第23話 協力者たち②

 「役者が揃えば舞台が回る(キリッ)」


 エミリアは芝居臭い仕草とともに、会議の席でそんなことを言った。


 「そのセリフを言うのは、早とちり過ぎないか?」

 「言ってみたかっただけよ」


 ハンスの実家とエルの実家、そしてサルヴァドーレ家とは貴族同士でよくある縁戚関係を築いていた。

 それ故にハンスは保守派の情報の密告という汚れ仕事を、エルの実家は今やサルヴァドーレ家に代わって革新派を牽引する役割をそれぞれ果たしている。

 エスターライヒにおいて革新派と保守派の対立が浮き彫りになってから数十年、国の現状の改善を目指すのなら保守派を打倒することが近道なのだが、保守派の中に協力者を用意し革新派の情報的有利を確実とするために汚れ仕事を引き受けたのがエーゲンベルク侯爵家だったのだ。

 派閥対立における最悪のシナリオが現実となったとき、エーゲンベルク侯は革新派へと鞍替えする手筈なのだが、アルスは彼を戦力として換算してはいない。

 なぜなら―――――


 「この騒動で一触即発になったとしても、俺の周りは敵だらけだ。タイミングは俺に委ねてくれよ?」

 「もちろん、ハンスはハンスの家のことを一番に考えてくれればいい」

 「ありがたい」


 ハンスの家は侯爵家格であり裏切ったとなれば風当たりは強くなる。

 ゆえに鞍替えをするにしてもそのタイミングの見極めは慎重を極めるわけだった。


 「禿頭が教会に呼応して挙兵しなければ、こんな心配もしなくて良さそうなんだけどね〜」

 「そこはアルスの知略次第じゃないか?」

 

 ハンスとエルネツィアとが揃ってアルスの顔を覗き込むと、アルスはニヤッと笑って言った。

 

 「いちばん手っ取り早い解決策、実はあるんだよなぁ」


 アルスの視線の先は二人の腰元。


 「まさか俺たちで兵を起こして戦争を起こせばいいとか言うんじゃないだろうな?」


 ハンスの言葉に、アルスはニヤッと笑った。


 「そのまさかさ」

 

 動員兵力で言えばサルヴァドーレ伯爵家が千余、エーゲンベルク侯爵家が千二百、バルディ伯爵家が七百。

 王宮と国政の実情を知る穏健派が、まずもって動かないことは明白。

 教会はテートン騎士団を失ったことから、早期に動員出来る兵力は限られているし、革新派の諸侯は政敵であるカティサーク主導の反乱軍鎮圧には加わりたくないというのが本音。


 「おいおい……」

 

 正気か?と耳を疑うハンスとは対照的にエルネツィアは、


 「これで革新派が政治を主導できるわね!」


 と、動員に前向きな姿勢を示す。

 そんな二人の様子がいつもと変わらないことを確認するとアルスは心のうちで安堵した。

 ハンスは常に冷静沈着、エルネツィアはいつだって積極的。

 長い付き合いの二人の性格は昔から変わっていなかった。


 「安心しろハンス、流石に冗談だ」

 「……だよな?アルスの冗談は本音に聞こえるからな……」


 アルスとは違った意味でハンスはホッと胸を撫で下ろす。


 「現実的に考えるのなら、出来ることはだいぶ限られてくる。当面の間は教会の連絡線を遮断し続けること、あとは保守派の足並みを乱し続けることぐらいだろうな」


 辺境伯領からその南、教会の本拠地に至るまでの地域は既に双方の密偵や防諜部隊の戦場だった。

 アルスとエルネツィアの連名による協力要請を出したことで、革新派に属する諸侯も既にこの情報戦争に参戦しているから、南へ向かう街道における教会の情報網は至る所で寸断されている。

 

 「保守派の足並みを乱すことなら俺に任せてくれて構わない……と言いたいところだが……」


 ハンスが言い淀むとアルスは分かっているとばかりに頷いて、一通の書簡を投げ渡した。


 「王宮と王宮の要人にこれを送ればいいさ」


 受けるとハンスの瞳が忙しなく動き出す。

 やがて渡された書簡の内容に目を通したハンスの口元は僅かに緩んでいた。


 「これなら効果覿面だな」

 「自分で言うのもアレな気はするが効果のほどは保証する」


 ハンスとアルスの間で盛り上がるとエルネツィアが二人の間に割って入って、書簡を覗き込んだ。


 「コレ、性格悪くない?」

 「そうか?実力行使をしないだけよっぽどイイ性格してると思うが?」


 ハンスにそう言われると、エルネツィアはアルスの顔を見つめて頬を膨らめた。


 「私にも出来ることないの?」


 何か役に立ちたい、そう言いたげなエルネツィアにアルスは考える素振りを見せるとやがて、


 「それなら―――――」


 エルネツィアの耳に口を寄せて言った。


 「――――して欲しいんだが頼めるか?」

 

 アルスの言葉が嬉しいのか或いは興奮したのか、頬をやや赤らめたエルネツィアはコクコクの頷いてアルスを見つめた。

 

 「ふ〜ん」


 そんなエルネツィアに思うところあるのか、エミリアは面白くなさそうな顔で目を細めた。


 「おいアルス、お前の家宰がご機嫌斜めだぞ?」


 ハンスに言われてアルスはビクッと背筋を震わせたが、時既に遅し。

 

 「この話し合いの間に滞った仕事、全部アルスがやってくれるのよね?」


 目元の笑ってないエミリアが、口元だけで微笑んで言うのだった―――――。

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左遷された先は弱小領地でした〜元公爵はスローライフを過ごしたい(願望)〜 ふぃるめる @aterie3

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