第47話


 ――血だらけの斧を村人に返した後、俺達はその足ですぐに冒険者ギルドへ向かった。


 門番にはいつもとは違う若者が立っており、聞けば街の中で事件が起きたとかで、おっさん達はそっちに出動しているらしい。


 何か色々と物騒なことが起きてるな。こちらの事情を話すと、若者達は真面目な顔になり宿舎へすっ飛んで行った。


 そうしてフラフラとギルドの扉を押す。


 帰りの遅かった俺の姿に、受付嬢さんがすぐに反応し、ついでに俺とミュゥの姿を見たその場の誰もが二度見した。


「あっ、ハルヒコさ、ま⁉︎っいったいどうしたんですか⁉︎」


 ボロッボロに噛みちぎられた服を羽織る俺達に、受付嬢さんがカウンターから飛び出し駆け付けてくる。


「ミュゥ様もっ、何があったんですか⁉︎」


「いっぱいかじられた、」


「齧られた⁉︎誰にですか⁉︎誰ですかその変態は⁉︎ハルヒコ様ですか⁉︎」


「何でだよ」


 俺はグッタリとソファに座り、あの恐怖を思い出し身震いする。


「ダイアウルフと、グレイウルフの群れに遭遇したんです」


「っな、お怪我は?」


「死にかけましたよ。何とか回復間に合いましたけど」


 ほっ、と受付嬢さんが胸を撫で下ろす。


「場所はどちらで?」


「森に入って3㎞も行ってないとこです」


「規模はどれくらいでしたか?」


「そりゃもうヤバいくらい、……セレネどれくらいいた?」


「56匹です」


「…………は?」


 受付嬢さん含め、そばで聞いていたギルド職員が絶句する。


「ごじゅ、嘘でしょ?」


「あー、見せますわ」


 解体小屋に移動した俺は、アイテムボックスにギュウギュウに詰め込んだ死体を解放する。辺りに血の臭いが充満した。


「全部は持ってこれなかったんですけど、」


「っ、アイテムボックスを……」


 受付嬢さんは希少スキルに驚いたのも束の間、その死体の量に青ざめ急いでギルド職員呼びつける。


「っすぐに討伐部隊を編成して。近くの農村にも警報を」


「了解ですっ。先程門の方からも連絡がありました。街周は彼らが受け持つと」


「分かった。急いで」


「はいっ」


 ……俺何かやっちゃいました?したかったんだけど、……何かそんな空気でもないっぽい。やっぱあの状況ヤバかったんだ。


 受付嬢さんが険しい顔で俺とミュゥをペタペタ触る。


「神聖魔法も万能じゃないです。痛むところは?」


「あ、だ、大丈夫ですから」


「……流石、信仰Sと言ったところでしょうか」


 心配してくれる受付嬢さんは、ミュゥのほっぺをムニムニして立ち上がる。


「この規模のダイアウルフの群れなら、その危険度はAランクにも届くかもしれません。そんな脅威に襲われて、生きていただけでも奇跡なんですよ?」


「まぁ、確かに俺ら2人なら死んでました」


 俺はウルフの死体をひっくり返して観察しているセレネに目を向ける。……狼好きなのか?


