22.叩け地獄の魔法陣

 いつ果てるとも解らないツッカェーネ王国諸侯会議。魔族との戦争の矢面に立ちたくない貴族達のだらしなさにデファンス辺境伯は我慢の限界を迎えつつあったが。

「魔族と一時和平を結びました。彼等は交易を求め、魔国内の安定を望んでいます」との娘、シルディーからの報告。

「何と!娘達がこんな重要な働きをしているというのに…私は人族同士で揉めている場合ではない!」

 デファンス辺境伯は覚悟を決めた。


 そして小田原評定に終止符を打つ。

「事態を打開すべく私がツッカェーネ王国の王となる!」「「「おおー!」」」責任はブン投げたと言わんばかりに諸侯達が賛成した。

「これよりカナリマシ王国始め周辺国との借金問題に取り組む!確定した負債は税収に応じ各貴族へ分担させる!」

「待たれよ!この度の借金は王家の独断!王を継いだ貴公が全てを負担すべき!」

「私は王だ!応じなければカナリマシ王国へ領地ごと委譲する!」

「無謀な!」

「無謀なのは国の責任を負わず、領地だけ守ろうとする浅ましい者共だ!その様な者には歴史から退場頂く!」

 武力に長けるデファンス辺境伯軍と戦おうと言う者などいなかった。渋々ながらデファンス王が承認された。

 諸侯も薄々これしかないと思い始めていたのだろう。


******


 王都に騎士団が押し寄せた。その旗は新たにツッカエーネ国王となったデファンス辺境伯のものだった。

「やっと纏まったがねー」「知っていたのかイコミャー?!」

「貴族や商人達ゃこーなるって踏んどったがね。そんで次は~」「次は?」

「魔族との商売だがね!」「それこないだ私達が打診して来た最新情報だぞー?!」

「商人の嗅覚なめたらあきんどー!なんちて!」「かわいいなあイコミャーは」

「かわいがってー」微笑ましいやり取りもそこそこに、イセカイ温泉の商人達は新国王となるデファンス伯への商売に動き出していた。


 差し当たっては王都復興の石材、木材や労働力の関係か?

 あれ?騎士団、王都じゃなくてコッチに向かってる?

 商人達もこっちに向かってる?

 イコミャーも膝の上に乗っかってニヤニヤしてる?


「魔導士殿、このイセカイ温泉を新たな王都としたいのだが」

 そう来たかー!

 今やすっかり迎賓館となった出城に案内されたデファンス伯と、私と妻達と勇者達、そして組織された町内会の会長達に有力商人、滞在中の貴族達。

「王都の危機に際し、この場に温泉を掘り避難民を安堵させ、更には商人を呼び寄せ瞬時に立派な街を作り上げ、迎賓館や防壁までも仕上げた功績は人の業とは思えない」

 デファンス新国王が頭を下げた。一同が驚いた。


「誠に我等は命を救われました。他領の街まで移動していたらどれだけの老人や子供が死んでいたか!その日の内に家を得て湯を浴びる幸せまで」「湯を!何とそこまで!」

「デファンス陛下!この地は楽園に御座います!ここは治安も良く、清潔で食料も美味!酒も美味!何より笑顔と活気に満ちております!」長く滞在している貴族までヨイショしやがる。

「これも勇者様や貴公の御令嬢シルディー様の御威光かと…」

「それは違う!」レイブが叫んだ。

「全ては我等と何の縁も無いのにかかわらず、困っている人々を見捨てず救って下さった魔導士殿のお蔭!そして魔族でありながらこの地の人々の暮らしを切り盛りして下さった魔導士殿の奥方様達のお蔭!

 俺は、見回りしてただけなんです」

「わたくしも同様です。魔導士殿がこれだけの建物を作り出して下さったお蔭で、皆の心が落ち着き、穏やかに暮らせているのです。わたくし如きにこの様な御業は成し得ません!」シルディーも言葉を重ねた。


 一同の視線が私に向いた。面倒くさいが、やらなきゃ。

「この地は私が作った物ですが、何の利益を得ている訳ではありません。むしろ酒を供出してるんで困ってるくらいですよ。欲しいなら上げます」

「「「え~っ?」」」一同愕然!

