を握っている者もいた。

 闇が形を作ったように忽然と現れた集団は無言で佇んでいる。それまでリングにいた選手たちは場外に落とされており、痛めつけられた跡があった。動揺が次々と伝播していき、不気味な迫力に会場が息を呑んだ。


 先頭に立つ男は特注のガウンを羽織っていた。黒い衣装に施された金色の刺繍が闇に映え、人々の目を引きつける。血のように赤い顔に黒い隈取りが顔を走っている。鍛え抜かれた身体からは、悪魔をも仕留めそうな迫力を放っている。

 その傍らで際どいボンテージ衣装を身にまとった女性が、怪しく腰をくねらせている。鞭を付けており、どんな獲物も捉えてしまいそうだ。


『我が名は魔人王ゲドキング。貴様たちに最大の恐怖を与えるためにやってきた。かつて存在した魔王など所詮は我の足元にも及ばぬわ』

 魔を極めた人の王。衣装に刻まれた魔人王という文字の意味である。他の者にも魔人という文字が刻まれていた。

 マイクを手にした姿は堂々としており、威厳と余裕に満ちている。いやが上にも視線と意識を集めていく。動作の一つ一つはゆっくりだが鈍重ではない。瞬きすら見逃さないように、客席を見渡している。か細い呼吸音すら聞こえているかもしれない。


『貴様らのような下等な種族どもに新しい団体など必要ない。この団体は今日より魔人同盟の物にさせてもらう』

 己以外の存在を認めない傲岸さ。徹底的に他者を見下した口調。マイクから伝わる声は空間を震わせる。嘲りを含んだ声音は観客を苛立たせるには充分である。


 何より許せないのは彼らが禁忌を犯したことである。


 勇者の功績もあり、この世界での格闘技は至上のものとされている。リングの上は聖なる舞台。武器を持ち込み、あまつさえそれを選手に振るうなど絶対にあってはならない。観客の常識や価値観の外にある恥ずべき行為だ。卑劣や卑怯という言葉では片づけられない。


『お前たちには希望も未来も存在しない。全ては我らの思うがままだ。我らを恐れ崇めよ。下等な貴様らにもそれぐらいはできるだろうよ』

 それが限界だった。黙っていた観客がついに爆発する。

「ふざけんな。さっさと引っ込みやがれ!」

「勝手なことしやがって何様のつもりだ!」

「お呼びじゃないんだよ。消えちまえ!」

 そこにあるのは恐怖ではなく圧倒的な怒りだった。最大の楽しみを潰され、泥を塗られたのだ。怒って当然である。

 言葉にならない怒号が会場を揺らし、汚い罵声が飛び交い続ける。怨嗟の視線が送られ、感情の波がうねりとなってリングに押し寄せる。

『騒げ、騒げ、貴様らは所詮それしかできない愚か者だ』

 彼らをリングから下ろそうと選手たちが立ち向かうが、魔人同盟は武器を振るって痛めつけていく。繰り返される忌むべき所業に観客はますますフラストレーションを爆発させる。


『無駄よ、無駄。我らを止めることなどできぬわ。だが我らにも慈悲というものがある。この場を用意した貴様らの献身に対し、褒美を与えるとしよう。ありがたく受け取るといい』

 会場の大スクリーンに映像が映った。これもジャックが用意したものだ。丸いガラスの球体で昔の魔法使いが遠くに通信する際に使っていたらしい。これに改良を加え、映像を記録して大画面に映せるようにしたのだ。会場を盛り上げる映像を流すのに持ってこいである。

 もちろん突然乱入してきたはずの男がどうしてこの道具のことを知っていて、かつ都合よく映像が流れるかは誰も指摘しない。会場の空気に呑まれているのだ。

 画面に現れたのはリザードマンの親子だった。薄暗い室内の中で固い縄に縛られ、自由が利かない。部屋には白い煙が充満している。


「パパ。怖いよ。パパ助けて」

「大丈夫よ。きっと助けが来るわ」

 恐怖に顔を歪ませながら悲鳴を発する子供。震えながらも必死に励ます母親。観ているだけで悲痛な光景だ。

『馬鹿な! どうしてだ!』

 ビルタニアスが血相を変える。彼を知る者なら誰もが驚くような表情をしていた。こんな状況でもマイクを手放さずに喋っているが、観客は誰もおかしく思わない。

『貴様は新しい店を作る予定と言っていたな。開店祝いにあの親子の生命を捧げてやる。しかし本当によく燃える。薪割りの役目くらいは果たせたか』

 下卑た笑いが会場を支配する。魔人同盟の笑いが合唱となって響いた。

『パパ、パパ』

 父を呼ぶ子供の声が最後まで身を切らせる。映像が切り替わると、燃える家屋が映し出された。誰も助けられる状況ではない。その映像もブラックアウトすると物言わぬ壁だけが残された。

 絶望のままにビルタニアスはその場に崩れ落ちる。大切な家族と新しい店。全てを失ったのだから。


『愉快、愉快。自らの無力さを思い知れ。その弱さが我らを楽しませるのだ』

 ついに会場内は暴動に近い騒ぎにまで発展する。選手や係員が必死に抑えているが、いつリングに雪崩れ込んできてもおかしくない。

 渦巻く怨嗟と憤怒の声。どの種族も関係なく、共通の思いを抱いている。奴らをこの場から生かして返すなと。

 よく見ると若干怯えが見える魔人同盟だが、中央に陣取るゲドキングだけはまるで動じていない。憎たらしいくらいの余裕に満ちている。


「そこまでだ!」

 場を切り裂く声。空中から飛来した何かが、ゲドキングを蹴り飛ばし、見事なまでの身のこなしでリングに着地する。新たな登場人物に会場中が息を呑んだ。

『この我を足蹴にするとは。貴様何者だ!』

「アルコ・キャリス。おまえを倒す者だ。この団体は必ず守ってみせる」

 マイクがなくても会場に響く叫び。悪の暴虐など絶対に許さないという強い意思。ここまで好き勝手にされていただけに観客の反応は大きく、たちまち歓声へと変わる。誰もがこの展開を待ち詫びていた。


「ビルタニアス。あなたの家族は私が助けた。安心してくれ」

 ある母親と子供がリングに駆け寄ってくる。全ての観客にちゃんと見えるようにリングの上で親子は抱き合った。涙交じりの熱い抱擁。悪の汚い策略で犠牲になった親子が奇跡の再会を果たす。

 会場からは安堵の声が漏れ、喜びと共に嗚咽も聞こえてきた。


『ふん。小癪な真似を。ならば次なる恐怖を与えてやる。我らに戦いを挑んだことを後悔するがいい』


 リングの中で熱い火花が散る。魔人同盟との熾烈な戦いの火蓋が切って落とされる。団体を巻き込んだ巨大な抗争はこうして始まるのだった。

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