第26話 本当の犯人

(まさか・・・山形警部補が・・・)


 そういえば甲賀の事件では犯人はバイクを使っていたという。石山の事件もバイクで現場に行ったとしたら・・・山形警部補が犯人という可能性が出てくる。時間的には可能だ。しかし・・・佐川はそれを彼女がしたとはどうしても信じることができなかった。


(いや、だめだ! あらゆる可能性を考慮に入れて疑がってみなければ・・・)


 佐川は捨てられた捜査資料を見てみた。そこには捜査本部で作成した10年ほど前に在籍した軽音楽部OBの名簿が含まれていた。そこにはあの花見に行った、和久清彦、宇土和也、塩崎若菜、丹羽正樹の4名の名があった。


(もし山形警部補が犯人ならこの4人に何らかのアクションをしているはず。もしかして山形警部補は・・・)


 そう思うとぞっとした。佐川は堀野刑事にすぐに電話をかけた。


「もしもし。佐川だ。堀野か?」

「ああ、堀野だ。山形警部補は見つかったか?」

「いや、まだだ。それより確かめてほしいことがある。日輝高校の軽音楽部のOBの和久清彦、宇土和也、塩崎若菜、丹羽正樹の4名の警護をしていたと思うのだが、それはどうなっている?」

「ああ、その4名か。その4名については県外だったので、それぞれの県の各所轄が警護していたと思う。だが容疑者が捕まったから警護は解除になったと聞いている。」

「じゃあ、その4人がどこにいるかを確認してくれるか?」

「どうしてそんなことを調べる必要があるんだ?」


 佐川の依頼を堀野はいぶかしがった。犯人が捕まっているのに、今更そんなことがどうして調べるのかと・・・。


「その4人に危険が及ぶかもしれないのだ。とにかく早急に頼む!」


 それだけ言って佐川は電話を切ると、拾い上げた書類を手にして滋賀ホテルを出た。そしてまた走って戻って湖国に乗り込んだ。そこでは取調室で香島良一の取り調べが始まろうとしていた。彼が捜査課に戻ると、


「佐川さん。今から取り調べです。荒木警部は部屋に入りましたよ。」


 上村事務員が教えてくれた。


「ありがとう。今から行きます。」


 佐川は取調室の隣のミラーの部屋に入った。そこには荒木警部がいた。香島の取り調べをそのマジックミラー越しに隣の部屋で観察しようというのだ。


「佐川、遅かったな。」

「警部。香島が犯人ではない可能性があります。」

「なに!」


 荒木警部は声を上げた。


「それはどういうわけだ?」

「香島がすべての犯行を行うのは無理があります。琵琶湖疎水、石山で事件を起こしたのに誰も彼の姿を見ておりません。緊急配備にも引っかからなかった。それに移動手段ですが、甲賀の事件ではバイクを使っていました。香島はどこかでエンジンボートを手に入れましたが、使ったバイクは見つかっていません。しかし山形警部補は滋賀に来た当日からレンタルバイクに乗っていたようです。彼女がそれに乗って石山や甲賀、もしかして海津大崎の被害者を殺した瀬田川の現場に移動していた可能性があります。」


 それを聞いて荒木警部は右手を顎に当てて考え込んだ。佐川はさらに話した。


「それに凶器です。撲殺に使用した凶器は携帯用の警棒ということでした。それは我々が使う伸縮性の特殊警棒ではないでしょうか? それなら山形警部補が所持していたと思われます。彼女の肩掛けバッグはかなり重いものでしたから。まさか現役の警察官がそんなことをするとは疑いませんから、そのかばんの中まで調べていないはずです。」


 それを聞いて荒木警部は佐川を見た。


「確かにその可能性はある。それなら11年前の事件の関係者を殺してそれを隠ぺいする目的でな・・・。しかしそれらはあくまで状況証拠だ。彼女の警棒などの証拠を押さえ、身柄を確保せねばならん。」


 その時、佐川のスマホが鳴った。それは堀野刑事からだった。


「佐川だ。4人のことがわかったか?」

「いや、それが・・・」


 堀野は何か慌てているようだった。


「どうしたんだ?」

「4人のスマホがつながらないんだ。だからそれぞれ家の電話にかけてみたが、家族の話では行先も告げずに出かけてしまったようだ。」

「しまった!」


 佐川は思わず声を上げた。山形警部補の狙いに気付くのが遅すぎた。昨日、やはりあのまま拘束しておくべきだったと佐川はまた後悔した。


「こちらでも探す。じゃあな。」

「ああ、すまんな。」


 佐川はそう言って電話を切った。


「どうした?」

「大変です。残りの4人の消息が分かりません。そしてホテルにも行ってみましたが、山形警部補の姿がどこにもありません。それに彼女は貸与された拳銃を返却しておりません。」

