第7話『何がなんだか、訳がわからなくなって来たんですが?!』
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-7『何がなんだか、訳がわからなくなって来たんですが?!』
その後、澪は豪華な夕食を用意してくれた。
本日のメニューは、ハヤシライスと温野菜サラダ。
さほど高い材料は買わなかった筈なのに、その味は極上だった。
しかも、驚くべき短時間で作り上げてしまい、卓也は本気で驚いた。
「うん! これ、美味しいよ! 凄く美味しいっ!!」
「嬉しいわ、お口に合って」
「こんな言い方良くないかもだけど、あの予算でよくこれだけの味が出せたね!
どうやって作ったら、こんなに短時間で、美味しく出来るんだろう?!」
「ふ~ん、料理したことがないと出ない感想よね、それ」
「え?」
「ううん、なんでもない」
澪によると、今回は赤ワインをメインに使い、水を一滴も使わずに煮込んだという。
また牛肉はあえて使わず、豚肉の薄切りを炒めたものを煮込み、更に圧力鍋で煮解かした玉ねぎを、具材とは別に用意して混ぜ込んだのだという。
「他にも、色々な野菜を使ってるのよ。
だから、本当ならこれは“ハヤシライスモドキ”って呼ぶべきところね」
「お見事です! 澪、本当に美味しいよ!
ありがとう、久々に、マジで久々に感激したよ!」
「そ、そう、ありがとう」
全力で褒め称える卓也に、澪は顔を真っ赤に染め、俯く。
思わず三杯もおかわりした卓也は、満足しながら食器をキッチンに運ぼうとする。
「ああっ、卓也は座っててよ!
今、コーヒーでも淹れるから、くつろいでて」
「いや、でも、食べ終わったら片付けないと」
「ここはメイドの活躍の場ですから!
ご主人様は、全部ボクにおまかせでいいのよ!」
「お、おう……なんか悪いなあ」
「いいのよ、それがボクのお仕事なんだから!」
そう言いながら、鼻歌まじりにキッチンへ食器を運んでいく。
リビングでぼうっとその後姿を見ていた卓也は、ふと、昔のことを思い出した。
(ああ、ダメだダメ駄目! 忘れなきゃ……)
何かを振り払うように、頭をブンブン振る。
(それにしても、澪はホント、色々やってくれて助かるなあ。
家事もバッチリこなすし、何より部屋の雰囲気が明るくなった気がするし。
なんていうか、太陽みたいな子だなぁ)
テーブルに肘をつきながら、キッチンで洗い物に励む澪の姿を見つめる。
少し屈んだ時にちらちらと覗くお尻に、卓也は思わず反応してしまった。
(こ、これで、女の子だったら、全然文句なかったんだが!
……って、いや、違うな。
女の子だったら、こんなところ、そもそも来てくれやしないよなぁ――)
「ねぇ、卓也ぁ」
不意に声をかけられ、我に返る。
「どうしたの?」
「食休みしたらねー」
「うん」
「お風呂、一緒に入ろ?」
「ブッ!」
何も飲んでなくでもむせるんだ、ということを、卓也はこの時初めて知った。
「な、何が悲しゅうて、男同士で風呂入らなきゃならんのじゃ!?」
「え~? せっかく洗ってあげようかな~って思ったのにぃ」
「ご丁寧に、遠慮しておきますわ」
「ぶーぶー、つまんなーい! ノリ悪いー!」
「そういうのって、ノリで決めるものじゃないって、先生思うの」
「わかったわ、じゃあ、卓也が入ってる間、明日のご飯の下準備するね」
「え?! それは、なんか悪いよ」
「いいのいいの。
明日の朝ごはんも、期待してねっ!」
「あ、ありがと……。
でも、今日は色々やってくれたんだし、せめて澪が先に入りなよ」
「ご主人様より先にお風呂入るなんて、そんなバチあたりなメイドは居ません!」
「あ、そういうもんなの……」
手を止めず、こちらに顔を向けないままでの会話。
今朝までは、この独特なノリに気圧されてばかりだったが、なんだかだんだん慣れて来たような気がする。
卓也は、唐突に決まった事とはいえ、二人で過ごすこの状況も、そんなに悪くないなと思い始めていた。
色々あって、風呂を済ませた卓也は、自室でベッドにごろ寝しながらくつろいでいた。
休みは明日で終わり、明後日からはまた激務。
そう思い返すと、まだ一日の余裕があるのに、心が重い。
とはいえ、澪のおかげで、今日はとても充実している気分だった。
――が。
(でもやっぱり、何かおかしいんだよな。
妙な出来事が多かったし、ありゃいったい何だったんだ?)
