第13話 地下教会


 ――そう言って案内された場所は、スラムの端、地下に続く階段であった。


 正直怖い。めっちゃ怖い。


「……あの、ここに教会が?」


「ふふっ、もっと厳かなのを想像していましたか?」


「まぁ」


「すみません。私達もお金が無くて。ですが神を崇める心があれば、馬小屋だろうと普通の家だろうと、そこは教会と何ら変わりありません」


「おぉ」


「ふふっ、まぁ象徴的な建物があった方が、神もお喜びになるとは思いますがね。

 さぁこちらです」


 そう言って地下への階段を降り、扉を開ける。


 するとそこには、老若男女、歳を問わず色々な職種、人種の人達がテーブルを囲んで食事をとっていた。


 しかし共通していることが1つ。

 皆着ている物がみすぼらしい。スラムでよく見る服格好をしていた。


「気づきましたか?」


 青年が微笑む。


「彼ら、彼女らは皆、あなたの様に明日を生きるのもやっとの方々です。

 このスラムに生きる全員を救えないのは分かっていますが、……私はそういった方を見つけると放っておけないたちでして。

 こうして食事や居場所を提供しているのです」


 苦笑する青年の言葉に、俺は胸を打たれた。


 俺がチートがどうのハーレムがどうのとほざいてる間に、この人は1人でも多くの人を救おうと身を削っていたのだ。


「っ凄い、あなたは凄い人です!」


「ふふっ、ありがとうございます。寒いでしょう、まずはシャワーをどうぞ」


「はい!」


 シャワーを浴びた後、服を貰い、スープとパン、干し肉を出される。


 見た目も味付けも簡素ではあったが、異世界に来てから、1番温かい食事だった。


「食事は済みましたか?」


「はいっ。ご馳走様でしたっ」


「いえいえ、全ては神のお恵です。そういえばお名前を聞いておりませんでしたね」


「あ、ハルヒコ・タナカです。よろしくお願いします」


「私はゲーラと申します。よろしくお願いします。今からハルヒコさんに地下を案内したいのですが、」


「あ、お願いします」


 それから案内された地下教会は、想像以上に広くビックリした。


「ここがトイレで、こっちが作業場です」


「作業場?」


 中を覗き込むと、多くの信徒がカチャカチャと何かを作っていた。


「あれは?」


「爆弾です」


「爆弾⁉︎」


 驚いた俺に信徒達の目が向く。え、怖、ごめんなさい。


 そんな俺を、ゲーラさんはクスクスと笑った。


「そう驚かないで下さい。街道建設や岩盤を砕くために売りに出している物です。

 爆破スキルの使い手は希少ですし、私達もお金を稼がないとやっていけませんから」


「な、なるほど」


 聖職者に爆弾を依頼するとは、流石異世界、物騒だ。


「給金も発生しますので、もしよかったらハルヒコさんもどうぞ」


「あ、いえ、俺は冒険者で……」


 そこまで言って言葉に詰まる。


 このまま、冒険者をやっていていいのだろうか?無意味なんじゃないだろうか?


 そんなネガティブ思考になっていた俺の肩に、手が置かれる。


「ハルヒコさん、……やりたいことがあり、まだ心の炎が消えていないのなら、その道を進むべきです。

 たとえ諦めようと、失敗しようと、神は許してくれます。私達もついていますから」


「ゲーラさんっ」


 微笑む彼に、俺は決意した。


 そうだ、まだ異世界に来て4日なんだ。そんなんで諦めてどうする、ここからだ、ここから始まるんだ俺のチートハーレム冒険譚は!


「そしてここがハルヒコさんの部屋です。好きに使ってください」


「え、部屋までくれるんですか⁉︎」


 簡素な石造りの部屋。しかしベッドも机もある。それに腐ってない。宿より良い!


「あざす!」


「いえいえ」


 大広間まで戻ってきた俺は席に座り、皆と一緒に前に立つゲーラさんを眺める。


「皆さん祈りの時間です。本日も我らが神に、感謝を捧げましょう」


 そう言ってゲーラさんが手を重ねると、皆同じポーズを取り目を瞑る。


 途端静かになる室内。俺も慌てて目を瞑り、とりあえず同じポーズをする。


 ……てか何の神に感謝してんだ?俺転生者なのに異世界の神知らないんですけど。

 普通最初白い部屋で顔合わせとかあるでしょ。何?俺とは顔も合わせたくないって?

 そこでチートスキルとか貰うのに。まぁ言葉通じたのはありがたかったけど、もう少し優遇してくれも良いじゃん。……いつまで続ければいいんだ?


「それでは皆さん、」


 おぉ終わった。


「明日も良い1日を」


「「「「「「良い1日を」」」」」」「っを」


 自室に戻ってゆく信徒達を見ながら、俺はゲーラさんに近づく。


「あの、ゲーラさん」


「はい、どうしましたハルヒコさん?」


「その、……神って、何の神を信仰してるんですかね」



「……」

「「「「「「……」」」」」」



「……え?」


 ギョロ、と全員の目が一斉に自分を向いた。え、何、怖い。


「……ハルヒコさんはこの世界の神話を知らないのですか?」


「な、なにぶんド田舎から出てきた物でして」


「……なるほど。では簡単に。

 この世界は唯一神、ディオニュイオ様がお創りになりました。ディオニュイオ様は生と死を司る神。この国の貨幣単位にもなっています」


「あ〜」


「私達はディオニュイオ様を崇めています。ご理解いただけましたか?」


「な、なるほど」


 俺はすみません、と頭を掻く。


「自分全然知りませんでした。すんません。

 ……冒険者登録ではなぜか信仰がSだったんすけど、お恥ずかしい」


「「「「「「ッッ⁉︎」」」」」」


 瞬間全員の目の色が変わり、ゲーラさんが俺の肩をガシっ、と掴む。


「え、S⁉︎本当ですか⁉︎」


「え、え?」


「す、凄い、私ですらAなのに、こんな子供が……。それに今まで神話を知らずに生きてきて、それでS?あり得ない、……奇跡だ」


 ブツブツと呟き始めたゲーラさんの周りでは、「天使だ」とか「神の使いだ」とか言って頭を下げる人まで出てきている。


 え、そんなに凄いことなの?ギルド内じゃそんなにだったけど。

 え、俺何かやっちゃいました?


 ゲーラさんが肩を離し、満面の笑みで手を差し出してくる。


「私達はあなたを歓迎しますっ。ハルヒコさん!」


「あ、はい!あざす!」


 大広間が拍手で包まれる。


 誰もが笑顔を浮かべ、歓迎してくれている。


 俺は何だかよく分からない空気に快感を感じながら、その日はぐっすりと眠った。


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