第21話 領境とドSな補佐役

 「お前たち、何処へ行くつもりだ」


 領境に置かれた検問を前に、駈歩のまま通り抜けようとする一団を見つけた兵士が大音声で問いかける。

 聖誕祭の本開催地となったことを名目に、アルスは一時的な領境の封鎖を実施していた。

 狙いは勿論『大罪人』の流入を防ぐために他ならないのだが、教会関係者やカティサークの密偵もまた検問を前に捕縛もしくは踵を返していた。


 「止まれ、さもないと叩き斬るッ!!」


 警備を固めていた兵士たちが、道端に集まりだすがそれでもなおその一団は、速度を緩めることは無い。

 それどころか警備兵の足元に矢を射かけてきた。

 

 「おのれぇッ!!」


 警備兵の一人が剣を抜くが、その矢のもつ意味に気付くやすぐさま剣を収めた。


 「公爵閣下の通行許可証だ!!道を開けろッ!!」


 矢にはサルヴァドーレ家の紋章があしらわれた金属製のタグが括り付けられており、そのタグの示すところは明白。


 「協力、感謝する!!」


 先頭を駆ける男が駆け抜けざまにそう言うと砂塵を巻き上げながら通り抜けていった。


 「この分なら夕方には帝国との国境だな」


 馬のことを考えれば一日の移動距離は頑張っても五十キロがいい所。

 目的地が教皇のおわす帝都パラティーノではなくサルヴァドーレ家が公爵家時代からもつ帝国北部の情報活動拠点、アディジェだとしても移動には丸二日必要だった。

 

 「追手もないから予想よりも――――」


 一人がそう言いかけた時、近くの木に矢が突き立った。

 驚くべき事態ではあったが、男たちの対応は早かった。


 「散開しろッ!!」


 『優先事項は追手の排除に非ず。必要に応じて戦闘は許可するが、まずもって情報の入手を優先しなさい』

 

 エミリアからの命令通り、男たちはアディジェへの道を急ぐのだった――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「領境を固めていたのは俺たちだけでは無かったというわけか」


 アンデクスの街の南端、アンブラス城の地下牢に繋がれた女を目の前にしてアルスは浮かない表情をしていた。


 「殺せッ。お前たちに言うことは無いッ!!」


 ロザリオの十字架を繰り返し握りながら女は、アルス達をキッと睨みつけた。

 女の正体はエチェガレーの命令で領内を見張っていた教会の間諜だった。


 「使徒信条を何度繰り返したって、神はお前を解放しちゃくれないぞ?」


 アルスはひたすらに無言のまま十字架を握り続ける女にそういうと、女にあてがわれた囚人用の食事を食べ始めた。

 女はろくな食事をしていなかったのか、フォークにささったフレッシュチーズに目が釘付けだった。

 そんな様子に手応えを覚えたアルスはここぞとばかりに


 「こんな美味いフレッシュチーズが食べれるなんて、うちの領内の特権だよなぁ。あむっ……うまうま〜」


 これ見よがしに囚人となった女の前でチーズを食べて、オマケにワインを開けた。

 飯を食いたきゃ自供しろ、という古典的で平和的な尋問。

 いや、アルス自身は尋問そっちのけで食事を楽しんでいた。


 「仕事しなくていいし、こんな美味いメシが出るとかウチの牢屋は天国かな?」


 囚人なんていなくて、仕方なく城での晩餐の余り物を出しているに過ぎないのだが酔いもあってかアルスは上機嫌に言った。


 「アンタも入る?」

 「へ?」


 アルスの頭に拳を落とすとエミリアは手枷を握りながらこれ以上にないくらいの微笑みを浮かべた。


 「二食昼寝付きで何もしなくていい……迷うなぁ」

 「いや迷うなや。アンタは領主やろ!!」


 鋭いツッコミと共に今度は脇を肘で小突かれて


 「グフッ」

 

 と、アルスは短い声を漏らすとその場にうずくまった。


 「不甲斐ない主君に代わって私が貴方を尋問するわ。お前たち、持ってきなさい」


 主君を一発で沈めたエミリアに、ドン引きの兵士たちは顔を引き攣らせたままその場を離れると、慌てて拷問器具を載せた手押し車をエミリアの前へと置いた。


 「ヒィィィッ!!」


 そして、悲鳴じみた声を上げるとその場から逃げるように持ち場である牢獄の入口の警備へと戻っていった。


 「アイツらにも再教育が必要かしら……」


 とんでもないことを呟くエミリアに、うずくまったままのアルスはビクリと震えた。

 そんなことはお構い無しに、拷問器具の一つを手に取ると、


 「さぁて、全てを吐くまでゆっくりじっくり虐めてあげるわ」


 エミリアは楽しそうな笑みを浮かべて嗜虐心に任せるがままに拷問ショーを始めるのだった。

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