第45話
「……」
「……ど、どう、しよ。……っ……おにー、さん?」
……俺はデバフのかかった身体で、今にも泣きそうなミュゥにゆっくりと覆い被さり抱き締めた。周囲を刺激しないように、……ゆっくり、……ゆっくりと。
「……おにーさん、何して、」
瞬間、ウルフの大群が一斉に地を蹴った。
「――ッッッッぅう」
丸まった俺の全身に牙が突き立てられ、想像を絶する激痛が脳を蹂躙する。肉が抉られ、噛みちぎられ、引き裂かれ食われ血が飛ぶ。
「ッッおにーさんっ⁉︎やだッ、死んじゃうっ、死んじゃう‼︎」
「っっグゥっ」
泣き喚くミュゥを絶対に晒さないよう、強引に抱き締め、丸まり続ける。
柄にもない。本当に面倒な約束をしちまったもんだ。
でも今の俺、マジで主人公っぽくないっ?痛すぎて意識飛びそうだけど、今の俺カッコ良すぎない⁉︎そう思ったらなんか元気湧いてきた!いいぞその調子だ俺!こいつだけはっ、こいつだけは守ってやろうじゃねぇかッ!今まで色んな物から逃げ続けてきたんだっ、少しは意地見せろ俺‼︎
「『ダークヒールッッ』」
抉られた肉が瞬く間に再生し、そして一気に噛みちぎられる。
「『ダークヒールッダークヒールっ!』」
再生と同時に引き裂かれ、再生と同時に牙が食い込む。
「『ダークヒールダークヒールダークヒールッッッ‼︎』」
唸り声と自分の血肉の臭いに脳がバグり、平衡感覚さえ吹っ飛びそうになる。腕の中でミュゥが何かを叫んでいるが、もう耳も機能していない。
そうだ、動けないないならデバフなんて関係ない。助けが来るまで我慢比べといこうじゃないか。
あー意識飛びそう、何か他のこと考えよう、おっぱい、そうだ、おっぱいのこと考えろ。おっぱいは万病に効
「ゲボフっ」
「っおにぃざんッ⁉︎」
はい無理でした。あのすみません首はやめてください。洒落にならないんで。
永遠に終わらない激痛に視界が明滅を始め、痛覚と思考が混ざり合い意識が混濁し始める。
……これは、いよいよマズいかもしれない。
……あぁごめんなミュゥ、やっぱり俺なんかじゃ、お前を守れないみたいだ。……っチクショウ。
「……ご、べん、な」
「っおにぃさんっ、死なないでっやだっ、ねぇっ――っはるひこぉ!」
ああ、生まれて初めて女の子に名前を呼んでもらえた。色々あったが、良い人生だったかもしれない。……こいつを救えないことだけが、心残りだよ。
俺は消えそうな意識の中、祈った。
……神様、いるなら彼女を、――ミュゥを助けてやってくれ。
諦め。悲嘆。恐怖。絶望の闇が2人を連れ去ろうとした、
――刹那、瞬く銀線が闇を切り裂き、血塗れの大地に天使が舞い降りた。
遅れて、俺を襲っていたウルフの首がボトボトと地面に落ちる。
「……」「……へ?」
ぼやける瞳に映るのは、揺れる炎のように風に靡く赤髪。
脱力した腕が持つのは、どこから拝借したのか薪割り用の斧。
静かに振り向いた彼女が、冷たい金眼を俺に向ける。
「……見直しました。遅くなってすみません」
「…………セェ、ネ?」
「おにーさんっ、早く回復して!血がっ」
ミュゥに抱き起こされ、俺は最後の力を振り絞り魔法を行使する。
「……『ダぁ、ク……ヒール』……ゲホっ、げほっ、……ふぅ。……いや、マジで死ぬかと思った……」
俺が治癒してゆく身体を見ながらひとまず安心していると、
「っ、」
「おっと」
ミュゥの頭突きをくらいよろめく。
ったく……聞こえてくる嗚咽に苦笑し、ボサボサになった髪を撫でる。
はてさて、どうしたものか。一命を取り留めたとは言え、周囲の状況は依然変わらず。ピンチ真っ只中だ。
「グルォッ――ァェ?」
瞬間、セレネに飛びかかったダイアウルフの首が宙を舞った。ドチャっ、と落ちる首無しの死体に、その場の誰もが瞠目する。
「……ほぇぇ?」
……見えなかった。彼女の一連の動作が、まったく目で追えなかった。……前言撤回しよう。
この時俺は、勝利を確信した。
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