First Base: Be At Bat

断然ロックだろぉ





 ふたりの粛清官候補生が、六番街へと向かっていた。

 いまだ道中だが、エノチカ・フラベルはすでに参っていた。移動ちゅうの車両で、助手席に座る仮パートナーが絶え間なく嫌味を吐くのを聞かされていたからだ。


「粛清官失格、と言わざるを得ませんわね!」そう、キャナリアは吼えた。「仮とはいえ、自分のパートナーに隠し事だなんて。それも任務に障るような内容のことを話さないだなんて。まったく信じられませんわ」

「ああもぉ、うっせぇなぁ。だから、べつに任務には関係ないことだって言っているだろぉ」

「でも、ガレット警肆級は納得いっていない様子でしたわよ。〝蒼白天使〟だって事情がわからないと言っていたではありませんの。こう言ってはなんですが、たかが一介の候補生がそんなに秘密を抱えるだなんて変なお話ですわ」


 ああ、キーキーうるさい声だ――エノチカのほうもイラついてきて、自然、ハンドルを曲げる手つきが荒々しくなった。

 今、この連盟所属の車両を運転しているのはエノチカだった。

 粛清官は、その移動手段を自由に任されている。二輪だろうが四輪だろうが、自前だろうが連盟の物だろうが、好きに使用して構わない。補佐課の職員の手があいていれば、輸送用の大型車両の出動を依頼してもまったく問題がない。

 今回エノチカが選んだのは、自分で運転することだった。もともとは運転技術のなかったエノチカだったが、官林院の補講で学ばせてもらっていたのだった。

 運転は嫌いではなかった。助手席でわめく女がいなければ、これは悪いものじゃない。


「なぁ、音楽でも流していいか? ハイウェイラジオでよさげなのやっているわ」

「静かなクラシックならかまいませんわよ」


 どうやら曲の趣味まで合わないらしい。エノチカは諦めた。

 キャナリアはしばらく、不満げに窓の外を眺めていた。膝に置いた白いカラスのマスクの羽毛を、指先でほんの少しだけちぎっている。上流階級らしからぬ手癖だとエノチカは思った。


「あたくしの推理を話しますわ」ようやく黙ったかと思ったら、キャナリアはまた口を開いた。「まず、チェチェリィ警壱級にもわからない事情ということは、同じく警壱級格がかかわっているとみていいと思いますの。ちょうどガレット警肆級もおっしゃっていましたし、きっと〝無限牢〟ですわね。かれが、わけあってニーガニタス・アルヘンの粛清案件を自分のものとした。そして、わざわざあたくしたちに采配された。問題はその事情ですわね」


 エノチカは答えなかった。キャナリアが続けた。


「エノチカさん。そういえばあなたは、どうやって官林院に入学しましたの? いえ、あたくしのような推薦組のほうが少ないことはわかっておりますわ。大半のかたは、通例に従ってスカウト式ですもの」


 キャナリアの言っていることは事実だ。中央連盟は、外部からの干渉を好まない。かつて、とある連盟員が敵対組織と通じており、ひどい裏切りの事件を起こしたことがあるからだ。

 だから連盟の招待状は、こちらにかかわろうとしない者に対して出される。すでにじゅうぶんな経験と実力があれば粛清官に、才覚が認められれば官林院に招いて、自分たちの新たな身内とする。


「エノチカさん、あなたもスカウト組ですわね? あたくしが聞きたいのは、どういう経緯でスカウトされたのか、ですわ」


 そこでキャナリアは窓の外から目を離し、エノチカをみた。ちょうど同じタイミングで、エノチカは相手から横目を戻していた。


「だってそうでしょう? もともとなにかしらの活動で砂塵能力を使っていて、それが情報局の耳に入るようなことがなければ、スカウトもなにもありませんもの。あなたは院に来る前はなにをされていましたの?」


 答えづらい質問で、エノチカは口をへの字に曲げた。


「なによりも、あたくしの目に狂いがないのでしたら、エノチカさん。そもそもあなたは、粛清官になることにさして固執していなさそうですわ。だとしたら、どうして官林院に入ったのか……」

「給料がいいだろ。ずば抜けてさ」

「お給料」と、キャナリアは繰り返した。「理由のひとつではありますわね。でも、あなたのようなめんどうくさがりさんが、そうした経済的な動機だけでこの命がけの仕事を望むとは思えませんわ」

「ずいぶんと勝手に分析してくれるなぁ。アタシのなにがわかって言っているんだよ」

「わかりませんわ。だからこそ質問しておりますの」


 それはたしかに正論だったから、エノチカは言い返さなかった。


「以上を踏まえて、あたくしの推理はこうですわ。エノチカさん、あなたは今回のターゲットとのあいだに、過去なにかがあった。まあ、かりに恨みであるとしましょうか。その恨みを晴らすべく、あなたは個人的にターゲットを追っていた。あなたの砂塵能力は、まあ、このあたくしには劣りますがなかなかのものですから、情報局はあなたを官林院に迎え入れようとした。しかし、あなたはその申し出をことわった。目的はターゲットを追うことであって、粛清官になることではありませんでしたもの。そんなあなたに、情報局がある密約を提示した。その密約こそが、いつかターゲットの粛清案件をあなたに任せるというものだった……どうかしら?」


