第46話



 ……セレネの振り抜いた斧から、ポタ、と血が垂れる。


「グルゴアッ」「グルァッ」「ルルルルッ」「ガルッ」


「――ふぅ」


 一切の緊張を感じさせない、ごく自然な一息。まるで散歩でもしているかのように踏み出された一足。無造作に線を描いた一振りが、


「ギャッ⁉︎」「ボッ⁉︎」「ィンッ⁉︎」「ギュェッ⁉︎」


 空中に血の華を散らせた。


 ――グリップを握りしめ――2歩目で加速――セレネの赤髪が風を切る。


 そこから先は、まさに蹂躙であった。


 斧を振り回し頭部をカチ割りまくり、刃を返し挟撃を叩き割る。

 切り上げ切り裂き叩き下ろし、瞬く間に死体を量産してゆく。


「ガルァアッ」


 獣の本能が彼女を脅威と判断。一斉に地を駆け牙を剥くウルフの群れ。


「……」


 ――軽くステップ。


 セレネは跳躍した1匹の開いた顎目掛け斧を振り抜き、通り抜けざま胴体を2枚におろす。

 右からの牙を重心をズラすだけで躱し、

 叩き切ると同時にバク宙、

 背後から迫っていた牙を躱しざま首を飛ばし、

 着地即ジャンプ、左右からの顎を同時に蹴り砕き、

 前宙、遠心力のついた斧にウルフの頭部が弾け飛んだ。

 片手で着地、からの喉笛に飛び蹴り、首をへし折り死体を足場に更に加速、


 一瞬で10数匹を惨殺した。



 最早その動きは人外の域、唖然とする俺ととミュゥは、もう口をパクパクと動かすことしかできない。


 直後、


「ぐルゥ、ッガルァっ」

「っ」


 セレネに勝てないと悟った最後の1匹が俺に向かって飛びかかっ


 る瞬間俺の頬をかすり、投擲された斧がウルフの首を吹き飛ばし真横の木にぶっ刺さった。


 たらり、と頬から垂れる血に、俺とミュゥは目をガン開く。


「へ?……ッヒィィ⁉︎⁉︎」


「うるさいですよ」


「殺す気かお前⁉︎」


 斧を引き抜くセレネが、頬に飛んだ血を煩わしげに拭う。


「守ってあげたんでしょう?お礼の1つでも言ったらどうですか?」


「あ、ありがとうございます」


「ま、ます」


「はい。どういたしまして」


 …………いやいやいやいや⁉︎ナニコレ⁉︎こいつヤバすぎでしょ⁉︎


 俺は真っ赤に染まり鉄の臭いが充満する森を見渡し、再度彼女のヤバさを実感する。この惨劇を生み出しておいて返り血を殆ど浴びていないのも尚更ヤバい。もう全部ヤバい。というか怖い!


 ガクブルしている俺の服をミュゥが引っ張る。


「おにーさんっ、急がないとっ、血の匂いで他のモンスター寄って来ちゃう!」


「っ」


 もう犬は勘弁だ‼︎もう2度と見たくない!


「ミュゥっ急いで死体集めるぞっ!アイテムボックスに詰めれるだけ詰める!」


「はぁ⁉︎何で」


「こんな目にあったんだ!元はとってやる‼︎」


「っ強かすぎるよおにーさん⁉︎」


 俺はよっせよっせと死体を放り込みながら、なぜかしゃがんでウルフの死体を見ているセレネを呼ぶ。


「何やってんだセレネ!お前も手伝ってくれ!」


「……。……はぁ、はいはい」


 立ち上がった彼女は、……最後に周囲を一瞥し、騒がしい2人の元へ戻るのだった。

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