第6話『お願いですから、穿いてください!!』




  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■



 ACT-6『お願いですから、穿いてください!!』





「ご馳走様でした!

 ラーメン、美味しかったわ!

 卓也、本当にありがとう! また機会があったら食べたいわ!」


「あ、ああ、そう」


「どうしたの? なんだか顔色が悪いけど」


「ああいや、大丈夫、なんでもない」


 卓也が参っている理由は、澪にあった。

 否、別に彼が何かをしでかしたわけではない。

 ただ、あまりにも場違いな雰囲気の客として捉えられた上、ただでさえ目を引く美人なものだから、奇異な目で見られ続けたのが原因だ。


 緊張感と居心地の悪さ、そして店員や他の客による視線の洗礼。


 当の本人は、そんなのを全く気にすることなく、初めてのラーメンを堪能し感動の言葉を漏らしていたのが救いだが、全然釣り合いの取れてない自分がその横に居るという状況に、卓也は何故か追い詰められているような心境となり、ラーメンを味わうどころではなかった。


(お、俺はいったい、何を食ったんだ……それすら想いだせん)


「あ~、世の中にはボクの知らないものが沢山あるのねぇ。

 素敵だわ、そういうものに触れていくのって」


「よ、喜んでくれて良かったよ」


「うん♪

 また、いろんなことを教えてね、卓也♪」


「お、おう」


 とても可愛らしい笑顔ではしゃぐ澪の様子に、卓也は、もうどうでもいいやって気分になってきた。


「あ、でも、お腹がちょっと重いから、お買い物が辛くなっちゃうわね」


 そう言いながら、澪は申し訳なさそうに笑う。

 手近な公園のベンチに座り、少し休んでから次に行くことにする。

 卓也は、何の違和感もなく二人揃って腰掛けている事に後から気付き、またもやドキリとした。


(な、なんだか、こうしてると、まるでデ~トしているみたいじゃないか!

 これで、コイツが女の子だったら、何の問題もなかったのになあ)


 残念な気持ちと、それでもなんだか嬉しい気持ちが入り混じる。

 澪は、物珍しげに周囲を見回し、目を輝かせている。

 もしかしたら、こういった日常の風景すら、ロイエである彼には希少な光景に感じられるのかもしれない、と思った。


「――あれ?」


 澪の目線を無意識に追いかけていた時、ふと違和感を覚える。


「どうしたの?」


「いや、あそこの看板なんだけどな」


「?」


 公園の出口方面、大通りの向こう側に建っているビル。

 その屋上付近に掲げられている看板を指差す。


「全日本日本酒祭り、ですって」


「うん」


「あれがどうしたの?」


「いや俺、あのイベントの最終日に行った筈なんだけど」


「えっ?」


「まだ、開催してる?」


「延長したのかしらね? もう一回行ってみたら?」


「いやまあ、それはいいんだけど……」


 卓也は、イベント最終日が物凄い混み具合で、並べられた商品が次々になくなっていく様を良く覚えていた。


(あんなに大盛況だったから、開催期間延長?

 なんか変だな)


 何故か妙に気になったが、恐らく気のせいか、或いは何か特別なことがあったんだろうと思い直すことにする。

 次の目的は、スーパーでの買出しだ。

 だが卓也は、ベンチに座る澪の姿を見て、ふと何かを思い立った。


「澪って、服とか大丈夫なの?」


「服? そうね、最低限の着替えしかないわ」


「もしかして、そういうのも」


「そうね、ご主人様が買い揃えて与えるのがセオリーよ」


「うわぁ、やっぱりそうなるのかあ」


「だってボク達、本当はここにいない筈の存在だからね」


「そうか、人間じゃない扱いってのは、そういうことになるんだ」


 卓也は、だんだん澪の事情がわかって来た気がした。

 倫理的観点はともかくとして、主従関係というものが成立しているのであれば、主人が従者に物資を支給するのは当然と言える。

 それくらいは、理解出来る。


 見た感じ、澪の外出着は、この少々暑苦しそうな黒ドレスしかないようだ。

 もっと気軽に着られるものがないと、いつかは辛くなるだろう。


「先に、澪の服を買いに行こうか」


「えっ、いいの?」


「うん、そんなに高いものは買えないけど」

 

「ありがとう! とっても嬉しい!」


「ウニクロくらいしか行けないけどね、そこは勘弁して」


「ううん、そんなのいいの!

