第15話ラブコメの主人公気取り

 篠原が言うと妙な説得力があるのは何故だろう。コイツが「できる」といえば、並大抵のことは出来てしまうだろうなと、特に根拠のない確信を抱いてしまうのは何故なんだろう?


 でもどうなんだ実際。俺は薄々、目の前のコイツは見てくれだけのポンコツなのではないかと感じ始めている。実際本人もこの前、お嬢様のフリをしているだけとか言っていたし……。でも、あの篠原美佳子が料理すらできないなんて、想像もつかない。


 きっと篠原なら、三ツ星レストランのシェフの舌をも唸らせる料理が作れるのだろうと、変な期待を持ちながら俺は篠原の料理を楽しみにして待った。


 トントントントンとリズミカルに切られる野菜。木ベラとフライパンがトントンとぶつかり、心地良い音を奏でる。ジャッジャと油と野菜たちがフライパンの上で踊っている。


 これは、至福の感情? 野菜が喜んでいるのか? そんな……。俺は篠原美加子という人間を少々侮っていたのかもしれない。もしかしたら目の前にいるこの女は、途轍もない才女なのではないかと、俺は勘づき始めていた。


「はい、お待たせ」


 篠原は料理を完成させると、上品な所作で皿の上に野菜を盛り付け、俺たちにそれを振舞う。

 おお、これはすごい。ただの野菜炒めじゃない。ところどころ生焼けで、しかしその反面、真っ黒に焦げ付いている野菜もいる。これはまるで、まるで……そう!


「豚の餌じゃねーか! お前今の手際の良さなんなんだよ。変なナレーション頭に流れたわ!」


「し、失礼ね。そこにあるハム子さんが作った野菜炒めを模倣したのよ」


「いやいや、なんで豚の餌模倣してんの? こんなの野菜炒めっていうか、野菜痛めじゃねーか。かわいそうで見てられないよ」


 まさかあの篠原美加子が料理すら出来ないなんて。でもなんとなく察しはついていた。いつも寝たふりをして他人と関わっていないからボロが出てないだけで、多分コイツは見てくれと中身が正反対の、ダメ人間だ。


 容姿だけやたら整っているから、今まで相当甘やかされて育ってきたのだろう。そう考えると、篠原に同情したくなる。

 俺は哀れむような視線を篠原に向けると、彼女はムッとした表情を作る。


「そんなに言うなら、あなたが作ってみなさいよ。私たちのことをこれだけ馬鹿にしたのだから、それ相応のものを提供してくれるんでしょうね?」


 ものすごいプレッシャーを掛けられながら、何故だか俺も料理を作る羽目になった。でも料理程度、難しいことはない。

 俺だって母さんがいないときはたまに料理を作る。それに野菜炒めなんて野菜を炒めるだけだ。料理の中でもかなり簡単な部類だろう。

 適当に野菜を切ると、フライパンに油を引いて、いい感じになるまで炒めると皿に乗せ、二人の前に置く。


 俺に料理を出された二人は、箸で玉ねぎを掴むとそれを口に入れる。もしゃもしゃと咀嚼し、ごっくんと喉に通すと、篠原がなんだか不満そうにして文句を垂れ始めた。


「なんと言うか普通ね。可もなく不可もなくと言った感じかしら。てか、なんで一丁前に料理なんて出来るの? もしかしてラブコメの主人公気取り? 家庭的な男はモテるとか本気で思ってるの?」


 不満そうに俺の料理を食べた篠原は、そんな風に俺の料理、もとい俺のことを貶してきた。

 ウゼェぇえええ。なんで豚の餌作ったやつに上から言われなきゃいけないんだよ。


 てか別にラブコメの主人公なんて気取ってねーよ!

 いつも通り篠原にムカついていると、ハム子も俺の出した野菜炒めを食べながら。


「つーか普通、ここは空気読んでマズイの作らね? なんでちょっとカッコつけたん?」


 ため息混じりにそんなことを言われ、今すぐローストポークにしてやろうかと考える。俺がプルプルと肩を震わせていると、篠原はまとめ上げるように。


「まあ結局、料理なんて愛情がこもっていれば味なんてどうでもいいのよ」

 

 今までの時間を無駄にするような結論を出す。だったら今の時間はなんだったんだよと文句を言いたくなるが、俺はグッと我慢する。 

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