「すると山形警部補は残り4人も殺すつもりか?」

「そう考えられます。私は彼女をすぐに追います。」

「場所は?」

「多分、びわ湖バレイだと思います。」


 佐川はそう言うとその部屋を出て廊下を走った。山形警部補の行き先がそこだという確証はなかった。しかし11年前、軽音楽部が花見に行った場所、そこが舞子が消された場所のような気がしていた。そこに彼女は残りの4人を集めたのだと思った。


「こちらも対処せねばならん!」


 荒木警部は近くの船内電話を手に取った。そしてブリッジに連絡を取った。


「こちら荒木。緊急事態だ。署長を頼む!・・・」



 佐川は船外に出る前に捜査課に寄った。そこには留守番の梅沢がいた。部屋に入るや否や、早口で言った。


「今から山形警部補を追う。彼女が連続殺人の可能性がある。拳銃を所持しているから注意するように県警の捜査本部に伝えておいてくれ。」


 佐川にいきなりそれだけのことを言われて梅沢は戸惑った。


「佐川さん。もっとゆっくり・・・」

「大丈夫よ。私が聞いたから。すぐに電話を入れてもらうわ。それより佐川さんは拳銃を持たなくてもいいの?」


 上村事務員がそう尋ねた。確かに彼女の言うとおりだった。相手は現役の警察官だが殺人鬼かもしれない。拳銃を持っている以上、こっちも持っていかねば・・・。


「よく言ってくれた。確かにそうだ。拳銃を携帯していく。手続きをしてくる。」


 佐川はそう言って部屋を出ようとすると、梅沢が呼び止めた。


「待ってください。山形警部補の場所を特定することができます。」

「どうやってだ?」

「こちらの貸与したスマホを持っているはず。電源は切っていても、内部電源によりGPSを使えば彼女の位置を特定できます。」

「そうか。それなら頼む。拳銃を受けと取ったらすぐに湖国を降りてジープで現場に向かう。」

「僕も行きます。GPS電波を追うのは手持ちのスマホでできます。」


 梅沢が真剣な顔で立ち上がった。


「大丈夫か?」

「はい。佐川さんのバディは僕ですから!」

「じゃあ、行くぞ。まずは拳銃だ。」

「はい!」


 佐川と梅沢は捜査課の部屋を出て総務課に走った。


 ◇


 荒木警部はブリッジの大橋署長に船内電話で連絡した。


「山形警部補を手配しています。拳銃を所持したまま、行方をくらませました。残った4人の軽音楽部OBを殺すつもりだと思われます。現在、びわ湖バレイに向かっているのではないかと推測しています。湖国を向かわせてください。」

「わかった。現場に急行するためにすぐに出港する。」


 大橋署長は「出港準備!」と乗組員に命じた。それでブリッジは急に慌ただしく動き始めた。出港に向けて準備が急ピッチで進められていく。


「私は高島署に協力を要請します。びわ湖バレイにいる山形警部補の身柄を押さえるように伝えます。」


 そう言って荒木警部は船内電話を切ると、今度は高島署に電話を入れた。


「・・・緊急手配を要請する。 山形警部補だ。28歳、ショートカットの女性。服装は不明。拳銃を所持している。レンタルバイクに乗っている可能性がある・・・・。」


 ◇


 湖国船内が慌ただしい雰囲気に包まれていた。緊急警報が鳴り、船内いたるところの赤色灯が回った。


「緊急警報! 湖国、緊急に出港します。各自、関係部署の配置についてください。」


 船内アナウンスも流れた。船に乗る全員が緊張した面持ちで、配置に就くためにせわしなく移動した。そして船のブリッジの上にある巨大な赤色灯や岸壁に配置された多くの赤色灯も回り始めた。


「警察船湖国は出港いたします。船から離れてください。」


 港にアナウンスも流れた。やがて汽笛を鳴らして湖国は岸壁を離れた。そして猛スピードでびわ湖バレイのある湖西に向かって進み始めた。


 ◇


 佐川と梅沢は湖国の出港前に何とか下船することができた。彼らは駐車場に止めてあるジープで現場に向かう。やはり湖西の道は渋滞しており、陸路では時間がかかりすぎる。今回も湖を横断するのだ。

 ジープに乗り込むと、左わきの下に携帯した拳銃が重く感じる。その感触を右手で確かめた。


(山形さん。あなたにそんなことはさせない!)


 佐川はそう心に思いながらジープを走らせた。赤色灯を光らせ、サイレンを鳴らしながらそのまま湖に突っ込んだ。「ザブン!」と水しぶきを立ててジープは湖に入り、ウォータージェットで湖面をすべるように進んでいく。

 しばらくしてスマホを操作している梅沢が言った。


「GPSでスマホの位置が特定できました。志賀の辺りです。やはりびわ湖バレイで間違いないようです。」

「わかった。そのまま位置を追っていてくれ!」


 ジープは先に進んでいた湖国を追い越してびわ湖バレイを目指して湖上を走っていく。サイレンの音が湖面に反射して、辺りに響き渡っていた。

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