第27話 掘り返す

 山形響子警部補は志賀駅に着いた。いくらバイクで渋滞した車の横をすり抜けて行っても時間がかかりすぎる。電車の方が確実としてこの方法を選んだ。彼女の計算ではいくら早く気付いても彼女の計画を阻止できないであろうと・・・。

 響子は山登り用の体を動かしやすい服装に変えていた。昨日、急遽用意したものだ。今日の日のために。そして彼女の右肩にはあの重そうな肩掛けバッグがかけられていた。それは先日よりもさらに重そうに膨らんでいた。

 改札を出ると小雨が降っていた空が晴れて急に日が差していた。サングラスをかけていたが、それでもなぜかまぶしく感じた。

 そこにすでに4人がそろって待っていた。和久清彦、宇土和也、塩崎若菜、丹羽正樹である。改札から離れたところでぼうっと立っていた。県外にいたそれぞれがここに集まったのだ。彼らは作業着のような服装をして、大きなリュックを背負っていた。


「私はここよ。響子よ。」


 彼女が声をかけると4人は顔を向けた。そこでやっと響子に気付いたのであった。若菜がそばに寄った。


「響子先輩ですね。いや、わからなかったですよ。」

「少し変装したの。みんな、よく来てくれたわ。」


 響子はやさしく微笑んだ。4人はなぜか違和感を覚えていた。卒業以来会っていないが、11年で雰囲気ががらりと変わっていた。かつての響子は高圧的で厳しく怖いイメージがあったのが、今日は優しいソフトな感じがしていた。


「お久しぶりです。」

「いきなり連絡をもらってびっくりしましたよ。」


 清彦と和也が言った。その言葉に響子は何も言わずにまた微笑んだ。


「でも先輩はすっかり大人の女ですね。」

「ああ、声をかけられるまでわかりませんでしたよ。」


 若菜と正樹がそう言った。響子はなつかしそうな微笑を浮かべながら4人に言った。


「あなたたちは変わらないわね。すぐわかったわ。それより電話で話した通りよ。誰かに目をつけられると厄介だからスマホの電源を切っているでしょうね。」

「もちろんです。」


 4人はスマホを取り出して見せた。響子は電源が切られているのを確認してから4人に言った。


「これで安心よ。とにかく行きましょう。バスに乗って。」


 一行はバスに乗り込んだ。彼ら以外にも桜を見に大勢の観光客がいた。それは11年前と同じだった。バスの中は観光客の話声で活気に満ちていた。しかし彼らは違った。普通なら11年ぶりの再会にもっと昔話に花を咲かせそうだが、お互いにあまり話そうともせず、目的地に近づくにつれ、完全に黙りこくってしまった。すると今までしゃべらなかった響子が急に話し出した。


「ここへ来るのはあれ以来なのよ。変わっていないといいけれど。あなたたちは覚えている? あの場所・・・」

「ええ、まあ・・・」

「そう。それならいいわ。わからなくなったら大変だから・・・」


 響子はまた微笑んだ。かつての響子先輩は怖かったが、今日はやさしい微笑を常に浮かべて何か不気味で余計に恐ろしい・・・と4人は思った。

 バスは進み、やがて桜が見えてきた。それはあの頃と同じ、満開で美しい姿を見せていた。ここに来るのは11年ぶり、あれ以来だ。あのことは記憶の底に沈ませて忘れてしまっているはずが、徐々にあの時のことが4人の頭には蘇ってきていた。それで彼らの表情はこわばり、顔は青ざめていた。


 やがてバスは終点に着いた。観光客が続々とバスを降りてロープウェイの方に向かった。4人と響子は最後にバスを降りた。


「さあ、頼むわ。案内して。私はすっかり忘れてしまったから・・・」


 響子にそう言われて、4人は桜の木々が花を咲かせているところを、中へ中へと山の中に入って行った。満開で花びらが舞い降りて、彼らの体に次々にまといついていた。それをうっとうしそうに両手で振り払っていた。


「俺、昔よりはましだけど、まだ桜が苦手なんだ。」

「俺もだ。」

「だからあれから花見なんか行かなかったけど・・・」

「久しぶりだけど、やはり嫌なもんだな。」


 4人は小声で話していた。あの事は忘れてしまおうとしても、その恐ろしい記憶は彼らの奥底に刻まれていたのだ。その4人の少し後から響子が歩いて行った。彼女は顔を上げて桜の花をうれしそうに眺め、喜んで花びらの雨を受けていた。その表情は晴れやかだった。まるでそれを楽しんでいるかのように・・・。


(もうすぐ。もうすぐだわ。)


 響子の心はあの場所に行くのを楽しみにしていた。


 すると突然、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。湖上署からの要請で響子の身柄を抑えに来たのだ。4人はビクッとして響子を見た。これからすることが他にばれたのではないかと・・・。だが彼女はそれを気にしていなかった。


「先輩。パトカーみたいですけど・・・大丈夫なんですか?」


 清彦が尋ねた。


「大丈夫よ。私たちを追ってきたんじゃないわ。安心して。」


 響子は微笑みながらそう答えた。

 数台のパトカーが停まり、そこから警察官が続々と降りてきた。彼らは響子たちがいる桜の木々や山の奥の方には行かず、ロープウェイの方に駆けて行った。その様子を耳で確かめながら響子は微笑んだ。


