第5話『出かけてる最中の羞恥プレイは、拷問みたいなもんですね…』




  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■



 ACT-5『出かけてる最中の羞恥プレイは、拷問みたいなもんですね…』







 その後、色々なドタバタがあったが、卓也と澪は、なし崩し的に同居することになった。


 卓也は、突然飛び込んで来たメイド少女が実は男性(しかも性欲過剰)という難点は感じるものの、澪に対して興味や関心を思え始めていた。


(結局、コイツは何者なんだろう? まぁ、いつか判明するだろうから、いっか)


 “細かいことを考えるのは、面倒だからやめておこう”


 卓也の元来の面倒臭がり屋が、こんなところで表出し、結果的にそれが澪を助ける形となった。



 部屋の大掃除が終わり、部屋の換気も済ませた頃、時計は昼時をとっくに回っていた。


「すっげぇ……引越しし立ての時みたいだ!」


 これが漫画なら、キラキラピカピカとエフェクトが輝きまくっているだろう。

 そのくらい綺麗になったリビングには、床置きされた物品は一切なく、また埃もくすみも見当たらない。

 それどころか、窓の汚れも完全に払拭され、外から差込む光すら違って見えるほどだ。

 長い所手を入れていないキッチン周りも完璧に整えられ、ガスコンロが光ってすらいる。

 これを、たった一人でやり遂げた技量に、卓也は素直に感心した。


「いやぁ、すごい! 本当に綺麗になったよ、ありがとう澪!」


「どういたしまして! でも、さすがに疲れちゃった~」


「そりゃあそうだろうなあ」


「お風呂場と寝室は、午後からやらせてね。

 ここまで来たら、徹底的にやるから」


「ありがとう、これは本気でお礼させてもらわなくちゃね」


「そ、そんな!

 ボクはただ、自分のやるべき事をやっただけだから……」


 そう呟きながら、何故か頬を赤らめる。

 その仕草は素直に可愛らしく、卓也は不覚にもときめいてしまった。


(お、落ち着け俺! 相手は男だ! 女に見えるけど、女の子じゃないんだぞ!)


 ふと時計を見ると、もうすぐ一時半になる。

 卓也は、自分の腹を無意識に手で押さえた。


「なぁ、澪」


「なぁに? 卓也」


「お、なんかいいなぁ今の」


「え? だって、あなたが名前で呼べっていうから」


「ああうん、だからさ、それがすっごくいいなって」


「な、何なのよ、もう!」


「とりあえず、昼飯食いに行かない?」


 相手が男であり、しかも同居人のせいか。

 卓也は、まるで友人に語りかけるような自然さで澪に呼びかけられた。

 そして、そのあまりの自然な流れに、自分で驚く。


(な、なんだ俺? 澪なら、こんなに素直に話せるのか?!)


 だが、当の澪は、やや複雑な表情で見つめ返してくる。


「外食? なんかボク、ここに来てまだお掃除しか出来てないんだけど」


「ん? どういう意味?」


「ボク、あなたの食事もちゃんと管理できるわよ?

 好き嫌いとか教えてくれれば、何でも作ってあげられるわ。

 勿論、家計の範囲内でね」


「ん? ん?」


 卓也は、澪がやや不満げである意味が、よくわからなかった。

 どうやら、せっかく調理が出来る自分がいるのに、いきなり外食を選択したことでへそを曲げたようだ。


「あ、そうか。

 ありがとう、そういう事もしてくれるんだね」


「そうよ、ボクはここに住み込みのメイドなんだから。

 外食ばっかりだと――」


「しかしな、肝心の材料が、なぁんにもないんだなこれが!」


「――ふぇ?」


 何故かドヤ顔で告白する卓也の態度に、澪は、目を剥いてキッチンに飛び込んだ。

 しばらくして、冷蔵庫を開ける音がする。


「やだぁ! 本当に全然ない!

