第16話辱め

 それから篠原は、持ってきた鞄の中からタッパーを取り出すと、ハム子が先ほど作った野菜炒めをタッパーに移した。

 弁当とか言ってたくせになんでタッパーなんだよ、あれじゃマジで生ゴミにしか見えないんだけど! と思うが口には出さないでおく。

 篠原はハム子の野菜炒めをタッパーに仕舞い蓋をすると。


「それじゃあ行くわよ」


 調理室を出て行ってしまった。行くって、もしかして今から金剛先輩のところに行くってことか? マジかよ。あれ渡しに行くの? 部活中に? 完全に嫌がらせなんだけど……。


 もうこのまま帰っちゃおうかなーと思うが、ちょっとだけ先の展開が気になるので黙って後をついて行く。篠原はバスケ部が活動している体育館に着くと、近くにいる男子生徒の肩をちょんちょんと叩き声を掛ける。


「あの、ちょっといいかしら」


 篠原が声を掛けると、バスケ部員は照れたように顔を赤らめる。さすが、顔だけいい女。


「えっと、篠原だよね? 何か用事?」


「ええ。あそこにいる金剛先輩を連れてきてほしいのだけれど、お願いしても?」


 篠原が言うと、男子生徒はちょっとがっかりした様子で金剛先輩を呼びに行った。くだんの金剛先輩とやら、あまりいい噂を聞かないらしいが、確かに悪そうな見た目をしている。


 今の男子生徒が話しかけている金髪の男が、例の金剛先輩なのだろう。筋肉質で、がっちりとしたスポーツマンのような身体つき。

 それでいて、強面である。なんとなく悪そうなイメージを浮かべてしまうが、人を見た目で判断するなって言うし……。


 まあ別に、俺とは一生縁のない人だろうからどうでもいいけど。

 そんなことを思っていると、金剛先輩が怠そうにしながら現れた。


「えっと、何? 俺になんか用?」


 威圧的な態度。いや、もしかしたら金剛先輩の風貌から、勝手に威圧されていると感じているだけかも知れない。まあどっちだっていい。とにかく怖い。目の前で怒鳴られたりしたら漏らす自信がある。それほどに怖いのだ。その証拠に、あの篠原でさえも、声を小さくして。


「いや、あの……。わ、私は別に用事は無いんですけど、こっちの人、が……」


 かなりビビったている様子で、ハム子を盾にするよう後ろに隠れる。あんなカッコ悪い篠原は見たくなかったな……とか、まあ別に今更か、とか思いながら、俺はハム子と金剛先輩の行く末を見守る。ハム子は緊張した面持ちで。


「あ、あの。もしよければこれ、食べてください!」


 先ほど作った野菜炒めの入ったタッパーを金剛先輩に差し出す。そんな生ゴミ同然のものを差し出された金剛先輩は、冷たくあしらうように。


「いらね」


 一言だけ言うと。


「もう行くわ」


 そう言い残し、練習に戻ってしまった。まあ、さすがに成功するとは思ってなかったし、予想通りの結末だけど。それでも、ハム子は残念そうにしている。分かりきっていた結末を迎えただけなのに……。

 ハム子の悲しそうな表情を見た篠原は。


「ちょっと待ってください」


 大きな声で金剛先輩を呼び止める。呼ばれた金剛先輩は、「あん?」と愛想悪く振り向く。すると篠原は、一瞬だけ臆するが、すぐにいつも通りの篠原に戻るとハム子に問い詰める。


「あなた、なんで告白しないの?」


「だって、どう考えても釣り合ってないし……」


 ネガティブな返答をするハム子だが、そんなハム子の戯れ言を篠原は一蹴する。


「そんなの言い訳よ。釣り合う釣り合わないなんて、誰が決めたの?」


 昨日「逆美女と野獣」とか言ってたのは何処のどいつだよ。清々しい篠原の言い様に、俺は驚いてしまう。それでもハム子は落ち込んだ様子で、自虐気味に。


「無理だようちなんて。太ってるし……」


 ハハッと愛想笑いを浮かべるハム子だが、篠原は説教するように。


「あなた、どうしてやる前から諦めているの? 気持ちで負けていたら、勝てるものも勝てないのだけど」


 スポーツ漫画の熱い監督みたいなことを言い出す。コイツ、結構いいこと言うなと思っていると、ハム子も同じことを感じたのか「ごめん」と謝り金剛先輩の前に立ち尽くす。

 それから覚悟を決めると、さっと頭を下げ片手を前に出す。


「あの、付き合ってください!」 


 体育館中に響き渡る声での告白。ザワザワボンボンとうるさかった体育館は、一瞬にして静寂に包まれ、皆の視線は一気にハム子と金剛先輩へ降り注いだ。


 この注目の的では、断るものも断りづらい。下手なインキャがこれをされたら、勢いのまま仕方なく告白を受諾してしまうだろう。

 でも相手は金剛先輩。陽キャの中の陽キャだ。こんな衆目に晒されようと、空気も読まずに告白を断るに違いない。案の定金剛先輩は。


「えっ普通に無理だけど」


 冷徹にハム子の告白を断る。やはりダメだったか。やっぱり無茶だったんだ。俺とハム子は諦めモードに入ってしまう。しかし篠原はまだ諦めていないのか、頭を下げたまま固まっているハム子に声を掛ける。


「まだよハム子さん。あなたの気持ちはこんなものなの?」


「こんなって……?」


「あなたの気持ちの大きさは、こんなものじゃないでしょ。あなたの気持ちを伝える方法は、こんな一般的なものじゃないでしょ––––!」


 篠原の言っている意味が理解できない。何を企んでいるんだ? 一般的な方法じゃない? だめだ、理解できない。いや、理解しちゃいけない気がする。


 俺は不穏な予感を感じ、一歩だけ後ずさる。もしこの後の展開を見てしまったら、俺は一生ハム子に敬意を表さなければいけないかも知れない。


 ハム子も篠原の言いたいことを察したのか、ゴクリと大きく生唾を飲み込む。やるのか、本当に……?

 俺が一瞬だけ目を閉じたその刹那、ハム子はザーと床に這いつくばり頭下げ、勢いよく告白する。


「付き合ってください!」


 それは、この世のものとは思えないほど美しくて、綺麗な土下座だった。今にも目をそらしたくなるほど痛々しい光景だが、俺はその泥臭くて綺麗な土下座から目を離すことができなかった。


 土下座をされた金剛先輩は、思いっきり顔を引きつらせてドン引きしている。もうこの場に居たくない。入学初日の自己紹介で滑った友達を見ている時のような、共感性羞恥心を感じる。

 しかし当人たちに恥じらいはなく、それどころか追撃するように篠原がハム子に言い放つ。


「もっと媚びるように!」


「いつでも荷物お持ちします!」


「もっとへつらうように!」


「お金あげます!」


「もっと煽てるように!」


「いつもカッコいいです!」


 見事な三連撃。もう見ていられない。俺は手のひらで顔を覆うように隠すと、指の隙間からチラッとハム子たちに目を向ける。ハム子の告白と言っていいのか分からない羞恥心攻撃を受けた金剛先輩は、めんどくさそうにため息をつくと。


「一緒に帰ったりとかデートとかしないけど、それでいいなら」


 そんなことを言った後に。


「おら! お前らいつまで見てんだ!」


 気を締めるように大声で言い、部活の練習に戻った。帰ったりデートしないって、それは果たして付き合っていると言っていいのか甚だ疑問なのだが、まあハム子が喜んでいるからいいのか。


 そんなこんなで、今回も無事、恋を成就させることができた。

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