第2話 それは違うじゃん



 吹き抜ける風が運ぶ、若草の香り。


 耳を心地よく打つ川のせせらぎと、水面を魚が跳ねる軽快な音。


 頭の中にグルグルと浮かぶモヤを、照りつける太陽が無理矢理晴らしてゆく。


「………………ん、……んぐっ……」


 俺は土の匂いと鼻に当たるこそばゆい感覚に意識を揺すられ、ゆっくりと手をつき、……まぶたを開いた。





「………………………………………ん?」





 青い空、白い雲。


 だだっ広い草原の丘に立つ俺の眼下にあったのは、城壁に囲まれた街並。


 整然と並んだコバルトブルーの屋根と、白い家屋が見せる美しさに、俺は思わず息を呑み、


 ……目を閉じ、まぶたを開いた。


「……」


 目を閉じ、まぶたを開いた。


「……んん?」


 まぶたを開いた。


 まぶたを開いた。


 まぶたを……カッ開いた。



「ッんんんんんんんんんんんんんんんんんんんッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」



 え?え?どういう状況⁉︎どういう状況だこれ⁉︎異世界⁉︎異世界に来たのか⁉︎どう見てもっいや待て、ぬか喜びはしたくない。一旦整理しろ。俺はどうやってここに来た?……トラックにはねられ


「異世界じゃん⁉︎」


 トラックにはねられてるじゃん!トラックにはねられたらそりゃもう異世界じゃん。確定じゃん。確定異世界じゃん。


「……マジで?」


 俺は興奮に高鳴る心臓を抑え、止まらない手汗を握りしめる。


 本当に異世界はあったのか?俺達の妄想じゃなくて、本当に、本当に。


「え、じゃあステータスオープン」


 ……魔法の言葉を唱えるが、何も起きず。……本当に異世界か?


「っステータスオープン!……」


 ……なるほど、ステータスバーが出ないタイプの異世界か。理解した。


 これはチートハーレムウハウハは少し先になるかもしれない。ステータスが表示されない異世界は、総じて難易度が高い傾向にある。


 ……しかしだ、


「っしょ」


 俺は落ちていたスクールバッグを拾い、街へ向けて1歩を踏み出す。


 しかし!

 俺は前世で異世界転生系ラノベを読み漁っていた猛者。言うなれば攻略本を読み込んだ上でゲームをプレイするようなもの。


 この世界に必要な、あらゆる知識を持っている。そう、賢者、まさに賢者である‼︎


 つまり!



「――ッひゃははははははッッ俺の時代来タァアアアアアっ‼︎」



 夢にまで見た剣と魔法の世界への転生に、飛び跳ね歓喜の雄叫びを上げた。



 ――までは良かった。


「貴様!なぜ戸籍を隠す!早く身分を証明しろ!」


「あ、いや、だからですね?自分記憶喪失でして、何も覚えていないんです」


「貴様この街の人間ではないだろう?記憶喪失と言う割には事故にあった形跡も、モンスターに襲われた形跡も見当たらない。

 身なりもそれなりの物だ、身分証の取れない貧民街出身だとも思えない。

 だと言うのに、バッグの中には奇怪な書物が多数、携帯すべき身分証も見当たらない、それにその落ち着きようはなんだ⁉︎貴様のような見るからに怪しい人間を、通せるわけがないだろう⁉︎」


「……」


 論破された。


 俺異世界きていきなり論破された。反論出来ないんですけど。


 言葉が通じたのは不幸中の幸いだった。だがそれ以上に、この門番達優秀すぎるだろ。お前そこはおいでやす〜とか言って歓迎しろよ!こちとら転生者様だぞ⁉︎強いんだぞ⁉︎知らんけど!


「おい、」


「どうした?」


「……あ、それラノベ」


 俺のバッグを検めていた門番Bがラノベをパラパラと捲り、表情を険しくする。

 それを覗いた門番Aが、目を見開き固まった。


「こ、これは魔法陣、まさか魔術書か⁉︎」


「恐らく。他の書物にも見慣れない数式が羅列されていた」


「それはラノベで、それは数学の教科書です。はい」


「……これは俺達が判断していいものじゃないな」


「ああ。……君、記憶喪失なんだよね?ちょっとおじさん達と一緒に行こうか?」


「……え?いやえ?」


 こっちを見ながらニコニコと近づいて来る強面のおじさん2人に、嫌な汗が噴き出る。


 これは、マズい流れな気がするっ。


「あ!俺用あったんだ!では!」

「「ちょ待てよぉ」」

「ヒィっ⁉︎」


 逃げ出そうとした瞬間、物凄い速さで接近した門番2人にガッと肩を組まれる。

 何だこいつら⁉︎今動き見えなかったぞ⁉︎てか力強っ⁉︎


「いデデデデ⁉︎」


「そんな強く握ってねぇだろ?」


「ちょっと話聞くだけだからよ」


 首根っこを掴まれ、抵抗虚しくずるずると引きずられてゆく。


「え、嘘じゃん、違うじゃん、この展開は違うじゃん⁉︎」


 異世界転生して門番に論破された挙句牢にぶち込まれるって⁉︎そんなのどこのラノベの展開にもなかったぞ⁉︎

 おいどうしてくれんだ作者ども⁉︎いやほんとマジでシャレにならんて⁉︎


「チートは⁉︎冒険は⁉︎俺のハーレムどうなんの⁉︎神様見てるなら助けてって⁉︎見てんだろ⁉︎ねぇほら‼︎未来の勇者が引きずられてますよ⁉︎おーい⁉︎」


「……薬か?」


「かもな。若いのにバカなことしやがる」


「やってないよ⁉︎至って健康体だよ⁉︎」


「自分の身体の現状も分からなくなってるのか……」


「だから分かってるって言ってるよね⁉︎俺普通に健康だから!離してっ、離っ、力つっよ⁉︎ゴリラかよ⁉︎」


「あ痛ったーはい公務執行妨害現行犯逮捕駐屯舎まで連行ー」


「んなぁ⁉︎」




 異世界の透き通った青空の下、情けない悲鳴が響き渡った。

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