第10話 最初はこんなもんっしょ
――歩いて数分。モクモクと湯気の立つ大きな施設。
『湯』と書かれたのれんを潜り、俺は受付に顔を出す。
「ここって大浴場で合ってます?」
「ああ。入るのかい?200ディオだよ」
ディオ?あ、金の単位か。
「こ、これで足りますかね?」
「おう」
おっさんは大銅貨2枚を取る。え、今日の収入無くなるじゃん。でも夕食は宿で食えるし、パンツこんなだし、背に腹は変えられん。
「んじゃこれタオルな。右が浴場、左が武器とか防具の洗い場だ」
「はい」
俺はタオルを1枚受け取り、中へと進んだ。
急いで服を脱ぎ、常設の洗剤的何かで擦りまくる。
ファンタジーでずっと制服ってのもつまらない。金が入ったらこっちの服を買いたいものだ。
風魔法乾燥機に服を入れ、一瞬で乾いた服とローブを棚に戻し、ようやく風呂へと足を運んだ。
「ふぅ、……気持ちよかった」
ほかほかと湯気を昇らせ、綺麗になった服を羽織り外に出た俺は、濃い夕焼けに染まった空を見上げながら宿を目指す。
クエストに行っていた冒険者達が帰還し、街灯や商店に明かりが灯りだすこの時間。
喧騒は落ち着き、綺麗な女性が増え、白い街をオレンジ色が染め上げる。
「……」
今の自分には、異世界の夜の街を散策する力も金も無い。
俺はいつかの楽しみを胸に、日が落ちる前に宿へと走った。
そうして辿り着いたヒキコモリ亭。
「……え、ここ?」
俺は今、入り口で入るかどうかを決めかねていた。
ボロッボロの外観。看板なんて腐って地面に落ちている。立地は地球で言うスラム街。
区画から外れた瞬間、一気に景観が変わってビビった。受付嬢さんが心配する筈だ。
周りには見るからにヤバい目をしたホームレスがちらほら。
俺は覚悟を決め、軋む扉を押し中に入った。
「すみませーん」
「あ?何?」
「あ、え、えっと、宿泊希望、です。冒険者です」
「あー、飯は?」
「ほ、欲しいです」
「3階の301号室がお前の部屋。飯は夜8時に厨房に取りに来い。4日目から宿泊で400ディオ、飯で200ディオ取るから」
「わ、分かりました」
投げ渡された鍵を持ち、そそくさと自室に向かう。
途中すれ違う冒険者は、総じて目が死んでいる。
ここにいるのは皆極貧冒険者だと聞いた。それは何も新人だけというわけではないのだろう。
……こんな風に、俺はならない。すぐにこんなとこから出てやる。
そう誓い、自室の扉を開けた。
「……カビ臭ぃ」
ベッド以外何もない。敷かれているマットなんて厚さがほぼ無い。まだダンボールを敷いた方が快適そうだ。
「っま、初期冒険者っぽくて良いじゃん」
無理矢理受け入れ、防具を外しベッドに座る。
飯まで何もやることがないから図鑑をペラペラしたり、プレートを弄ったりしていると、そこであることに気づいた。
・保有スキルポイント:1
「ん?増えてんじゃん」
相変わらず獲得可能スキルの欄には何も出ていないが、スキルポイントが1増えている。
察するにこれは経験値的な感じで、異世界で何か新しい経験をするたびに増えてゆくものなのではなかろうか!
そんなこんな考察をしたり図鑑を見たりして数時間後、俺は貰ってきた飯を無表情で口に運んでいた。
不味くはない。が、美味くもない。パンとポテトと少しの肉。まぁ無料だし。
……日本で肥えた舌を前に、異世界の庶民料理は少々物足りなく感じたのだった。
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