 あなたに買って貰えるだけで充分よ」


「お、おう」


 ベンチから立ち上がり、飛び跳ねんばかりの勢いで喜ぶ澪に、何故か頬が赤らむ。


「そしたらぁ、まずは夜寝る時の服が欲しいわね」


「ああ、裸で寝てたらいつかは風邪引くかんな」


「それはいつものことだからいいんだけど」


「ん、なんか言った?」


「え? ううん、なんでもない!

 ボク、白っぽいベビードールがいいなぁ」


「は?」


「両肩とか胸元とか出てる、前開きのがいいかな。

 下着はどうせ穿かないからいいけど、少しくらいお尻が出ちゃうくらいのが、えっちっぽくていい?」


「な、何の話だそれ?!」


「卓也が、ボクにどんなのを着て欲しいかな、って」


「そんなの、ウニクロに売ってるわきゃないだろ! 普通のパジャマにしろって」


「え~、じゃあせめて、薄手のトレーナーとか」


「お、いんじゃない?」


「それ一枚だけ羽織って」


「待て」


「うん? 気に入らない?

 じゃあ、ワイシャツだけとか」


「お待ちください」


「ボク、パンツ穿かない主義だから、下はそのままの方がいいのよね」


「ちょ、今なんつった?」


「ん?」


「な、な、な、何を、穿かないだと?!」


「パンツ」


「し、正気か?! って、まさか今も――」


「うふふ、穿いてないわよ♪

 確かめてみる?」


 そう言いながら、スカートを捲り上げるような真似をする。

 卓也は、大慌てでそれを止めさせた。


「わ、悪い冗談はやめろ! は、恥ずかしいじゃないか!」


「冗談に決まってるでしょ?

 そういうとこ、可愛くって好きよ?」


「ぐぬ」


 チュッ♪ と音がして、澪が頬にキスをする。

 当然、行き交う人々の目の前で、だ。



 なにあれ……


 バカップルよ……


 バカップルだな……


 ヒソヒソ……



 卓也は、澪の腕を引っ掴むと、大急ぎで公園を飛び出した。


(な、な、何回繰り返すんだよ、このパターン?!)




 その後、近くのウニクロに入って手頃な衣服を数点選び、また靴下など細かなものもまとめて購入した。

 小柄でスレンダーな体型の澪は、どうしてもレディースの方を選ばざるを得なくなるようだ。

 予算を伝え、自身で選ばせることにして会計する。

 おかしなものを購入しようとしたら、横からツッコミを入れるつもりだったが、幸いそういう心配はなかった。

 もっとも、そういったものを選ばせないという目論見もあり、ウニクロを選んだのだが。


「結構いっぱい買ったけど、大丈夫?」


「え? ああ、まあ」


「卓也って、結構お金持ちだったりするの?」


「つか、単に使い道がないだけでさ」


「そうなの?

 そういえば、お部屋の中に何かいっぱい箱みたいのが並んでたけど、あれは何?」


「ああ、アレは――」


 そこまで言って、卓也はふと、商店街の奥の方にある銀行の看板を見止めた。


「ごめん、ちょっとATM寄ってく」


「ええ、わかったわ」


 すっかり忘れていたが、昨日は給料日だった。

 給与明細を忘れて来てしまった卓也は、ひとまず問題なく振り込まれているかどうかを確認しようと考えたのだ。

 ATMコーナーに入り、口座カードを挿入し、操作を行う。

 しばらくして、小さな画面に口座内の金額が表示された。



「――はい?」



 表示を見た卓也は、思わず声を漏らした。

 取引を終わらせ、もう一度カードを読み込ませ、再び明細を表示させる。

 そこには、先程と同じ金額が表示されていた。


 ――想定の、五倍くらいに相当する金額が。


「え? ちょ、何これ?!」


 コーナー内に人がいないのを確認すると、卓也は、別のATM機に移動して同じ事を試した。

 だが、結果は同じだ。

 首を傾げながらATMコーナーから出ると、外で待っていた筈の澪が、誰かと話をしている。

 二十代くらいの長身の男性だ。


(おや? 澪の知り合いかな?)