「但し、この地に住む人達の統治、この地の水利衛生管理、子供達の教育については、キッチリ引き継いで頂きます。

 それは国内の各領地や、ひいてはこの大陸に広めて頂ければ、多くの利益を齎すでしょう。

 それを約束頂けるならば、今まで供出した酒代程度で直ぐにでもお譲りします」

「その酒代というのは一体どれ程に…」

「あー、醸造法を指導しますので数年掛かりで返納頂いてもいいですよ~」

「全くご主人様は欲が無い」「そこがいいんじゃない~」「大損害だぎゃ~」妻達が口々に感想を言っている向こうで、デファンス国王が茫然としている。


「小さいとは言えこの規模の都市を丸々手放すとは…この館というか城すらも…」

「そんな事より問題はカナリマシ国始め借金返済の猶予取付でしょう。そして」

 町会長や商人達、そして宿場御常連の貴族達を見回すと…

 ニヤリ!と白い歯を輝かせてナイスな笑顔を向けて来やがった。全員解ってらっしゃる。


 この温泉に居る貴族達は、最初は侯爵以下の有力貴族が王都を引き上げるための足場に使ってたけど、その後は王都復興の機会を伺ってた、割と真面目な中級以下の官僚達だった。

 魔族との交易で王都復興のチャンスをうかがっていたんだなあ。

 私は彼等のイカス笑顔に応える為、

「新王都の通商、平民街の統治、今後の復興計画等を今この場にいる方々にお任せ頂ける事もお約束下さい」

 街の統治に協力して貰っているシルディーも「陛下!何卒!」と頭を下げる。


「無理にやり方を変えるまでもない、引き続き頼む。

 王都を復興するか、ここを拡張するかは、その方等の意見を元に進めよう」

 一同がデファンス伯に頭を下げた。

「温泉地が王都かあ~。珍しいなあ」「何他人事みたいに言ってんのよ?あなたの街でしょ?」ちょっとフラーレンと軽口を交わす。

「街はそこに住んでる人のものだよ」「ホント無欲ね」「「「ねー」」」

「私には君達がいてくれるだけで贅沢もいいとこだよ。この街を譲ったら、またどこかにいい場所を見つけよう」

「あら素敵!」「「「きゃー!」」」妻達大はしゃぎだ。


「「「えー!!!」」」国王、貴族、商人達が、レイブ達が叫んだ!

「魔導士殿!どこかへ行っちゃうのか?!」「しばしお待ちを!」レイブ達が青い顔で叫んだ。

「あー、魔族との戦いの謎はずっと追うよ?」

「城主様!街のみんなを捨てないで下さい!」町会長さん達が迫る。城主様って?

「城主様のご指示があってこの商いが出来たんですよ!いなくなるなんて言わないで下さいよ!」「今後の儲け筋を!」「魔族との商いには是非!」商人達の目が血走ってる!

「魔導士殿の魔力に頼るのは筋違いながら、ここにせよ彼の地にせよ新たな都を築く上で、是非ともお知恵を授かりたい!」貴族さん達も傅いてくる。

 そしてダメ押しで

「ここまで身分を越えて慕われている魔導士殿には、是非ともこの地に留まって欲しい。

 無論然るべき御礼は返したく思う。どうか、願いを叶えて下さらぬか」

 うわー新国王にまで頭を下げられた!


 思えばここに来てイキナリあのキモデブチビハゲエロオヤジ国王にバカにされたのが随分と変わったものだ。あのキモハゲチビエロデブクサオヤジ生きてるか知らんけど。

 チラと妻達を見ると…

 仕方ないなあ~って感じのフラーレン、ライブリー、エンヴォー。居眠りしてるジェラリー。商機を逃すな~って感じで熱い眼差しを送ってるイコミャー。決死隊の娘達は温泉地の旅館で頑張っていて不在だ。