ずっと前に終了した筈のイベントの看板。
全く覚えのない会社からの給与? 振込。
とっくに倒産した筈の家業の会社の件。
十年前に死んだ筈の父親との会話。
そして、イーデル社から来た“商品”ロイエの澪の到来――
振り返ってみれば、何がなんだかわからない事態が目白押しだ。
(俺、もしかして、夢の中にいるのかな?
今こうしている事も、全部夢だったりして。
――ああ、そうなのかもな。
俺はきっと、長い夢を見てるんだ。きっとそうだ)
自分を無理やり納得させると、スマホを枕元に放り投げて目を閉じた。
なんだか、今日はとっても疲れた気がする。
「ふーん、こんなのがあるんだぁ」
突然、澪の声が間近で響き、卓也は驚いて目を開けた。
見ると、いつの間にか入り込んで来た澪が、寝室の壁に設置された大型の本棚を眺め、何やらウンウン頷いている。
彼の視線の先には、棚にぎゅうぎゅう詰めにした沢山の小さな「箱」がある。
「うわっ、ビックリした!」
「ねえこれ、ファミコンのカセット?」
「え、澪知ってるの?」
「うん、見たのは初めてだけど。
卓也は、こういうのを集めるのが好きなの?」
「ああ、一時期ハマっててね」
「そうなんだぁ――あ、もしかして、ここにあるのがゲーム機の本体?
これ、相当古い物なんでしょ? こんなに綺麗なんてすごい!」
「おう、ありがと」
澪は、何故か目を輝かせて、レトロゲームのパッケージを眺め始める。
この棚は、以前から卓也がこつこつと集めていた、かなり年代物のコンシューマーゲームが詰め込まれている。
ファミコンだけではなく、80年代以降のゲームハードやソフトも、相当な数がある。
澪は、立ったりしゃがんだりを繰り返しながら、それらを物珍しげに観賞し続けた。
「ボクも、実はこういう古い物が大好きなの!
今朝はあんまり良く見てなかったんだけど、すっごいお宝よね!」
「勝手に売るなよ」
「そんな事しないわよ!
あなたが一生懸命集めたものなんだから」
「……」
ゲームを見てはしゃぐ澪の姿に、ふと、とある人物の影がダブる。
卓也はまた頭を振り、大きな溜息を吐き出した。
「盛り上がってるとこゴメン。
今日は、もう寝たいんだ」
「ああ、ごめんなさい! 煩かったよね」
「いや、いいんだ。
それより、今日もやっぱり――」
「うん、一緒に寝ていい?」
「いいけど、おかしなことはするなよ?」
「おかしなことって……どういうこと?」
「変な色仕掛け!」
「ふーん」
関心なさげな態度で、澪はベッドの上に腰掛ける。
今の澪はメイド服姿ではなく、今日買ってきたジャージをまとっている。
ただし、やはりというか、上だけだ。
下は穿いてないので、長い脚が剥き出しだ。
もはや女性のそれとしか思えないほどに、完璧な美脚が眩しい。
澪は、まるでそれを見せつけるかのように、膝を折り曲げる。
妖艶なまなざしを向けられ、卓也は、不覚にもまたドキッとした。
「卓也がその気になったら、いつでも……好きにしていいよ」
「だからぁ、男相手にそういう事する趣味はないって」
「でも、ロイエのユーザーの中には、後からソッチにハマっちゃった人も多いって話よ」
「そ、それとこれとは……」
そこまで呟いた途端、澪が、急にこちらに身体を向けて来た。
所謂体育座りの姿勢だが、足先はこちらに向いている。
両脚の隙間からは、澪の下半身が、丸見えだ。
だが卓也は、何故か目が離せない。
「ふふ♪ また、変なとこ見てる」