「あの方が?」


「はい。昨日買った奴隷なんですけど、……あ〜今は普通の一般人ですかね」


「それは、どういう?」


「おにーさん即奴隷紋解除しちゃったんだよ?バカだから」


「おい」


 目をパチクリする受付嬢さん。


「まぁ、奴隷の権利は購入者の物ですし、でしたら私から言うことは何もありません。……何より、お2人が無事で本当によかったです」


「あ、ありがとうございます」


「セレネ様も、お2人を救っていただいてありがとうございます」


「……別に、」


 興味なさげにそっぽを向く彼女に、受付嬢さんは苦笑し、「そう言えば」と呟く。


「数時間前に奴隷商の1つが何者かに襲撃されたらしく、街でも騒ぎになっていたんですよ。そんな時にモンスターの大量発生なんて、ほんと嫌になりますよ」


「あー門番の人が言ってた、……」


「……何ですか、」


 俺がセレネに目を向けると、軽く睨まれた。いや、一瞬こいつなら出来てしまうのでは?と不安になったが、そんなことするわけないな。うん、するわけない。


「いや、何でもない」


「あまり見つめないでください。不快です」


「……」


「はいよしよし」


 ミュゥに撫でられながら、俺は苦笑する受付嬢さんにスライムの核を渡す。


「そういえばスライムのクエストでしたね!」


「あ、はい。あの、それでなんですけど、このウルフの死体って買い取ってもらえるんすかね?」


「勿論。全てこちらで貰ってしまってよろしいですか?」


「あ、お願いします」


「では、緊急討伐の報酬は後日お渡しということで、本日は本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んでください」


「あざす」


 去ろうとすると、解体屋のおっさんが俺を呼び止める。


「おいにーちゃん、そういやあんた宛にアホほどミノタウロスが届いてるが、」


「……明日でお願いします」


 流石にもう今日はハンバーガーを作る気力なんてない。頼むから休ませてくれ。

 俺はグッタリとしながら、ミュゥと手を繋いで帰路についた。



「う〜さむ……んで?何で助けに来てくれたの?てかどこ行ってたんだよ?」


 血だらけの身体を水で流した後、俺はタオルで頭を拭きながらキッチンに向かう。


「……散歩してました」


「絶対嘘じゃん」


 フイ、と目を逸らすセレネにジト目を送る。


「もう戻って来ないと思ってたよ俺は?」


「はい、そのつもりでした」


「あ、そのつもりだったのね」


 そこは否定しないんだ。まぁ奴隷からしたら、逃げられるなら逃げるわな。


「んじゃ何で戻ってきたん?」


「……気分です」


「猫なん?」


 気分で散歩して気分で戻ってくるの?猫じゃん。俺は出来上がったオムレツを皿に乗せ、席まで運ぶ。


「ありがとうございます」


「いいよ。助けてくれたし」


 とそこで水浴びを終えたミュゥがビチャビチャと走って来る。ちゃんと拭いて来い。


「わ〜綺麗!これオムレツ?」


「そ」


 よいしょ、と席に座るミュゥを、


「……」


 セレネがジ〜、と見つめる。


「……貸して、拭いてあげる」


「ん?ありがみゅっ」


 ……意外と世話焼きなのだろうか?ワシャワシャと髪を拭かれるミュゥと、満足げなセレネを見ながら俺はオムレツを食う。


「(もぐもぐ)……で、ほんとは何で戻って来たの?」


 一瞬考えていたセレネがスプーンを持つ。


「……単純に、あのまま去るのは悪い気がしまして。……おいし」


「でしょぉ?おにーさんのご飯はおいしーんだよ」


「照れるだろ。もっと褒めろ」


「だるー」


 口に手を当て少しだけ驚くセレネに、俺は得意げに胸を張る。


「てかその罪悪感はあったのね」


「呪いの1部を解いてくれたお礼くらいはしようと思いまして」


「呪いってどんなのなん?」


「身体能力や魔力、スキルを大幅に制限するものです。あなたのおかげで以前のように動けるようになりました。有難うございます」


「あぁいえいえ。こちらこそ」


 お互いにペコリと頭を下げる。あれで全力じゃないってこと?コイツいよいよ何者なんだ?


 ミュゥがケチャップをドバドバにかけながらセレネを見る。


「おねーさんこれからどうするの?もう奴隷じゃないわけだし」


「こちらでお世話になろうかと」


「へ?どういう風の吹き回しだよ」


 行ったり来たり、ほんとに猫みたいな奴だな。


「初めはあなたのその下卑た視線に、本能的に逃げてしまったけど」


「おい」


「よく考えれば、この呪いを解けるかもしれない人間について行くのは道理です。あの状況を見て少しはあなたのことを見直しましたし、それにいざとなれば小指でも制圧できますから」


「……あれ?褒めてるんだよね?」


「褒めてます」


 びっくりした。ディスられたかと思った。


「てことは、これからよろしくってこと?」


「てことです」


「わぁ〜よろしくおねーさん。ミュゥだよ」


「よろしくミュゥ。セレネよ」


 俺は握手する2人を眺めながら、最後の1口を食べる。何かよく分からん流れだけど、美人が増えるのは俺も嬉しいし、……まいっか!