 って、ビールと食べかけのおつまみしかないじゃない!」


「俺、自分で料理やらないんだよねぇ」


 後ろ頭をポリポリしながら、何故か照れる。

 そんな卓也の態度に、澪のおっきな溜息が返された。


「これじゃあ、どのみちお買い物に行かなきゃダメなのね。

 わかったわ」


「お、出かける気になった?」


「いいわ、行きましょう」


 そう言いいながら腰に手を当てる澪は、何故か少し残念そうな顔つきになった。





 メイド服から最初に着ていた黒のドレスに着替えると、澪は軽くメイクをして準備を整えた。

 ゴシックロリータ風という程ではないものの、黒を基調とした膝下までのロングドレスと白のフリフリブラウスの組み合わせは、メイド服のゴージャス&露出抑えバージョンといった雰囲気で、また違った魅力を感じさせる。

 初対面の時はあまりじっくり見ていなかったので気付かなかったが、澪の外出姿は、まるで何処かのお嬢様といった出で立ちで、思わず目を見張る程だ。

 卓也は無意識に溜息を漏らし、その美しさと高貴な雰囲気に見入った。


 と同時に、無地のトレーナーに着古したデニムパンツのみという自分のラフすぎる格好が、途端に恥ずかしくなってきた。


「さぁ、行きましょう」


「あ、ああ」


「どうしたの?」


「いや、そのな。なんか、不似合いだなって」


「えっ、ごめんなさい!

 でもボク、今外出着はこれしかなくって」


「あー違う! 俺の方! 澪のことじゃないから!」


「?」


「と、と、とにかく、出よう!」


 だんだん恥ずかしくなってきた卓也は、逃げるように玄関へ向かった。






 昼下がりの街は、天気の良さが幸いし、季節の割にはかなり温かい。

 卓也は、出掛けに羽織った上着はなくても良かったかなと公開した。

 彼にやや遅れるように、黒髪をなびかせながら澪がやって来る。

 隣に並ぶと、自然に手を握って来た。


「卓也、足が速いよ。

 一緒に歩こう」


「え、あ、う、うん」


「どうしたの? さっきから、顔が真っ赤よ?」


「いや、その、だって」


「もしかして、こういうの、慣れてないから?」


(ギクッ)


 大きな通りに出る直前、心の中を見透かされた卓也の足が止まる。


「そ、そうだよ! てか、手ぇ繋がなくてもいいだろ別に」


「あらそう? じゃあ……」


 そう言うと、澪は少し意地悪そうに微笑んで、卓也の左腕に自分の腕を絡めた。

 二人の身体が、より接近する。


「わっ!」


「フフ、手を繋がなきゃいいのよね?」


「そ、そういう意味じゃないんだけど……」


「いいじゃない、ボク、こういう歩き方してみたかったのよね」


「あ、そうなの」


「そうよ。

 ご主人様とこうやってお出かけとか、経験したことのあるロイエなんていないんじゃないかしら」


「へぇ、そうなの?」


「ちゃんと調べたわけじゃないけどね。

 だいたい、家から出ることもなく、ずっと働かされてるイメージだから」


「ロイエって、なんだか大変なんだな」


「そうよ?

 ご主人様の命令には絶対服従、たとえ死ねって言われても、従わなきゃならないんだから」


「――は?!」


 またも、足が止まる。


「じょ、じょ、冗談はよせよ!

 ビビるじゃないか」


「冗談じゃないんだけど」


「ど、どういう存在なんだよ、君らロイエってば」


「そうねえ、本人の意思とは無関係に、絶対的な主従関係を強いられて派遣される“男の子の奴隷”かな」


「その一人が……」


「そう、ボク♪

 あなたの奴隷なのよ」


 そう言いながら、何故か満面の笑顔を向けて来る。

 卓也は、どういう顔をしたらいいのかわからなくなり、無意味に空を見上げた。


「でも、ボクはちょっと違うかな」


「どういう意味?」


「だってボクは、大好きなご主人様に出会えたから♪」


「はぇ?」


 澪が、突然抱きついてくる。

 無論、ここは公衆の面前。

 通り過ぎる人々が、奇妙なモノを見るような目線を向けてくる。


「ボク、卓也が大好きになったから、一緒にいたいの。

 本当よ?」


「ち、ちょ、待っ……わぁったから」


「ウフ☆ 卓也ぁ、愛してるっ!」


 抱きつきながら、大きな声で、宣言。

 そのやりとりに、周りの人々の視線が更に痛くなった。



 バカップルよ……


 バカップルだわ……


 ヒソヒソ……



「ま、待ってくれ! や、やめて、澪!」


 卓也の悲痛な叫びが、住宅街に木霊した。 

 

(羞恥プレイ?! ねぇ、コレ、もしかして羞恥プレイなの?!)



