第3話 気を取り直して
――数時間後。ゲッソリとした俺は、2人の門番に見送られトボトボと駐屯舎から出る。
「ハハハハ、悪かったな坊主!まさか本当に記憶がなかったとは」
「……だから最初からそう言ってるじゃないですか(グスっ)」
数時間に及ぶ尋問の後、起動しない魔法陣も、教科書の数字も、ただの落書きの写しだと判断された。
嘘を看破する水晶とやらが出てきた時は死を覚悟したが、この世界の常識なんて当然知らないし、出自を言っても伝わらないしで水晶が反応することはなく、何とか切り抜けることが出来た。
犯罪してなくて良かった。怖かった。本当に怖かった。
門番AとBが俺の背中に手を振る。
「思い出すまでこの街で休むといいさ!」
「お前は誠実そうだし、仕事もすぐ見つけられるだろうよ!何なら冒険者になってもいいかもな!ハハハ」
「っ冒険者!」
ゲッソリを吹き飛ばし、俺はその単語に思いっきり振り向く。
「お、おう。身分証代わりにもなるから坊主にゃいいかもな」
「どうすればなれますか⁉︎」
「冒険者ギルドで言や誰でもなれるぜ。登録料は必要だけどな。場所はそこを真っ直ぐ行って、出た大通りを右だ」
「あざす!」
「……坊主!」
すぐさま駆け出そうとした俺に、何かが放られる。
キャッチした手の中を見れば、そこには1枚の銀貨が煌めいていた。
「こ、これは?」
「餞別だ!それで登録しろ!」
「っお、おっさぁんっ!」
何だこの人達カッコよすぎかよっ。脳筋ゴリラモブ野郎とか思ってごめんなさい。
「っいつか、いつか立派になって帰ってきますから!」
「いや帰って来るなよ。ここ尋問所だぞ」
「では!クソお世話になりました!」
「おーう、『サントラ』の街へようこそー」
強面のイケオジに見送られ、俺は熱を持つ銀貨を握りしめて走り出す。
ようやくだ、ようやく始まる。俺の異世界冒険譚が!少し寄り道したが、それも冒険のスパイスと思えばなんてことない!
「こんにちはおばさん!」
「あらこんにちは」
「こんにちはカッコいいお兄さん!」
「ん?こんにちは」
「こんにちは猫!」
「ニャ〜」
ああ、世界が美しく見える。お父さんお母さん、俺変わるよ!ここなら変われる気がするよ!見ててくれよ!
息を切らし大通りに出た俺は、
「――っ」
その荒々しくも身体が弾んでしまう様な活気に当てられ、思わず立ち止まってしまった。
タイルを打つ靴の音。
立ち並ぶ露店、商店。
行き交う人々の中には、主婦や子供、防具を付けた見るからに冒険者然とした人も多い。
中には尖った耳を持ったエルフに、ケモ耳ケモ尻尾をピョコピョコフリフリしている獣人までいる。
これが異世界。これが現実。
「……っ、っ」
気付けば、俺は泣いていた。
夢にまで見た光景を前に、泣いていた。
そこへ不思議に思ったのか、通りすがりの少女が覗き込んでくる。
「どうしたのお兄ちゃん?なんで泣いてるの?」
「……いかん、雨が降ってきたな」
「お母さんこのお兄ちゃん変ー」
「……」
俺はそそくさと涙を拭く。
「こらこらそんなこと言わないの?どうかしました?」
「い、いえ、ご親切にどうも。冒険者ギルドというのはこっちで合ってますか?」
「ええ、あの奥に見える大きな建物がそうですよ」
「おおっ」
青い丸屋根を付けた、石造りの巨大建築物。なるほど分かりやすい。
目を輝かせる俺に、奥さんがクスクスと笑う。
「もしかしてこの街は初めてですか?」
「あ、はい」
「とてもいい街ですから、是非楽しんでくださいね」
「っはい!」
「ふふっ、では。良い1日を」
「バイバイ変なお兄ちゃ〜ん」
「ありがとうございましたっ。バイバーイ」
俺は少女に手を振り、ギルドに向かってキョロキョロしながら歩き出す。
なんて気の良い街なんだ。変なお兄ちゃんですら褒め言葉に思えてくる。もしかしたらこっちの世界では褒め言葉なのかもしれない。うん、そう思っておこう。
「……っおぉ〜」
大通りにズラリと並んだショーウィンドウに張り付き、食い入るように見つめる。展示される長剣や、杖の何とカッコいいことか。
「ぉお〜」
キラキラと輝く防具の、何と美しいことか。
ショッピングが大好きな女性の心境が、今ようやく分かった気がする。これが乙女心って奴か。
「……」
そうして到着する冒険者ギルド。
象徴である剣と杖がクロスしたシンボルが、太陽に照らされ金色に輝いていた。
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