第8話 メ・ス・ガ・キ♡




 ――「お〜い、」


 俺は、どうなったんだっけ?


「お〜い、生きてますか〜?」


 異世界に来て、いきなり初心者モンスターに殺されたんだっけ?


「おにーさーん、……起きないと、イタズラしちゃうぞ?」


「ッッ⁉︎」


「あはっ、起きた」


 耳元で囁かれたその言葉に、俺の意識は途端覚醒し跳ね起きる。


 驚き目を向けたその先には、……1人のロリが座っていた。……うん、ロリだ。ツノ生えてるけど。


 白髪のツインテール。

 透き通るような碧眼。

 人を小馬鹿にしたような目付き。

 ニヤニヤと緩んでいる口元。

 固そうなツノ。

 ペタペタと動く太い尻尾。


 この子も冒険者なのか?それにしては服装が貧相だけど。


「……」


「……ねぇおにーさん、そんなにジロジロ見ないでくれる?キモイよ?」


「んな⁉︎」


 俺はニヤつく少女からすぐに目を逸らす。

 なんだろうこのトラウマを刺激されるような感覚は。教室の女子に視線を向けただけで、嫌な顔をされヒソヒソ話される、あの羞恥と怒りの混ざった感覚っ。


「ねぇねぇ、おにーさんは小さい子に興奮しちゃう変態さんなの?」


「み、見てねーし⁉︎全然見てねーし⁉︎は⁉︎何言ってんだし⁉︎」


「うわぁ、必死じゃ〜ん。キッモぉw」


 っなんだコイツ⁉︎


「そうだ、はいこれ」


「っ、これは」


 少女がヒョイ、と持ち上げる絶命したウサギを、恐る恐る受け取る。


 そうだ、この少女は、


「き、君が俺を助けてくれたのか?」


「ん〜?そだよ?ほらほら、ちゃんと感謝し」


「っありがとう‼︎」


「っぅわ、びっくりした」


 若干腰を引いた少女に、俺は深く頭を下げ感謝する。

 この子がいなければ、俺は間違いなく死んでいた。


「っ君のおかげでっ、俺はまだ異世界を楽しめる!本当にありがとう‼︎」


「……ちょっと何言ってるのか分からないけど、お礼を言えるのは良いことだよぉ。えらいえら〜い」


 少女に頭を撫でられながら、俺は顔を上げる。


「そ、それで、このウサギ貰って良いの?」


「いいよ〜」


「あ、ありがとう。……君も、冒険者なのか?」


「違うよ?ちょっと街見てたら、おにーさんが死にかけのセミみたいにバタバタしてたから、シュバーって助けてあげたの」


「そ、そうか、ありがとう」


「うん」


 死にかけのセミ……。


「お、俺はハルヒコ。ハルヒコ タナカ。名前を聞いてもいいか?」


「ミュゥ・ドラグレイヴ」


 カッコよ⁉ドラグレイヴ⁉︎カッコよ!


 俺は目の前のドラグレイヴ嬢を、もう少しだけ頭を下げながら見る。


「冒険者じゃないなら、どうしてここに?」


「ん〜……」


「……よければ、一緒に街行きます?俺ももう帰りますし」


「え、なに〜?ミュゥを家に連れ込んで何する気ぃ?」


「家ねぇよ」


「あ、ごめん」


 そうだよ、俺家ねーじゃん。どうしよ考えてなかった。……後で受付嬢さんに聞いてみるか。


「んじゃ俺そろそろ行くけど、君は……ん?」


「ぷぷっ」


 とそこで、俺はようやく気づいたのだ。

 自分の下半身が、なんだかじんわりと湿っていることに。


 ……待て待て、落ち着け。取り乱すな。整理しろ。ウサギに襲われ?気絶して?股だけが寒い。雨は?降ってないな。よし、


 ……あぁあああああああああああッ⁉︎


「ぷぷぷっ、おにーさん全然気づかないんだも〜ん、おもしろすぎぃw」


 あぁあああああああああああッッッ‼︎‼︎


「おにーさんおにーさん」


「あ、あ、ぁ」




「……くっさぁ♡」




「――ッッッ」


 瞬間俺はバッグとウサギを掴み、少女に背を向け全速力で駆け出した。


「あ、ちょっと、おにーさーん」


 呼び止める声に、振り向けよう筈もない。これ程の辱め、生まれて初めてだ。


「っ、ひぐっ、ぅううう!」


 俺は走った。ただ前を向き走った。己の未熟さを胸に、明日への成長を胸に、


 今はただ、走った。

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