 



 二人は、やがて人通りの多い大通りに出る。

 ひとまずの目的地である商店街までは、もう少しだ。


 行き交う周囲の人々の目が、何故か二人に集中する。

 それに気付いた卓也は、その原因が左側に立つ“一見、美少女”である事に、少し遅れて気付いた。


「ねえ卓也、どうする?

 お買い物して、おうちに帰ってからご飯食べる?

 それまでお腹持ちそう?」


 相変わらず無邪気な表情で見上げてくる。

 あまりの恥ずかしさに一瞬反応が遅れるものの、卓也は、思ってたよりもかなり空腹になっている事に気付いた。


「そうだな~、澪さえ良ければどこかで飯食って、それから買い物して帰らない?」


「その方がいい?

 わかったわ、じゃあ何処に行けばいい?」


「澪の食べたいものでいいよ」


「え? ぼ、ボクが選ぶの?!」


 卓也の何気ない言葉に、澪は大いにうろたえる。

 その態度の意味を咄嗟に理解出来なかった卓也は、足を止めた。


「うん、澪はどんなのが好き?」


「あ、あのボク、こういう所に来たことないから……わからなくって」


「あ」


 そこまで言われて、ようやく、彼ら“ロイエ”の特殊な事情を思い出す。


(そうか、そもそも外食とか、したことないのか。しまった……)


 バツが悪そうに頭をボリボリ掻くと、卓也は、困り顔の澪を見下ろした。


「じゃあ、俺が選んでもいい?」


「ええ、いいわよ?」


「それじゃあ着いて来て」


「はい。……あ~ん、待ってよぉ」


 ランチタイム中とはいえ、一番混みそうな時間帯からはずれているせいか、今日は待ち列がいない。

 卓也が向かった先は――



「ここは、何のお店? 中華料理なの?」


「ここはね、家系」


「イエケイ?」


「大黒屋って言ってね、今結構人気のある“ラーメン屋”なんだ」


「ら、ラーメン……」


 入り口を開け、店内に入ると、元気の良い店員の挨拶の声と共に、大勢の視線が一気に集中した。


「うわ」


(やば、すっげぇ見られてる!)


「お客さん、お二人ですか?」


 店員が、何故か少々不思議そうに尋ねてくる。

 どうやら、澪を見て不思議がっているようだ。

 卓也はその態度で、ようやく、“ここは女の子(違うけど)を初めて連れて来るべきところではない”所であったことを自覚した。


「え、あ、その」


「はい、二人です!」


「わかりました。

 奥のカウンターへどうぞ!」


「ご丁寧にありがとうございます」


 店員に向かって90度近く上体を倒して礼を述べると、澪は、動揺している卓也の手を取り、奥へと誘う。

「卓也、早く行きましょう」


「あ、その、澪、いいの?」


「もちろんよ!

 ボク、ラーメンって初めて食べるの!

 だから、結構楽しみよ♪」


 その声が、たまたま一瞬静まり返った店内に響き、カウンター奥の店員や他の客達の視線が、再び集中する。

 その目には、なんとも言い難い“敵意”のようなものが込められている……ような気がした。



 バカップルだ……


 バカップルだな……


 ヒソヒソ……


   

 楽しそうにメニューを眺める澪をよそに、卓也は、自責と後悔の念に押し潰されそうになっていた。


(ダメだ、俺は本当にダメな男だ! 今改めて思い知ったぁ!!)



 数分後、提供されたラーメンを、澪は嬉しそうにそして美味しそうに頬張った。

 だが卓也は、味が全然わからなかった。




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