(うまくいった・・・)


 警官たちは梅沢からの連絡があり、それに基づいて動いていた。梅沢は響子が貸与されたスマホのGPS電波を探り当てていた。それは山の頂上から出ていた。


「山形警部補はロープウェイで山頂に上った模様。追ってください。」


 梅沢は高島署に無線でそう伝えていた。だが響子は山頂にはいない。自分の位置を知られぬため、彼女がそれを計算に入れていたのだ。

 響子は貸与されたスマホの電源を切っていたが、それだけでは不十分だと知っていた。その状態でも内部電池により、このスマホはGPS電波を出す。それならこれを利用しようと、志賀駅でそのスマホを他の観光客の荷物に紛れ込ませておいた。これで響子はあたかも山上にいるように偽装できたのだ。警官たちがよそを血眼になって探しているうちに・・・。彼女はそう考えていた。


(こっちには来ないわ。)


 今のところ響子の計画通りだった。

 木々をかき分け、山の奥に分け入り、やがて4人と響子はあの場所に来た。普段ならここがあの場所かどうかわからないだろう。だがこの時期だけははっきりするのだ。それは深い山の中でここだけ桜の花が咲いているからだ。


「ここなのか?」


 正樹の見上げた先には1本の桜の木があった。11年前にはその木は周りの木々に押されて、細く弱々しかった。だがそこにある桜の木は周りの木を圧倒するほど大きくなり、四方に枝を伸ばして表面を埋め尽くすほどのたくさんの美しい花をつけていた。

 若菜も周囲の様子を見て、11年前の記憶を呼び起こした。


「間違いないわ。確かにそうよ。この木だった。11年でこんなに大きくなったのよ。」

「言われてみたらそうか。確かにこの木だった。それにしてもでかくなった。」


 和也もおおきくうなずいた。


「桜の木が死体を栄養にして大きくなって、たくさんの美しい花をつける・・・」


 清彦はそう呟いた。そんな4人の会話を聞いて、後ろからついてきた響子は辺りを見渡して満足そうにうなずいた。


「ここなのね・・・」


 和也が尋ねた。


「響子先輩。どうして俺たちを呼び出してここに来たのですか? 先輩が電話で『あのことのために、またみんなでここに来てやらなくてはならない。』とおしゃっていましたが、それは何なんですか? 確かに犯人が捕まって安全かもしれませんが。ここに集まってあのことがばれたまずいでしょう。」

「それはわかっていると思ったわ。みんなにスコップを持ってきてもらったから。」


 響子は意味ありげに言った。


「それじゃあ、やっぱり・・・」

「そうよ。掘り出すのよ。すべての骨を、なにもかも・・・」


 響子は真剣な顔をして言った。そしてその言葉はなぜか4人を圧迫するかのようだった。若菜はそれに押されつつも聞いてみた


「どうしてそんなことを今になってするのですか?」

「それはね。連続殺人事件が起こったの。それは知っているわね。」

「はい。先輩たちが次々に・・・」

「だから警察が調べ始めているのよ。11年前のことを。ここで骨が見つかったらみんな捕まってしまうわよ。」


 響子が優しそうに微笑みながら答えた。4人は響子が現役の捜査課の刑事であることは知っていた。だから彼女が言うことには間違いはないと思った。確かに11年前のことがばれると身の破滅だと4人は思った。その4人を見渡しながら響子はおもむろに言った。


「それにね。今度の殺人事件はあの事件の祟りだと思うの。」


 響子は大げさに両手を広げた。その雰囲気は鬼気迫っていた。


「そんな・・・祟りだなんて・・・」

「いえ、きっと、そう。こんな恐ろしいこと、起こると思う? 恨みがこもっているのよ。早くそれを消さないと私たちまで死んでしまうわ!」

「お、おどかさないでくださいよ。」


 正樹がびくつきながら言った。だが響子は暗い顔をしてさらに続けた。


「おどかしてなんかしないわ。これは本当よ。土の底から恨んできているのよ。」


 響子の漂う不気味な雰囲気に4人はぞっとしていた。響子はもう何も言えなくなった4人を見て、ニタリと笑いを浮かべながら言った。


「じゃあ、いいわね? 道具を用意してくれたのだから早く骨を掘り出してみて。」


 その言葉に追い詰められるかのように4人はスコップを出して掘り出し始めた。そんなおぞましいものは見たくもなかったが、京子の言葉にそうするしかないように思えた。

 しかししばらく掘ると、さすがに4人は疲れてきた。皆、肩で息をしている。響子は手伝おうともせずにただ腕組みをして見ているだけだった。


「先輩、疲れました。しばらく休憩します。」


 手を止めて清彦が言った。だが響子は許そうとしなかった。


「だめよ。さっさと掘るのよ! 舞子をここから出すのよ! それしか助かる道はないわ!急ぐのよ!」

「疲れてもう腕が動きませんよ。 やっぱりやめましょうよ。こんなこと・・・」


 和也は不満たらたらだった。 他の者もスコップを投げ出している。すると微笑んでいた響子が鬼の形相になって叫んだ。


「掘れ! さっさと掘れ! 死にたいのか!」


 4人はその恐ろしさに縮み上がった。そして4人は慌ててスコップを手に取った。響子の顔色をうかがいながらその桜の木の下を掘っていった。

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