第16話 勇者と魔王2
「勇者と魔王。あの二人はプロレスをしていたのさ」
富も地位も興味がなく、世界の行く末すら関係ない。ただ名前のためだけに戦っているとしたら。自分たちがやっていることを視点にすれば、驚くほどわかりやすい。
「どういうことよ。意味がわからないわ」
酷く混乱している。本当に理解が追いつかないのだ。ここにいる誰もが似たような反応をしていた。
「プロレスは相手の攻撃を受けることが基本だ。つまり魔王の攻撃に勇者が反応し、勇者の攻撃に今度は魔王がやり返す。簡単だろ」
一つの村や集落が襲われた後で倒せば盛り上がる。魔王の幹部が倒されれば、違う敵をぶつける。お互いに示し合わせていたのかはわからないが、こう想定すると辻褄が合うのだ。
魔王軍や勇者の話を調べていて思ったのは、どちらも不合理な戦術を取っていることだ。魔王軍の力を結集すれば、簡単に倒せた気がする。それなのに勇者に反撃の機会を与えていた。
勇者もまた有利になったとき、あえて魔王軍を見逃しているシーンが見受けられた。いわば名勝負を作り上げていたのだ。
「ば、馬鹿なこと言わないでよ。そんなことして何の意味があるの」
「追いつめられてからの大逆転劇は燃えるだろ。聞いているだけ熱くなる」
誰もがもう無理だと思う状況。絶望の淵に立たされても最後には立ち上がり、起きるはずがない奇蹟を起こす。最高の大逆転劇。人々を惹きつけて当然だ。
「恐ろしいのは勝算がないことだ。これだけのことをしながら」
最初は勇者に圧倒的な実力があり、いつでも倒せる余裕があるからこそ、こういうことをしたのかとも思った。
だが調べていくうちにわかった。この男には勝算などなかったのだ。そうでなければ考えられないような目に遭っている。生きているのが不思議なくらいな状態だからだ。
「でも負けたら死んでたんですよ」
「それでもいいのさ。ちゃんと名前は残るだろ。強大な魔王に対して、最後まで足掻いた勇敢な男としてな」
敗軍の将もまた歴史に名を刻んでいる。時に勝者より人気がある者もいた。例え魔王軍に負けて世界が滅びたとしても、滅びる瞬間まで名前を残せるし、魔王軍にも刻みつけることができるのだ。
「生命を平然とチップにできた。間違いなく頭の中がイカれてるよ。世界の命運も人々の生命も最初からどうでもよかったんだよ。自分が目立つことに比べれば、世界を救うことなんて毛ほどの価値もない」
目的と手段が反対なのだ。世界を救うために戦って名を刻んだのではなく、名を残すために戦ったら世界を救っていた。この世界にある全てを自分のために利用しつくしたのだ
「で、でも勇者のために死んだ仲間は大勢いるんですよ。彼は本気で悲しんだと伝わっています」
マリアが激しく反発する。こんな事実を認めたくないのだ。
「そりゃ泣くだろ。愛情や友情は上辺だけじゃない。勇気や正義だって心の底から持ち合わせていた。全部本物なんだよ。その上で平然と自分が目立つための駒にしたんだ」
恐ろしいほどの割り切り。鋭すぎる思考回路。本気で悲しみに暮れながらも、次の瞬間にはもう仲間の死をアングルに組んでいる。より感動的に伝わるように、よりドラマチックに映えるように。
「じゃあさ、どうしてあたしらは仲間に入れてもらえなかったの。コジのいう演出に使えるんじゃない」
「視点がブレるからさ。勇者は人間だろ。人間が世界を救う。人間が魔王を倒す。これが大事だ。他の種族はあくまで勇者である自分が守るもの、というヒロイン枠にしたかったのさ。里や集落が襲われたところを助けにくれば、嫌でも勇者は強いという考えが広がるだろ」
一時は世界を救った種族として戦後の利益を独占するつもりかと思ったが、すぐに考えを改めた。それならそれで他にやりようはいくらでもある。
「散々自分が目立った後で勇者はこの世界からおさらばした。ようは残った負債を全部あんたらに押し付けたのさ」
こんな戦いをしていたら世界が滅茶苦茶になるのは当たり前だ。
荒廃した世界の復興。混乱を鎮めるための治世。あまりにも面倒な数々の後始末。いくら勇者でも名を汚していたかもしれない。
だったら最初からしなければいい。名前を一切傷つけない永遠のヒーローとして消えればいいのだ。
残されたのはこの世界に生きる者たちだ。明日からもここで生きていかなくてはいけない。混乱と退廃の中で必死に生き抜き、今日という日を作ってきた。そんな苦労など勇者は何一つとして知らない。
だって本当にこの世界の明日なんかどうでもいいからだ。
「勇者が真に認めていたのは魔王だけだよ。激しい戦いを繰り広げられる最高の好敵手だからな」
どこまで連絡を取り合っていたかまでは流石にわからない。予め口裏を合わせていたかもしれないし、もしかしたら本当に全てをアドリブで行っていたかもしれない。全ては闇の中である。
ただ一つ言えるのは互いに強い信頼関係で結ばれていたことだけだ。そうでなければこんなことはできない。危険な大技ほど相手を信頼しなければできないのだから。
テーブル席を重苦しい空気が包んでいる。自分たちが信じていた勇者伝説の新たな一面を知り、何を言えばいいのかわからないのだ。
所詮は小次郎の推測にすぎないが、下らないと切り捨てることもできないでいる。奇妙なまでに納得できる部分があるからだ。短い時間だが彼らも小次郎とプロレスをしたのだから。
「落ちこんでいる暇はないぞ。過去は過去だからな。というかそういう絶望や苦しみはアングルに組み込め。利用されたのなら利用し返せばいい。苦しい過去も自分のものにすればいいんだ」
絶望や悲しみもドラマに変える。辛い痛みや苦しい想いをファンに共感させ、立ち上がる勇気を見せる。あらゆるものを己を演出するための手段とする。それがプロレスラーだ。
「前向きというか、馬鹿というか……あんたはとことん頭の中がプロレスに侵されているわね。本当に医者に見せてやりたいわ」
「ありがとよ。最高の誉め言葉だ」
小次郎のブレない姿勢を見て、席には再び明るい空気が戻ってくる。勇者の話はここで打ち切り、試合の相談を再開した。
準備は着々と進んでいる。旗揚げまで時間はない。やるべきことはいくらでもあるのだ。
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