第9話 く、くひぃっ


「おうどうした坊主、そんな息切らして」


「なんだお前、漏らしてんのか?」


「漏らしてませんが?え?漏らしてませんが?」


 俺はいたって普通ですけど何か?と顔を真っ赤に染めながら門を通過する。


「たく、おい坊主」


「はい?漏らしてませんが?」


「これやる」


「っ」


 バサッ、と断じて漏らしていない俺に何かが投げつけられる。


 開いてみるとそれは、全身を覆い隠せるような真っ黒なローブだった。

 そう、全身を、下半身を隠せるような。


「お、お、おっさぁああんッ‼︎‼︎」


「うるせぇうるせぇ、早よ行け」


「風邪引くなよー」


 どれだけ俺の好感度を持ってけば気が済むんだこのおっさん達は!惚れさせに来てるのか?惚れさせに来てるのか⁉︎漏らしてはないけどな!


「おっさぁああんッおっさぁああんッおっさぁぁ――」


 ローブを羽織り爆走してゆく俺の背中を目に、


「……元気だなあいつ」


「捕まらないか心配だぜ」


 おっさん2人は苦笑するのだった。



 こっそりと冒険者ギルドの扉を開け、コソコソと受付嬢さんのカウンターに行く。


「すみません(ボソ)」


「?あ、ハルヒコ様!お帰りなさい。そのローブは?」


「か、借りました。あのこれ」


 俺はカウンターの上に薬草と香草、そしてホーンラビットの死体を置く。


「っえ、狩ったんですか⁉︎ハルヒコ様が⁉︎」


「あ、いえ、死にかけたところを助けられまして。貰いました」


「ですよね」


 ですよね?


「畏まりました。……では、採取クエストの完了を確認しました。

 今回は特別に、ホーンラビットもギルドで買い取らせていただきます。ギルド持ち込みの場合、普通は正規の手続きを踏まないといけないんですから、気をつけてくださいね」


「あ、すみません……」


 そりゃそうか。勝手に狩って褒めて貰おうとか思ってた俺が馬鹿だった。


 カウンターのトレーの上に、銅貨が3枚、大銅貨が2枚置かれ差し出される。


 貨幣価値はこれからすり合わせてくとして、まずは初めてのクエスト達成を喜ぼうではないか。

 あとあのロリにも感謝しないと。


 俺は硬貨をポケットに突っ込み、これからのことを尋ねる。


「えっと、自分家ないんですけど、ここら辺に安い宿ありますか?」


「宿ですか。この区画にも3つありますが、恐らくハルヒコ様の手持ちでは足らないと思いますので、裏通りにある『ヒキコモリ亭』が良いかと」


 名前悪意ないすか?


「ヒキコモリ亭は冒険者ギルドと提携していまして、極貧冒険者が多く利用している宿です。最初の3泊は夕食込みで無料です」


「え、めっちゃ良いじゃないすか」


「ただ貧民街にあるので、少々治安が悪いです。ハルヒコ様は普通よりだいぶ弱い部類ですので、少しでも早く大通りの宿に移った方が良いと思います」


 受付嬢さんは俺を心配してくれているのだ。決して小馬鹿にしているわけではない。……きっと、たぶん。


 俺は口をへの字に曲げながらも、ぎこちない笑顔で頷いた。


「これが地図です。では、本日はお疲れ様でした。また明日お会いしましょう!」


「あ、ありがとうございました」


「……ハルヒコ様、ハルヒコ様、」


 去ろうとした俺に受付嬢さんが身を乗り出し、口の横に手を添える。

 耳を貸せってことか?


「はい?」


「通りに大浴場があります。是非利用してください」


「はぁ」


「装備を洗う場所もありますから(ボソ)」


「……っ⁉︎」


 眉尻を下げ苦笑した受付嬢さん。俺は咄嗟に察し、首を回す。


 獣人や他の冒険者数人が、こちらを見てクスクスと笑っていた。


「(はぅっ)」


 俺はローブを握りしめ、そそくさとギルドを飛び出した。

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