 ふぅん、とエノチカは思った。

 言動のおかしい常識知らずだと思っていたが、どうやら頭は正常に機能しているようだ。

 とはいえ、それがエノチカが質問に答える理由にはならなかった。


「どーだかな」

「まっ。この期に及んでそんなことしか言わないのですの? この卑怯者!」

「好きに言えよ。人間だれしも、話したいこととそうでないことってのがあるだろぉ」


 エノチカはウィンカーを出した。ハイウェイから六番街の路上に降りようとする。連盟関係者専用の道は極めて空いており、すべてがスムーズにいった。


「あたくしには秘密なんてありませんわよ? やましいことなんてありませんもの」

「はぁ? だったら話してみろよ。お前は超がつくほどの金持ちの家に生まれて、これ以上なく平和な生活を送れた人間だろーが。なんでわざわざ粛清官になんてなろうとしてんだよ」

「そんなの簡単ですわ。あたくしは、屈服させられたいの。だれよりも強い人間に」

「……は?」飛び出たワードに、思わずエノチカはブレーキを踏みそうになった。「わりぃ、今なんて?」


 キャナリアはなんでもないことかのように説明をした。


「ほら、あたくしってば自分でもあきれてしまうほどにすばらしい能力を持っているでしょう? だからなのかはわかりませんが、昔から自分よりも強い能力者にあこがれておりますの。本部の粛清官には、あたくしが理想とするような、ほれぼれするような強者がいるはずですわ! それも能力だけではなく、すべてを包括した強さを持っている強者が!」


 そこで、ハァ、と、やけに艶めかしくキャナリアはひと息をついた。


「あたくしはそういうかたに使われて、屈服させられたいのですわ……ああ、でも、その夢ももう間近ですわね。いったいどんな上官がいらっしゃるのかしら、あたくしの配属先には」

「へ、変態か、こいつ……」


 まったく理解できない欲望の吐露に、エノチカは額に青い線を浮かべた。


「失礼ですわねっ。これも育ちの環境があればこそ、ですわ! あなたも醸造関係の能力者ばかりが揃った家庭に、突然変異として武闘派の能力者として生まれてみなさいな。そうすればあたくしの言っていることがわかりますわ」

「いや、わかる気しねーけどぉ……?」引きながらも、エノチカはたずねる。「じゃあ、なにか? さっきのチェチェリィ警壱級とかガレット警肆級にも興奮していたってことかよ」

「うーん、そうですわね……」


 思いのほか、キャナリアはまじめに考えた。


「もちろん、すばらしい実力者だとは思いますわよ。この道をめざそうとしなければ、まずお目にかかることはなかったでしょうね。でもほんとうに、かれらはあたくしの理想の強者なのかしら……」

「は? まさか自分のほうが強いとでも言いたいのかよ」

「違いますわ、そこまでうぬぼれてはおりませんわよ。言ったでしょう、能力だけではないのですって。あたくしが求めているのは、なんというか、無謬性とでもいえばよいのかしら」そこで、キャナリアは自問するような口調になった。「つまり、あのかたたちはほんとうに揺らぐことがないのかしら。なにがあっても、絶対に粛清官であることを貫けるのかしら……」 

「……あのさ。アタシはいいけど、お前の基準でいうと問題発言なんじゃねーの? それ。新人風情が上官批判、それも相手が蒼白天使ってなるとえらいことだぜ」


 そこで、キャナリアはハッとした表情になった。


「つ、告げ口は許しませんわよ!」

「んだよ、なんでも話せるって言ったくせにぃ」

「それとこれとはべつでしょう。あたくしのことはいいですわ。それよりもあなたですわよ! 今どきへたな秘密主義だなんてウケませんわよ? そんなだから院でもおともだちができなかったのですわ!」

「お前もいなさそうだっただろうが、ともだちなんか」


 ハイウェイを降りるとき、エノチカの目にイチヨンタワーが映った。角度的には、その向こう側にエノチカの育った拠点ホームがあったことになる。

 もう、とっくにばあちゃんはいない。そして自分はバットをスタジアムの外に持ち出して、べつのゲームに使おうとしている。それも、かのじょのいちばん嫌いだった種類のゲームに。

 命の奪い合いという凄惨なゲーム――この偉大都市の、真の意味でのメジャージャンルだ。


(……ばあちゃんなら、なんて言うのかな)


 エノチカにはまるで想像がつかなかった。

 今の自分を、果たして褒めてくれるのか、叱ってくれるのかさえも。

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