「ここに住むだけですよ。面倒事は勘弁願います」

「「「おおー!!!」」」何か皆ガッツポーズで喜んでる。

「おお!ここまで慕われているとは。いっそシルディーお前も…」

 シルディーはレイブに抱き着いて喜んでいた。あとクレビーもホーリーもドサクサに紛れてレイブに絡みついていた。

「お嬢さんは勇者君一筋ですよ」とデファンス国王に釘を刺しておいた。


 その後、返済計画について相談を持ち掛けられたが、蹴って逃げた。

「お父様、わたくしたちもこの場を一旦去ります」「何と!また行ってしまうのかシルディー!」国王ェ。

 シルディーはホーリーとクレビーを見ると、クレビーが応える。

「国王陛下、この会談がまとまれば、次に人族は魔族との交渉に移ります。これが成功すると困るのは…

 平和を厭い、争いの中に立身出世や儲けを求める者達です。私達はそれに備えます!」

 クレビー、ホーリー、シルディーは毅然とした眼差しを国王へ送った。そしてレイブも。


 デファンス国王は頷き、

「勇者レイブ殿、聖女ホーリー殿、賢者クレビー殿、戦士シルディー殿。

 私は平和を築くために尽力する。力を貸してくれ!」

 と、先ほどまでの親馬鹿を脱ぎ捨て、毅然と命じた。

 勇者隊は跪き、新国王に応え、去った。


******


 イセカイ温泉で話が色々纏まっている頃、カナリマシ王国では借金返済に当たりツッカエーネ王国への使節の準備を整えていた。

 その傍らで、邪な蟲は息を止めてはいなかった。


「全くあのデカイ騎士さえ出てこなんだら今頃奴隷貿易で大儲けしていた筈であった!憎たらしい!」

 と息巻いているのはかつてツッカェーネ王国への借金返済交渉で、公使キレモン伯を謀殺し利権を独占しようと企み、目下謹慎中のガマガエル、エバリ公爵邸。

 その自室に、黒い靄が現れた!

「な、何だ!」

「貴様がカナリマシ王国の重鎮、エバリ公爵か」

「何者だ?!」

「どれ程喚こうが貴様の声は外には聞こえん。それより、取引をしないか?」

 靄の中から現れたのは、黒い鎧に身を包む魔族、ダークナー。


「今、人族は我が魔族のミスリル鉱山を買い取ろうしている」

「何?魔族のミスリル鉱山だと?!魔族と商売等出来るものか!」

「知らなんだか。貴族の重鎮かと思ったが、下っ端であった様だな」

 ダークナーはエバリ公をバカにした様に話す。


「い、一体だれがそんな儲け話を進めているというのか?!」

「人族は我が魔族の地を買い漁らんと企む裏で新たな戦いを仕掛けるつもりだ。

 貴様如き木っ端貴族は知らぬであろうがな!」

「そんな話を持ち掛けて来るとは…貴様の要求は何だ?!」

「何、無用な争いを避けたいだけだ」心にもない事を言いやがるヘナチン野郎。


「協力頂けるのであれば、鉱山を貴様にくれてやっても良い。

 俺の要求は、俺を監視人として使節に加えて欲しい、それだけだ」

 そう言うとダークナーは空間収納からミスリルの塊を取り出した。

 それは私の故郷で言えば金塊より貴重な、数億円の価値がある物だった。

「おおー!お、おおう!」青く光る金属に、強欲の塊であるエバリ公は飛びついた。

「無用な戦いを避けるため、是非我を使節に加えろ!」

「あ、ああ。しかし鉱山の利権を証すものを差し出せ!」

「欲深い人族奴、まずはこの鉱石だけでも足りぬか?!ならば話は終わりだ」

「い、いや。わかった」

 この時点でエバリ公は蟄居か降爵させられる未来を悟っていたのであろう。この好機に飛びついた。

 それも罠と知った上で、このガマガエルは必死に策を巡らせていた。


******


 カナリマシ王国の使節がツッカエーネ王国の王都を目指し進む。

 以前の様な暴虐が無い様、形ばかりでもツッカエーネの、いやデファンス領の騎士が街道を護り、歓迎の旗を捧げつつも目を光らせた。

 その統率の取れた様に、アッタマーイ王は乱暴狼藉を働く者がいれば極刑に処すと厳しく通知した。

 下手をしたら自分が人質にされる上両国間で戦争になるからだ。

「もっと早くこの国を差し押さえるべきであったなキレモン伯」

「私が来た時点で事を起こして居れば、あのイセカイマンが我らが王城を破壊していたかと」

「怖い事を申すな」

 欲の余り偽証を重ねたエバリ公と反対に、キレモン伯は証言の正当性が認められ今回も使節団の重鎮として国王の馬車に同乗していた。


 しかし一行の末端に、ダークナーがいた。奴は周囲の人間を洗脳し、様々な情報を吐き出させていた。そして!

「勇者召喚は誰でも出来る。魔力と魔法陣があれば出来る」との情報を嗅ぎつけた!

