No,2 scene 不思議なカフェ

「私、なにも成し遂げてないわ。」


突然、彼女が言った。


「なーんにも成し遂げてないの。」


急にどうしたのだろうと戸惑っていると、そんな僕を見て彼女はくすりと笑った。

もう、しょうがないなあ、という顔。


「私、優しい子になろうと思ったの。

 強い子になろうと思ったの。

 いい子になろうと思ったの。

 賢い子になろうと思ったの。

 可愛い子になろうと思ったの。」


コーヒーを片手に、彼女は息をついた。

仕方ないよね、と何かを諦めたような顔。


「でも私、ただの偽善者だったわ。

 強くもなれなかったの。

 良い子からは程遠かったわ。

 勉強もさぼってばかりだった。」


僕はただ黙って聞くことしかできない。

彼女はカップを両手で包んだ。


「でも、今を精一杯生きているの。

 私なりに、頑張って生きているの。

 それだけでいいよね、だって私、負けないで頑張っているもの、

 立派ではないわ、良い子でもないわ、強くもないし、賢くもない、でも、

 精一杯生きてるもの、それでいいわよね。」


ね?と泣き笑いのような顔で彼女は笑った。

僕は、うん、そうだそうだ、と頷くことしかできない。

それでも彼女は満足そうに、うんうん、と頷いた。

そして、顔をくしゃっとしたかと思うと、わあんと子供のように泣いた。

僕は何も言わなかった。

何も想像しなかった。

同情もしなかった。

ただ、僕のできることは彼女を見守ってやることだけだと思った。


彼女はひとしきり泣き終えて、悲しそうに、でも少しすっきりした顔で笑った。


「もう行かなきゃ。私、まだ仕事残ってるの。」


うん、と僕はうなずいた。

終始、頷くことしかできなかった。


「ばいばい。」


手を振る彼女に、僕は言った。


「頑張ってるの、知ってるよ。」


彼女は噛みしめるように何度もうなずいて、僕に背を向け、しっかりとした足取りで歩き出した。


もう来ちゃだめだよ。


その言葉が彼女に届いたかどうかはわからない。

でもきっと彼女はもうこの場所には来ない。



さようなら。愛しい人。



ここは、死者と会うことのできるカフェ。

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1 scene ねむねむ @nemu2

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