「んじゃ改めてこれからよろしく。俺のことはハルヒコって呼んでくれ」


「はい。さっさと高レベルの解呪覚えてください」


「……」


 何か俺にだけ当たり強くない?解雇しようかな。


 ガシっ、と握手を交した。その時、入口の呼び鈴が鳴った。


「坊主ー、いるだろー、ちょっと開けてくれー!」


 何だ?門番のおっさん達の声だ。


 俺が閉めていた入口を開けると、……そこには門番のおっさん2人とパレスさん、武装兵数人が立っていた。いやマジで何⁉︎


「こんにちはハルヒコ殿。聞きましたよ、ご無事で何よりです」


「あ、有難うございます」


 安心するパレスさんに会釈する。


「え、その件で?」


「いえ、別件です。本日奴隷商の1つが何者かに壊滅させられたのはご存じですかな?」


「あ、はい」


「その犯人が、先日ハルヒコ殿が購入した奴隷だと分かりましてね。そこにいる」


「……」


 俺はゆっくりとセレネを見てから、ゆっくりと掌で顔を覆う。


 いや、正直予想はしてたよ?でも本当にやってるとは思わないじゃん?……え?マジで言ってんの?俺犯罪者?


「あ〜〜、奴隷契約解消してるんで俺は無関係ですね」


 よし、シラを切ろう。実際俺何もしてないし。


「おや、そうなんですか?」


 聞かれたセレネが俺を指差す。


「ハルヒコにやれって言われた」


「はぁっ⁉︎おま、何言って、はぁ⁉︎」


 こいつまさか俺を売るためにここまで⁉︎


「ふっざけんなよお前⁉︎何適当言ってんだ⁉︎」


「言ってない」


「言ってる!」


「私の主でしょ?買ったならちゃんと責任持ちなさいよ」


「解消したろ!」


「ハルヒコが勝手に解消したんでしょ?私の心はまだあなたに仕えているわ。喜びなさい」


「何でだろう嬉しくない⁉︎」


 軽やかに逃げ回るセレネをバタバタと追いかける俺に、おっさん達が溜息を吐く。

「落ち着け坊主、別にどうこうしようってわけじゃねぇ」


「そうだぞ。……嬢ちゃんもその辺にしときな。それでもハルヒコのせいにしようってんなら、別に構わねぇがよ」


「……」


「っおっさぁんぁビャ⁉︎」


 止まったセレネに足をかけられ顔面スライディングした俺を、ミュゥがツンツンする。


 パレスさんがそんな俺達を笑いながら1歩前に出た。


「手段は褒められらたものではありませんが、今回の件、我々はセレネさんに感謝しなければならないのですよ」


「……」「……どゆこと?」


「セレネさんが壊滅させたあの商店は、裏で人攫いを雇い、非合法に手に入れた人を奴隷として売っていました」


 なんと……、ガチ犯罪者じゃん。


「1つ気になることがあります。セレネさんは元はあそこで過ごしていた身。そのことを分かった上であの店を壊したのでしょうか?」


「……ええ。そうよ」


 あ、絶対嘘だ。絶対憂さ晴らしだ。


「……ふふ、そうですか。なら今回だけはお咎めなしということにしておきます。次は事前報告を期待します」


「善処するわ」


 当然だという風に髪を耳にかけるセレネ。何でこんなに上から目線なのこいつ?

