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「部長、今回は分が悪くないですか」カラオケボックスからの帰り道、私はそう琉夏さんに問いかけた。「たぶんですけど、うちが本棚は我慢するって言いさえすれば、生徒会も壊した責任は追及してこないと思うんですよ。老朽化した備品が、たまたまうちの代で限界を迎えた。手許で爆弾が爆発しちゃっただけで、誰の責任でもないわけでしょう」
「どうだか。あいつらのことだから、ぜんぶ私のせいにする気かもしれないよ。昼寝してる奴がいるって報告を受けたときの楠原の顔、覚えてない? めちゃくちゃ嬉しそうにしてたじゃん。あれは極悪人の顔だったね」
「確かに笑ってはいましたけど――それを言うなら部長だって、あのくらいの顔は日常的にしてますよ。あ、なんか悪いこと思い付いたんだなっていう」
「あいつとは一緒にされたくない」
本気で不快そうである。私が沈黙していると、琉夏さんはこちらを振り返って、
「皐月はまだ前途ある一年生なんだし、生徒会の先輩相手に喧嘩するのが厭なのは分かるよ。だけど私はね、あんな連中を恐れたりはしない」
変なところで勇ましさを発揮しないでほしい。普段は無気力、無関心、無感動のくせに。
「改めてお聞きしますけど、部長は本気で生徒会がなんらかの悪事を働いてると思ってるんですか? 予算が下りない、備品が回ってこない腹いせに復讐しようとしてるだけではなくて」
「私に無礼な態度を取った罪もある。いくら脳味噌が詰まった頭だからって、ちょっと乗せたくらいで本棚が壊れるわけないのに」
「ではその綿密な頭脳を駆使して答えてください。生徒会は私利私欲のために動いてるんですか?」
「――動いてるね」ややあって、無理やり居眠りから起こされた直後のような声音でそう返ってきた。「より正確に言えば、生徒会の活動を通して個人的な利益を得てる奴がいる。私はそう確信してる」
「なぜ? なにを根拠に?」
「まだ証拠が集まり切ってないから、あくまで私の想像ってことにしておく。皐月は中立してればいいよ。目黒が楠原にやってるような献身を、私は皐月に望まない。私はたいした人間じゃないし、高潔にはほど遠い。ただ興味本位で考えて、激しい感情と少しの理性に基づいて行動するだけ。皐月はただ、なにが起こるかを見ていてくれればいい」
どう応じたものか、すぐには判断が付かなかった。しばらく逡巡したのち、けっきょくは短く、
「分かりました」
「そう来ないと」途端に琉夏さんが距離を詰めてきて、私の肩に腕を回した。「まあ端的に言って、私はあいつの鼻っ柱をへし折りたいんだけどね。できることなら強めのパンチで行きたいけど、私は非力だから。せいぜい重たい頭を使うよ」
体が離れていく。琉夏さんは横断歩道へと向かいながら、
「自転車、学校に置きっぱなしだった。じゃあね」
「ええ。お疲れさまでした」
手を振り、足早に遠ざかっていく琉夏さんを見送った。普段からどこまで本気でどこまで冗談なのかが分かりにくい人なのだが、今回の彼女の言動はことさら謎めいていた。生徒会を相手取っていったいなにをやるつもりなのか。生徒会には本当に、私利私欲のために行動している人物がいるのか。そしてその正体は――楠原さんなのか。
余程のこと追いかけ、本音を問い質そうかと思った。しかしどっちつかずの態度を取りつづけている私に、彼女が腹を割って話してくれることはあるまいという気もした。生徒会と琉夏さんとの戦いを、ただ見届けること、必要なときに割って入って仲裁することが、今回の私に与えられた役回りなのかもしれない。
そんなことを考えてぐずぐずしていると、ふと校門から出てくる人影が目に付いた。相手もほぼ同時にこちらに気付いたらしく、小走りで近づいてくる。「志島さん、いま帰り?」
「――伴瀬さん。今日は遅かったんだね」
「うん、ちょっと委員会で打ち合わせがあって」
この伴瀬結衣さんは同じ一年二組のクラスメイトで、所属は美化委員会だ。仕事が面倒なことで悪名高く、率先して入りたがる者はまずいない組織である。彼女は数少ない例外といえた。
「大変だったね」
「でもトラブルではなかったから。事態が進展しそうな、前向きな話し合い」
「どんな?」
伴瀬さんは眼鏡の奥で瞳を瞬かせ、「粗大ごみ置き場の件」
「ああ――第一体育館の隣の?」
「あそこ、みんなが勝手なタイミングで出すから、すぐいっぱいになっちゃうでしょう。美化委員としては啓発とかいろいろやってみたんだけど、やっぱり限界があって困ってたんだよね。で、対策会議というか」
廊下などにその手のポスターが貼られているのを、私も知ってはいた。しかし効果が上がっているかというと、かなり微妙なところである。そもそも展示物など、大半の生徒は真面目に見ていないのだ。
「今回はね、生徒会から助っ人が来てくれたの。いい案を出してくれたんだよ。粗大ごみを出す際は美化委員への事前予約を必須にして、専用のごみシールを発行するシステムはどうかって。そうすればいつ、どこから、どんなごみが出るのかきちんと把握できるでしょ。紙ごみも、ある程度以上の量なら重さを測ってから出すようにするとか――かなり具体的なことまで考えてくれたんだ」
すぐさまぴんと来たのだが、私はあえて慎重に、「それ、誰?」
「二年の楠原さん。凄く熱心な人だよ。できるだけ早く実現させるって言ってくれた。ほんとに大助かり。美化委員にとっては救世主だね」
やはりそうか。「あの人、そういう仕事に関してはプロだよね」
「まさに。予約の手間が挟まるぶん、みんなには面倒かけることにはなるけど、そこは美化委員と生徒会が協力して周知していこうって」
いかにも楠原さん、という感じである。「他にはなにか言ってた?」
「出たごみのリストは美化委員で取りまとめて、定期的に生徒会に提出してほしいって。データを取るらしいよ。そのくらいかなあ。とにかく楠原さんがいてくれてよかったよ。うちだけじゃとても、ここまでの計画は動かしようがなかったから」
私は頷き、「だね。自分たちでシステムを立ち上げるって、そうとう難しいもんね。楠原さんみたいな人がリードしてくれるなら頼もしい――よね」
「本当に頼もしい。美化委員は楠原さんに全幅の信頼を置いて、ごみシールプロジェクトを進めて行こうって話」
全幅の信頼――。
また明日ね、と去っていく伴瀬さんの背中を見つめながら、私は胸中がますます混迷していくのを意識していた。人格には大いに問題があるにしろ、琉夏さんの観察力や頭の回転の速さは私も認めざるを得ない。彼女が生徒会は黒だと言うならば、それは信じるに値する。しかし――楠原律さんという人が活動を通して我欲を満たしているとは、とてもではないが思えなかった。
「どうすんだよ、もう」
独り言ち、けっきょくそのまま歩いて帰った。家に辿り着いてから、今月の心もとない懐具合でカラオケに付き合ってしまったのは失敗だったかな、と少し後悔した。
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