第10話
掌に感じる温かいそれは、白銀の光りに包まれていた。一際輝く中心部の外側に、青や緑が混ざり合っては離れて行く光りがある。デイビーは、掌に浮くようにして収まったそれを、しばらく眺めた。
「とても、綺麗だ」
しばらくして、デイビーはそう口にした。ずっと欲しかったはずなのに、その温かくて美しい星の光りを見て、何故だかとても悲しくなった。
「どうしたの、嬉しくないの?」
そう青年が心配そうに声を掛けてくる。
デイビーは、掌の星をしっかりと握り締めてから、彼を振り返った。
「ううん、とても嬉しいよ。僕はずっと、これが欲しかった。だから、君に袋とベルトを預けて……」
不意に、頭に鈍痛を感じて、デイビーは心臓が大きく跳ねるような違和感によろめいた。どくん、と全身が呼応したように、頭から足先までが揺れたような気がして、困惑顔で自分の身体を見下ろす。
「そう、僕は君に預けて…………あれ? そのあと、どうしたのだろう。僕は天空橋を登るために来たのに、その前に天馬から星の鳥に乗り換えて、そうやってカゴごと下に降ろしてもらって……ああ、ひどく頭が混乱しているようだ」
「大丈夫、僕がいるよ。まずは深呼吸をしてごらん」
デイビーは、青年に言われた通り深呼吸をした。すると、肺いっぱいに新鮮な空気が入って来て、気分が少し楽になった。
その間に、青年はデイビーの手にあった星を取り「袋にしまっておこうね」と言って身を屈めた。まるで、自分の大切な子に言うような優しげな口調で「大切に、そぉっと、そぉっと」と続けて、デイビーの腰にあった袋に星を入れて、しっかりと袋口まで締める。
「ねぇ、僕は君の事をすごく知っているはずなのに、どうしてだろう? 君との過去を思い出せないでいるんだ」
青年が星を入れる様子を見つめていたデイビーは、彼が顔を上げたところでそう口にした。青年はしばらく、そんなデイビーを下から見つめていたが、ふっと微笑みをもらして「うん、知っているよ」と言った。
「突然の事で、色々と混乱しているのだろう。僕だってそうだ。まさかこんなにも早く、君に会うとは思わなかったから」
できる事なら、もっとずっと先で――。
そんな青年の言葉が途切れて、彼が不意に足元へと目を向けた。デイビーもつられて、そちらへと目を向ける。すると、どこからか、先程出会った老人の声が聞こえて来るような気がして、二人は耳を澄ませた。
「意地と根性を見せんか! ほれ、もっとしっかり頑張れ!」
一喝するような強い声だった。あまりにも大きな声に、デイビーは先程出会った老人のものであるとはすぐに信じ切れなかった。
「この声、本当にあのおじいさんなの?」
そう尋ねてみると、青年は下を見つめた、どこか考えるようなぼんやりとした表情で「あのご老人だね」と独り言のように呟いて、黙り込む。
その時、雲の下で鈍く硬い音が響いてくるのをデイビーは聞いた。二人の真下というわけではないその音が、雲全体に響き渡って、少しずつ音を強めて反響していく。
歯を食いしばるような短いうめき声が、時々聞こえた。同じ頻度で、雷のように老人の怒鳴り声が聞こえていた。言葉数が多すぎて、デイビー達は内容がまるで分からなかった。
「うわっ!」
不意に、下の雲から虹の鳥達が一斉に飛び出してきて、デイビーと青年は短い驚きの声を上げた。よろめきながらも、鳥達にぶつからないように、お互い妙な踊りをしながらその場から離れる。
勢いよく雲から飛び出してきた鳥達は、虹を描きながら星空の闇へと向かって次々に飛んでいく。
「うーむ、これは滅多にない例だね」
青年は少し困ったように呟きながら頬をかき、それでもどこかきょとんとした呑気な表情で、鳥達が飛び去っていった方向を見つめていた。
何かを打ちつけるような硬い音が、雲全体に響き渡って地響きのように揺れている。すべての鳥が去っていったあと、デイビーは雲の地平線を見やった。
下に広がる白くぼんやりとした光が、音に合わせてそれを強くしているのが見えた。
「とりあえず、あの椅子のもとまで行こう」
突然青年がそう言って、デイビーの手を取った。困惑して「え」「あの」としか言葉が出て来ないデイビーに、「まぁまぁ」と、彼は陽気に答えて雲の上を跳ねて行く。
椅子の横辺りまで来た時には、音は更に激しくなっていた。
まるで巨大な何かが、硬い地面を打ちつけているようだ、とデイビーは思った。青年はデイビーから手を離すと、梯子の先が少し出ているばかりの場所を、ひょいと覗き込む。
「な、何か見える?」
「うーん。カゴを持っていないから、星の欠片達に『帰れ』と怒られて、叱られている人が見えるよ」
「叱られている人?」
デイビーは、よく分からななかった。更に質問を投げかけようと口を開いたのだが、それは耳が痛くなるような衝撃音に遮られてしまった。
梯子が飛び出た下の雲が激しく光り出し、まるで雷が素早くぶつかり合うような音を上げた。すると雲の下から、更に呻く声が上がった。
その時、デイビーは信じられない光景を見て、思わず目を見開いた。雲の下から、焼けた小麦色の大きな手が伸びたかと思うと、前触れもなく梯子の先を掴んだのだ。
雲の中から現れたのは、擦り傷だらけの手だった。それは痛みに決して負けるものかと、梯子の一番上を強く掴んで一際力が込められる。デイビーと青年が見守る中、続いては雲から左手が飛び出してきて、がっしりと白銀の梯子を掴んだ。
雲の下から出てきた傷だらけの両手に、デイビーはひどく驚いた顔をした。その両腕のずっと下から、「諦めるな!」と怒号する老人の声が小さく聞こえてくる。
激しい雷のような音が小さくなり、デイビーと青年がそろそろとそちらに近寄った時、突然、梯子を登って来た人間が勢いよく顔を出した。それは髪も服も乱れ、傷だらけになったオーティスだった。
「オーティス!」
びっくりして、デイビーは反射的に彼の名を叫んだ。
オーティスは痛みを堪えた顔で、眉間に険しい皺をんだまま真っ直ぐデイビーを見つめ返してきた。激しい怒りや強い決心のような気迫を彼から感じて、デイビーは戸惑った。
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