「では私はこれで。後始末も残っていますので」


 会釈しパレスさんが去ってゆく。


「じゃあな坊主と、ミュゥも。明日は店開いてくれよ」


「あ、はい」「うぃ〜」


「……セレネの嬢ちゃん、あんた相当やるだろ?」


「……別に」


「商店の惨状見りゃ分かるさ。2人鍛えてやりな。こいつらまだまだ弱っちいからな」


「……気が向いたら」


 去って行くおっさん達と警備兵の背中を見送り、扉を閉め、


「ッこの」


「……」


 殴りかかった俺の拳は、セレネに軽く躱された。




 ――その夜、俺はソファを2人に譲り、厳密には取られ、1人寂しく2階で椅子を沢山並べ横になっていた。


「……」


 俺は天井を見つめながら、今日あったことを思い出す。


 ……今までとは比にならな程すぐ近くに、死を感じた。こっちの世界に来てから、何度も死にそうな思いをしてきた。


 それらが生ぬるいと感じるくらいに、鮮明で、近かった。


 肌にはまだ、牙を突き立てられた痛みが、皮膚が破ける痛みが、爪で裂かれる痛みが残っている。治っているけど、しっかりと思い出せる。


 俺は今日初めて、『死』を感じた。


「……」


 俺は毛布を首元まで上げ、鳥肌の立つ全身を覆う。


 ……怖かった。


 暗く、肌寒い部屋の中に1人。今になってその恐怖が這い寄ってくる。


 まだ他のヒーラーを見たことがないから分からないけど、俺のスキルは、きっと特別なんだろう。他の人より良く治せるし、すぐ治せる。簡単に死ぬことはないし、瀕死の重傷も完治出来る。


 ……でも、痛いのは変わらない。

 怖いのは変わらない。

 辛いのは、何も変わらない。


 ほんの数週間前まで、俺は殺しとは程遠い日本という国で生きてきた。


 イジメられたことも何度もある。暴力を振るわれたことも何度もある。痛かったし、辛かった。


 でも長いことされ続けてきたから、その対処もある程度分かるようになったし、心の、身の守り方も身についた。


 ……それが、ここでは通用しなかった。


 痛みの種類も、質も、度合いも、全てが違った。慣れていると思っていた痛みに、俺はまた、負けそうになっている。


「……っ」


 歯がカチカチと鳴り出し、必死に止めようとする程悪寒が体を襲う。


 せっかく異世界に来たっていうのに、何だこのザマは、何だこの体たらくはっ。楽しめ、楽しめよっ、夢にまで見た異世界だろっ!


 涙が溢れそうになった、




 その時、



「――ッ」


 横を向いていた俺の背中に、小さな手が触れた。


「……何だよ、」


「……」


「っ、おい」


 勝手に毛布に入ってきたミュゥが、俺の背中にピト、とくっつく。


「……泣きそうになってた」


「は?なってねーし」


「……まだ、ちゃんとお礼言えてなかったから。……今日はありがと、おにーさん」


「……良いって。好きでやったことだし」


「ひゅ〜カッコいい」


「だろ?」


「……ククっ」「……ぷぷっ」


 お互いの温もりに、ゆっくりと毛布の中が暖かくなってゆく。


「……ミュゥ、初めて助けられた。今まで誰も助けてくれなかった。ミュゥに優しかったおじーちゃんが死んじゃってから、ずっと1人だった」


「……」


 俺は静かに彼女の話に耳を傾ける。


「ミュゥは種族の中でも落ちこぼれだったから、皆、ミュゥなんていない方がいいって言ってた」


「……」


「……だから、おにーさんがミュゥを拾ってくれた時、嬉しかった」


 ギュッ、と俺の背中が握られる。


「おにーさんがミュゥを助けてくれた時、嬉しかった。死ぬかもしれなかったのに、ミュゥを守ってくれたの、……嬉しかった」


「……そっか」


「……だから、ありがと」


 押し付けられるツノが少しだけ痛くて、むず痒くて、暖かくて……、




「……こちらこそ、ありがとな」




 気づいた時には、体の震えは止まっていた。


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