第22話 協力者たち①

 「元々は教会でに雇われた奴隷よ?あれくらい堕とすのは容易いわ」


 翌日、エミリアはいつもより上機嫌だった。


 「その過程が気になるけど、なんか怖いから聞くのやめとく」


 夜を徹して行ったエミリアによる虜囚(教会の間諜)への拷問はもはや凌辱の域に達していたことをアルスは兵士伝いに聞いていた。


 「で、調書もしっかりとっておいたから見て欲しいわ」


 手渡された紙の束は何故かどれも湿っていてアルスは違和感を覚えた。


 「なんで濡れてるかは聞いちゃダメよ?あと匂いも嗅いじゃダメだからね?」

 「あ……(察し)」


 アルスはエミリアの言葉に抱いた違和感を消して、紙の束に目を通した。


 「……目的は、情報封鎖か」

 「そうね、何も知らないうちにこの領地とアルスに罪を被せようって寸法ね」

 「おっそろし……しかも死刑執行人は実績豊富と今からでも入れる保険って――――」

 「あるわけなでしょうが!あんたの知恵でどうにかするしかないわ」


 教会が何を企んでいるのか……肝心なところが明記されていない調書をアルスは見つめ直した。

 大罪人の流入、情報封鎖、汚れ仕事で成り上がってきた教会幹部の来訪――――――オマケにそれにはカティサークが一枚噛んでいるときた。


 「なぁエミリア……」

 「何よ?」

 「エミリアがエチェガレーの立場だったら、どんな風にしてこの土地を調理する?」


 アルスの中で真実味を増した一つの可能性。

 最悪とも言えるそれが嘘であってくれと願いながらも、頼れる補佐役の意見を尋ねた。


 「そうね……教会がやりそうなことといえば、異端に関わるものを潰したい土地に集めて異端を匿った罪とか何とか言って聖堂騎士団、あるいはエスターライヒ王国の力を借りてこの領地を潰しにかかるでしょうね」


 かつてのテートン騎士団がそうだったように或いは魔女狩りもまた―――――。

 ありもしない罪を被せ、それを神の名のもとに裁く。

 教会が汚れきった手で握る神の御旗もまた無辜なる血で赤く染まっているのだ。


 「俺は別に無神論者じゃないが、つくづく思うよ。宗教は馬鹿らしいってな」


 アルスは呆れきった顔でそう言ったが、その瞳は真剣そのものだった。


 「無辜なる民が、大罪人の汚名を着せられたもの達の命が、この領地の未来が俺の双肩にかかっているというわけか」


 領主としての覚悟、領地替えになる前からアルスは常に自身に課しているものがあった。

 それは『領民あっての貴族であり、その地を治める人間には、その土地を発展させ住みよくする義務がある』と。


 「なぁエミリア、俺はやるぞ?」

 「私が止めるわけないわ。そういう目をしたアナタは好きだもの」


 アルスの瞳は爛々と煌めき、確かな力を宿していた。

 

 「弱者を甚振いたぶる教会の女狐と、いつまでも俺たちの邪魔をする禿頭ハゲ頭に鉄槌を下す」


 若くして革新派のトップへと成り上がったアルスの手腕と実力ゆえに叩ける尊大な口調。

 その言葉を実力に見合わない戯言であると切って捨てることが出来る貴族は、おそらくエスターライヒにはいなかった。



 ◆❖◇◇❖◆


 「我らは旧友なり!!開門願おう!!」


 アンブラス城の門の前、護衛に守られた四頭立ての馬車の御者はそう叫んだ。

 すると軋む音を立てながらゆっくりと城門は開き、馬車はそのまま中へと進みだす。


 「来てくれたみたいよ?」


 実は同じ光景は、今日二度目。

 もはや定例会とも言えるこの集まりは、アルスが領地替えされる前から続いていた。 

 

 「そうだな、待たせるわけにもいかないし俺たちも行こうか」

 

 軽く身なりを整えたアルスは執務室を出るとそのまま中庭へと向かう。

 するとそこには一人の紳士と一人の淑女がいた。


 「全く災難だったね〜」

 「同感だ」


 よりも小さくなった中庭に、二人は複雑な表情を浮かべて言った。


 「これを機に、地方移住の政策でも進めようか?」


 自嘲気味にアルスがそう言えば、


 「ふふふ、それって本気?」

 「住めば都、ということか?」


 二人は笑いながらそう返す。

 

 「でも思った以上に、アルスが余裕そうで安心かな。ついでにエミリアちゃんもね?」


 そう言ってアルスの隣に腰掛けた女は、エミリアとの間に剣呑とした空気感を漂わせる。

 

 「あらあら、うちのご主人はアンタみたいな阿婆擦れには無関心なのはご存知?」

 「アルスが私と付き合ってくれるのなら、男漁りは止めるんだけどな〜チラッチラッ」

 

 二人の間柄はまさに犬猿の仲、その理由は主にアルスにあるのだが当の本人は気付かないフリを続けているわけで―――――


 「お前もそろそろ答えを出したらどうなんだ……?」


と、向かいの席に腰掛けた保守派の重鎮であるハンス(クルマウ侯ハンス・エーゲンベルク)に心配される有様だった。


 「出したら、あとから面倒になるだろうが」


 エミリアはともかくとして、エミリアと犬猿の仲のエル(エルネツィア・バルディー)に至っては革新派の伯爵家令嬢であり次期当主でもあるわけで……。


 「でもお前も嫁を貰っといた方が何かと都合がいいんじゃないか?」

 「縁談が面倒になるってか?そんなことあるわけないだろ?禿頭に目の敵にされてる俺に縁談持ってくる物好きがいるわけ――――いたわ……」


 アルスの言葉にいがみ合っていた二人は一斉に振り向いた。


 「私という優秀で美少女な補佐役がありながら!?」

 「それは面白くないかな〜」

 

 自身の言葉が『口は災いの元』という言葉をアルスが身をもって知ることになったのはまた別の話―――――。

 

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