 この時点でコイツブっ殺してもよかったんだけど。

 私は賭けた、もっとデカイ獲物がかかる方に。勿論犠牲者は一人も出さない。


******


 カナリマシ王国一行を迎える最小人数のツッカエーネ王国文官と新国王。

 共にイセカイ温泉の出城、いや、今や迎賓館となった城へ案内される。

 見たことの無い様式の建築物に、一行は唖然としていた。


 大広間で対峙するアッタマーイ国王とデファンス新国王。

「王都が破壊されたというのに、随分と立派な城を構えたものだな。しかも異国の様式で」

 早速ジャブをかます債権国王。

「お恥ずかしい限りだ。この城は我等ツッカエーネ王国の物ではなく、異国の魔導士が築いた物だ。今回の会見に臨み、それを譲渡頂いたものだ」

 ぶっちゃけるデファンス新王。

「よき仲間を得た様だな。先の使節に関し、我が国のならず者が不法を行った事、我が国にて裁きを下した故無用とせよ」

 先の小競り合いを交渉に出して来たぞ?債権者としての立ち位置を押し付けるつもりか?


「我が国の民を奴隷とせんと、我が土を奪わんとした事を無用とは出来ぬ。無用とするなら罪人を引き渡すべきであろう!」ひるまないデファンス新国王、戦争上等!!

「我が国は貴国への貸しを待っているのだ。無礼を働けば戦となるぞ?」

「我が国の誇りを踏みにじられた時点で戦は始まっておる!」

 頭脳のアッタマーイ王、武勇のデファンス新王、譲らない。


 もうここは政治の世界だ。私は時間を一時停止し、その場を後にした。向かうは…


******


「愚かな人族共奴、僅かな利益のため全ての領地を失う事になろうとは」

 魔国の一隅にあるダークナーの基地では、部下の三人衆が知能がある魔物達に命じて魔法陣を書き上げさせていた。

「人族の神官など金と女を与えればいかなる秘術も平気で漏らしやがったぜ」

「まあ今頃は女に化けた魔族に食い殺されているだろうがなあ!」

「よし!ダークナー!勇者召喚の準備が出来たぜ!」

「宜しい、では生贄を用意せよ!」


 魔物達に連行されてきた、鎖で繋がれた赤い肌の魔族の娘達!

 なんか魔族にも肌の色で差別とかあるのだろうか、前にも赤い肌の娘達がいい様に使われてたなあ。

 ゆ゛る゛ざん゛!

「こいつらの命の力で、異世界から勇者を召喚する。そして我等の配下とするのだ!」

 絶望に染まる娘達、それをあざ笑うかの様なダークナー4人衆!

「行くぞ!アーチンティーヤーラサタ!アーチンティーヤーラサタ!」

 ダークナーは勝新っぽい謎の呪文を唱えた!


 魔法陣が光り、娘達が苦しみ始めた!そうはさせん!


 光り輝く聖なる(魔石を光らせただけの)光が凶行を食い止める!「うおまぶし!」

 ダークナーは光から放たれた圧力に吹き飛ばされた!

「おのれ!何者?!」


「悪のある所必ず現れ、悪の行われる所必ず行く!正義の戦士、イセカイマン!」

 何気に自分で名乗ったの初めてかな?忘れちった。

 生贄の娘達の鎖を断ち切り、「大丈夫だ!向こうから逃げるんだ!」と救助!


「おーのーれーイセカイマン!大事な儀式を邪魔しよって!」

「ならば貴様等自らが生贄となれ!とう!」

 ダークナー4人衆を相手に等身大アクション!ムチやら棒やらボウガンを繰り出す敵を右へ左へなぎ倒し、ブン殴られた三人衆が基地内のメカにぶつかって大爆発!大混乱に陥るダークナー基地!


「ええいかくなる上は!」ダークナーは再び呪文を詠唱する!

「何をする気だ?!」「知れたことよ!コイツらを生贄に召喚を続けるのみよ!アーチンテーヤーラサタ!」

「うおおー!止めろダークナー!」「貴様仲間を裏切るのか!」「まだ合コン連れてってくれてねーだろ!」そこ重要?

「裏切りもヘチマもあるものか!我が役に立って死ねい!」

「「「うがあー!」」」三人衆の鎧から赤い靄が噴き出し魔法陣に吸い込まれた!

「もういやだー!」「やってられっかいー!」「俺達で合コンしてやるー!」重要なんだ。


 全員鎧兜を脱ぎ捨てて泣きながら逃げたー!心なしかみんな白髪でヒョロヒョロになっていた。コテンコテンと転びつつ逃げ出した。

 G〇ユニットを脱ぎ捨ててダッシュで逃げた北〇さんみたいな連中はさておき、その力を蓄えて輝きを増す魔法陣。

 禍々しい空気が辺りを覆う!


 そこに現れるのは、魔王を倒す正義勇者なのか?!

 強欲に塗れたダークナーの新たなる部下なのか?!

 どうする異世界!どうなる異世界!


…では また明後日…

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