 声をかけようと歩み寄ると、突然、澪が大きな声を上げてこちらに手を振って来た。


「あなたー! 遅いわよ!」


「へ? あなた?」


「ごめんなさーい、主人が戻って来たから、もう行きますねー」


 そう男に告げると、澪はそそくさとその場から移動し、卓也の腕を取る。

 その上、まるで見せ付けるように肩に顔を近付ける。

 しばらくその様子を窺っていた男は、軽く舌打ちをすると、何処かへ歩み去っていった。


「今の、知り合い?」


「ううん」


「え? じゃあ」


「ナンパされてたの」


「えっ!? な、ナンパ?!」


「うん、だから、夫を待ってるって言っちゃった♪」


「お、夫って。

 あー、それで“あなた”呼びだったのか」


「そうそう。なんかすごくしつこくて。

 それで、ちょっと遅かったけど、何かあったの?」


「ああ、うん。実は――」


 卓也は、澪に振込額の件を報告する。

 

「それって、誤送金じゃない?

 お金、下ろさなかった?」


「うん、下ろしてない」


「だったら、入出金記録を確認した方がいいわね。

 卓也、ネットバンク登録してる?」


「あ、一応、うん」


「だったら、急いで確認した方がいいわよ」


「そうだな」


 なんだか急に真面目になった澪は、真剣な表情で呟く。

 彼のアドバイスに従い、商店街の路地に移動すると、卓也は早速、スマホでネットバンクの明細を確認した。

 だがそこには、見覚えのない振込人名義が表記されている。


「――何、この……ダイローゼンカブシキガイシヤ、っての」


「聞いたことない名前だわ。

 卓也の勤務先……じゃなさそうね」


「うん、俺の勤務先こんな名前じゃないもん」


「じゃあ、誤送金確定ね。

 早いところ、銀行に――」


「あれ?」


 明細を更に確認すると、更に奇妙なことがわかった。

 「ダイローゼンカブシキガイシヤ」なる名義の入金は、一度だけではなかった。

 過去何度も振り込まれており、しかも毎月、ほぼ決まった日にちに行われている。

 その上、振り込まれた額が、現在の勤務先よりもおおよそ1.5倍くらい高い。

 卓也は、だんだん混乱して来た。


「実は、振込みを代行業者が行っていた、とか?」


「それにしては、金額がデカイってのはおかしいし、普通名前は変えるだろ」


「そうよね、それに、あんまり使ったような記録もなさそうね」


「うん、なんだか、全く違う人の口座の中を覗いてるみたいだよ」


「どういうことなのかしら……」


 澪と相談し、ひとまず、今は手をつけずにそのままにすることにして、休み明けに会社に事情を確認することにした。

 ここでこの金をネコババしたら、後で絶対大変なことになりそうだと思ったからだ。



 その後、当初の予定通りスーパーで食材と、澪の生活必需品を買い込んだ二人は、重い荷物を抱えながら帰宅した。

 気付けば、もう夕刻に近く、空も夕焼け色に染まり始めている。

 美しく広がる紅い空を見つめ、卓也は、ほっと息を吐いた。


「誰かと一緒に買い物に行ったの、凄く久しぶりな気がする」


「もしかして、元カノとか?」


「ああ……いや、そういうのじゃないって」


「ふーん」


 興味なさそうに反応しながら、澪が、また腕を絡めてくる。


「でも、これからはボクが傍にいるからね」


「なに、もう彼女ヅラ?」


「えー! ダメなのー?」


 頬を膨らませ、プリプリ怒る澪の可愛らしい顔に、卓也はつい微笑んでしまう。

 男、という気になる点があるにせよ、澪という存在は、決して悪い気になるものではない。

 今日一日付き合ってみて、卓也は、そんな風に思い始めていた。


「帰ったら、美味しいお食事を用意しますわ、ご主人様☆」


「お、おう、楽しみにしてるよ」


「でも、不思議ね」