「だ、だって……」
「ねえ、卓也って、彼女居たことある?」
「なんで、そんな事聞くんだよ?!」
「このマンションに来てから、すぐ気づいた」
「な、な、何に?!」
「女の、気配」
「!!」
先程とは違う意味で、心臓の鼓動が荒ぶる。
卓也の顔色が、露骨に変わった。
「安心して、詮索はしないから。
でも――」
「……」
「ボクで良かったら。
――忘れさせてあげられるよ?」
そう言いながら、澪は、ゆっくりと両脚を開いた。
「好きよ、卓也」
「あ……」
「――する?」
「あ……いや、それは」
抵抗し難い、圧倒的な「魅了」。
男なのに、同性なのに、おぞましさすら感じるのに。
まるで魔物に魅入られたように、卓也は、澪から目を逸らす事すら出来なくなってしまった。
(これほどか、これほどなのか、ロイエってのは!)
澪がもたらす、甘美で、そして抗し難い魅力――否、それはもはや「魔力」。
もう、人間が放つものとは思えない領域だ。
そう、それはまるで「サキュバス」。
女性経験のない卓也には、抗う術などあろう筈がなかった。
澪の唇が、近づいてくる。
避けなければ、かわさなければ、と思いつつも、身動きが取れない。
卓也は、今回ばかりは「もう駄目だ!」という想いに支配され、何もかも諦め――
ピロロロロロロ♪
「え?」
ピロロロロロロ♪
「へっ?!」
その時、突然、スマホが鳴り出した。
画面を見ると、そこには「奥沢譲」という名前が表示されている。
――友人の名前だ!
卓也は、まるですがりつくような気分で、スマホに飛びついた。
「も、もしもし?!」
『よぉ、しばらく!
電話の向こうから、陽気で明るい男性の声が響いてくる。
卓也は、心底「助かったぁ!!」という気持ちになり、呆然とする澪をジト目で睨みつけた。
「どうしたんだ、こんな時間に? 何かあった?」
『いやぁ、久しぶりに電話してみようかなと思ってさ。
しばらく逢ってないし、どんな調子かなーって』
「――は?」
『なあ卓、結構いい店見つけたんだけどさ、今度飲みにいかねえか?
さすがに奢れはしねーから、割り勘だけどさ、ギャハハ☆』
「あ、ああ……是非」
『それにしても、電話番号変わってなくて良かったよ。
もしかして、LINEもまんまか?』
「そうだけど――なあ奥沢、お前さ」
『あ、ごめん! 電車来た!
またLINEすっから、じゃあな!!』
電車の音をバックに、通話が途切れる。
卓也は、スマホを握り締めたまま、なんとも言い難い表情で画面を見つめ続けた。
「今の誰? お友達?」
「ああ、昔っからの腐れ縁」
「こっちまで声聞こえたわよ。
飲み会のお誘い? いいなあ、ボクも行きたい~」
先程までの妖艶さはどこへやら。
子供のように駄々をこねる澪に、卓也は、怪訝な表情を向けてきた。
「ど、どうしたの? もしかして、怒っちゃった?」
「いや、そうじゃない。
そうじゃないんだけど」
「何よ、何かあったの?」
「ああ」
不思議そうに小首を傾げる澪に、卓也は、思い切ったような口調で語り出した。
「今の電話、奥沢ってヤツでさ。
高校時代からの付き合いなんだ」
「うんうん、それで?」
「そいつがさっき、“しばらく逢ってないし”って言ったんだが」
「うん、それ聞こえたよ」
「そいつ、俺の勤め先の同僚で、同じ課なんだよ」
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