五章 獅子令嬢と町の花娘(10)

「それで、陛下は諦めてくれたんですよね?」

『諦めざるを得ない、という状況だったからな。クリストファーは、姫が自分に気があるのには薄々気付いていると口にし、それならばハッキリ断らせて頂きますので彼女を呼んで下さい、と親しみ深い穏やかな微笑で要求した』

「あの、絶対零度の笑顔しか想像出来ないんですが…………」


 姫は無事だよな? 怪我させてないよな?


 クラバートの続く質問を予想していたのか、ベルドレイクが「姫は無事だ」と言って、先の言葉を続けた。


『笑顔はブリザード級だよ、クラバート。姫は鈍感な方なので、気付かなかったようだが……見守っている間、胃に穴が開きそうだった。クリストファーが姫に対して、最後まで強硬手段に出なくて安心した』

「……まぁ、彼の場合は、相手が女性だろうが容赦しませんもんね」


 むしろ、幼馴染の少女以外の人間がどうなろうと、知った事ではないという態度がありありと見て取れる。クリストファーの行動理由は、全て幼馴染の少女に結び付けられており、それ以外の目的が何もないという危なさも秘めていた。


 クリストファーは、幼馴染の少女が暮らす土地の平和を守るため騎士になった。


 彼はいずれ、早いうちに彼女を養えるよう、爵位を継ぐべく知識と力を得る事を惜しまなかった。二人で生活しても問題にならないよう、徹底して家事力も身に付け、出家した場合にも暮らしてゆける知識や技術も習得している。


 つまり、もうドン引きレベルで完璧に準備し、整えてあるのだ。


 無駄な事を一切嫌うようなクリストファーが、姫との問題を上辺だけ穏便に済ませたのも、二人の未来に余計な争点を置かないためだろう。


「えぇと、ベルドレイク総隊長? その、姫は素直に諦めてくれたのですか?」

『悲しんではおられたが、愛する人がいるという彼の言葉に反論はしなかった。うまく言いくるめていたところを見ると、将来の不安要素になる確執は作りたくなかったのだろうな。むしろ味方に引き入れていたようにも見える』

「まぁ、女の子同士の確執が一番面倒ですから……。それで、英雄は今どちらに?」

『陛下達と、段取りについて話し合いを進めている』

「は? 段取り?」


 その時、投影された映像の向こうから、ベルドレイクを呼ぶ声が上がった。彼が疲労しきった顔をそちらへと向け、小さな声で言葉を交わした後、こぼれおちんばかりに目を見開いて「は?」というような口の形を作った。


 それから数秒も待たず、ベルドレイクがギョッとしたように飛び上がり、それから勢い良くクラバートを振り返った。そして、堪らず立ち上がり、少しの間映像の中から消えた。


 しばらく経った後、長椅子に戻って来たベルドレイクが、言葉を詰まらせたように口の開閉を繰り返し、それから諦めたように頭を抱えた。


『…………おい、クラバート。魔王が、舞踏会でマーガリーに正式にプロポーズをするというのは本当か?』

「…………あ~、さきほど耳に入れました」

『…………英雄の提案で、急きょ明日の参加に決まった。英雄と魔王が、謁見の間に用意された魔法通信機で陛下達と直接話し合われたようだ』


 こちらを見るベルドレイクの目が、強い同情と憐れみを含んでいる事に気付き、クラバートは、先程覚えた嫌な予感が、現実化する気配に顔を引き攣らせた。


 ベルドレイクが、深い溜息を吐きながらこう告げた。


『魔王の希望もあり、明日、そちらに躾けられた飛竜を四頭寄越す。辺境騎士団のクラバート団長は、飛竜が到着次第、魔王と宰相、マーガリー副団長とティーゼ・エルマを連れて王宮へ帰還せよ。これは陛下の勅命である』


 クラバートは、数秒ほど頭が真っ白になった。


 つまり、魔王が舞踏会でマーガリー嬢をエスコートするタイミングを利用して、クリストファーは、ティーゼを呼び戻すつもりなのだ。それまでに彼の方は準備が整えられるだろうし、万全な用意でもってティーゼを迎えるという計画に違いない。


「いやいやいやいや、待って下さい。それ、マジですか!?」

『ちなみに、ティーゼ・エルマは竜の騎乗経験がない。誰かが飛竜に乗せて手綱を引いてやらなければならないが、英雄は直前まで『準備』に忙しいからな。彼は、お前ならば良いと言っていたそうだ。他の誰かであったなら、手足を切り落としてしまえる自信があるらしい』

「うちの英雄が物騒過ぎる! というか、なんで俺が指名されるんです!?」


 騒動関係で言葉を交わした事はあるが、プライベートな付き合いをした覚えはない。


 すると、ベルドレイクも困惑を露わに眉間に皺を刻んだ。


『彼は、一度見聞きした人間は忘れないそうでな。なんでも、お前の人柄は嫌いではないと語ったそうだが……私も詳しい事は知らん。お前は、そっちの部隊の中で一番戦力があるし、護衛役としても適任だろう』

「ちょ、待って下さいよ。戦力というのなら、こっちには歴代最強の魔王と宰相もいるんですがッ。というか、あの二人は『翼』があるんだから、飛竜なんていらないでしょう!?」

『人界の騎乗用小型竜に乗ってみたいそうだ』

「なんだそのピクニック気分な理由は!?」


 魔界には、こちらでは考えられない大きさと、凶暴性を持った竜種が多く存在している。人界の魔力を持たない小型竜など珍しくもないだろうに、とクラバートは頭を抱えた。



 ティーゼ・エルマは、確かに精霊らしい美麗も滲む可愛らしい少女だ。幼い少年のような、好奇心溢れる深い緑の瞳もクラバートは嫌いではない。しかし、ヘタをすれば、クリストファーに切られる可能性が脳裏をよぎる。


 いや、本人が良いと許可しているから、その心配はないはずなのだが……



 身に沁みた恐怖感と危機感のせいだろう。これまで極力関わらないよう避け続けていただけあって、クラバートは苦悩の呻きを上げずにはいられなかった。クリストファーの騒動に巻き込まれないよう、わざわざ王宮から一番遠い場所に望んで身を置いたというのに、あんまりだと思った。


 ベルドレイクが『無事を祈る』と、縁起の悪い言葉で通信を切り上げた。


 国王の命令であるというのなら、臣下として従わない訳にはいかないだろう。クラバートは、今後の予定を素早く頭の中で組み立てながら、両手で顔を覆って深く項垂れた。

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