「ん、何が?」


「あなたのマンションの、キッチン」


「え」


「料理しないって言ってた割に、結構色んな調理器具揃ってて。

 料理を趣味にしてるどころか、かなり本格的にやってた人並よ、あれは」


「……」


「ご、ごめんなさい。余計な詮索だった?」


「いや、いいんだよ」


「……」


 なんとなく、場の空気が変わる。

 二人は、その後会話もなく、部屋へと戻った。




 部屋に戻るなり、澪は即座にメイド服に着替えた。

 だが、今回のものはさっきまでのものとは違う。

 蒼色ベースで、脇と背中がフルオープンの、更に露出が多いものだ。

 メイド服の布もビニールのような光沢のあるもので、いささかビザールチックな雰囲気を感じさせる。

 更に、パールホワイトの同じく光沢のある布地で作られたニーハイを穿き、卓也を見つめてくる。


「どう? こういうのもあるのよ」


「お、おう。まるでコスプレ個人撮影会」


「いいわよ、写真撮っても」


「ひとまず遠慮しとく」


 そう言うと、卓也は寝室に引きこもろうとする。

 そんな彼に、澪は正面から抱きついて来た。


「今日はありがとう。嬉しかった」


「あ、いや、そんな」


「ボクね、もっと卓也のことが好きになっちゃった」


「あ、そう」


「――ねえ、今夜、いいでしょ?」


 熱い吐息と共に、再びおねだりトーク。

 色気を含んだ澪の呟きは、卓也の股間に非常に悪い影響を与えた。


(お、お、お、落ち着け俺! コイツは男だ、騙されるな! 気を抜くな!

 ボヤボヤしてると後ろからブッスリだ! レイツ!!)


「ボクのこと、好きにしていいから、ね?」


「す、す、す、好きにしろって、男相手に、何をせぇっちゅんじゃ」


「わからない?」


「わからんし、わかりたくもないわい」


「あらそう」


 そう呟くと、澪は益々身体を密着させてくる。

 そして卓也の両手を掴むと、


「ふわっ?!」


「うふっ♪」


 澪は、卓也の手を自分の腰に回させた。

 具体的には、スカートの中に手を突っ込み、横から腰を抱えるような体勢。

 柔らかく温かで、それでいて弾力に富む肉感が、卓也の掌に伝わる。

 それはもう、男の身体の感触ではない。


 そして――卓也の指は、手は、「本来そこにあるべきもの」に触れることはなかった。


「な、な、な、なぁっ?!」


「ね? さっき言った通りでしょ?」


「ま、ま、マジで穿いてないのかよ?!」


「ふふ♪ その方が、卓也が喜ぶかなって」


「だ、だ、誰が男のケツなんか見て喜ぶかぁっ!!」


「ふーん、そうなの?

 ボク、これでもSクラスのロイエだから、見た目には結構自信あるんだけどなあ」


「し、し、知ったことか!」


 むにゅ


 再び澪に導かれ、卓也の手が、別な部分に触れる。

 特に柔らかく、妙に熱い。

 澪が「あんっ♪」と、色っぽい吐息を漏らした。


「……これって、まさか……」


「ね? これならいつでも好きな時に――できるでしょ?

 だから、穿いてないの」


「………ぎょべぇっっっ!!」


 突如奇声を発し、卓也は、もんどり打ちながら部屋の中へと脱出した。

 バンッ! と音を立て、ドアが閉じられる。


「ああん、もう! いいトコだったのにぃ

 ――なんてねなんてね☆」


 ふてくされながらも、澪の表情は、してやったりというニンマリ顔だ。

 何故かスキップしながらキッチンに移動する澪と、ドアの向こうで、全身を震わせている卓也。


(侵されていく――俺の生活が、ヤツに侵されていくっっ!!)



 卓也はその後、美味そうな料理の匂いが漂うって来るまで、ドアの前でじっとしゃがみこんでいた。


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