第36話


「ぐ――っ!?」


「ゲン!?」


 機械の魔物が、右手の砲身から巨大な魔力の弾丸を射出した。

 見たことのない攻撃を目の当たりにして、ゲンは微かに回避が遅れてしまう。


「これは……魔力の砲撃か?」


 砲撃が肩に掠り、そこから出血したゲンは冷静に魔物の攻撃を分析した。


「帝国の魔導兵器……どうして、ここに……ッ!?」


 イリナ先生が機械の魔物たちを睨んで呟く。

 先生はあの魔物たちの正体に何か心当たりがあるようだった。だが今は考察している暇はない。我に返った先生は口を開く。


「皆、地上まで避難しなさい!!」


 イリナ先生が叫ぶ。

 その発言を聞いて受験生たちは確信した。これは試験ではなく、異常事態なのだと。

 受験生たちは指示に従い、すぐに避難を始めた。しかし、


「な、なんだこれ!? 見えない壁が――!?」


「うそ……結界……っ!?」


 地上へと続く通路に向かったライオットとリズが、困惑する。

 目を凝らせば、部屋と通路の境目に半透明の壁のようなものができていた。

 アニタさんが竜を閉じ込めるために作った氷の壁と同種のもの……結界だ。


「閉じ込められてるってわけね……っ」


 計画的な敵の行動に、イリナ先生が舌打ちする。

 最終試験でイリナ先生と戦った直後ということもあり、僕らは既に満身創痍に近い。そこへ強敵と思しき二体の魔物が現れ、更には逃げられないことが発覚した。


 イリナ先生を含む、この場にいる全員の士気が下がっていた。

 こういう時こそ――――。



「――全員でこの魔物を倒すぞ!!」



 ルークの出番だ。

 逆境でこそ燃え上がり、沈んだ時こそ太陽の如く輝いてみせる。


「臆するな! 恐れるな! ――俺たちなら勝てる!」


 僕は全力で仲間たちを鼓舞した。

 内心は不安でいっぱいだ。最終試験はイリナ先生との戦いだったため、仲間が負けても死ぬ可能性はなかったが、これから戦う魔物は容赦なく僕らに殺意を剥く。


 ポイズン・ドラゴンと戦った時の記憶が蘇った。

 僕の中にいるルークが告げる。


 ――今度こそ守れ。


 誰も死なせるな。誰も悲しませるな。

 ルーク=ヴェンテーマの役割をまっとうせよ。


「いくぞ――ッ!!」


「おうッ!!」


 僕が合図すると、仲間たちが応じた。

 皆の目の色が変わったことを確認し、胸を撫で下ろす。そんな僕のもとへ、イリナ先生が魔物を牽制しながらやって来た。


「ありがとう、皆をまとめてくれて。本来なら私の役目だったのに」


「気にするな。それより先生も戦力に数えていいんだよな?」


「当然!!」


 イリナ先生が風の刃で魔物を吹き飛ばす。

 僕も攻撃に参加しよう。そう思い、剣を抜いたら――。


「さっき、貴方の心を覗いたわ」


 心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

 自分がルークであることを忘れ、矮小で惨めな僕本来の人格が危うく表へ出そうになる。


「何が見えた?」


 精一杯の虚勢を保ち、僕はルークの演技を保ちながら訊いた。

 答え次第では……僕は、

 イリナ先生は、真っ直ぐ僕の顔を見て答えた。


「強すぎる意志。煮え滾るような、炎の心」


 その答えを聞いて、僕は心の底から安堵する。 


 ――――よかった。


 僕の本性は見抜かれていない。

 僕にとっては命よりも大事なことだった。


 それさえ無事ならば――これからもルークであり続けられるなら、僕はどんな凄惨な地獄でも耐えられる。


「ルーク、貴方に背中を預けるわ。……本当は、貴方のなんでも抱え込んじゃいそうな性格を注意したかったんだけどね」


「はっ、心配は無用だ」


 僕は盤石となったルークの演技で笑った。


「俺は、いくらでも抱え込み――その上で勝つ!!」


 それこそがルークなのだと、僕は宣言した。

 イリナ先生は目を丸くしたが、やがて力強い意志を込めた瞳で笑った。

 僕の――ルークの宿す熱い炎が、イリナ先生に伝染したことが分かった。


『荒れ狂う炎よ!!』


「邪悪を切り裂く刃と化せッ!!」


 魔物の懐に潜り込み、剣に炎を宿す。


「――《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 バコン! と金属を叩く音が響く。

 生き物と戦っている時の手応えではない。


 魔物の右手は砲身のようなものだが、左手には掘削機のようなものが取り付けられてあった。あれで地中に穴をあけ、この迷宮にやって来たのだろう。


『……ルーク、何かあるのじゃ』


 ふと、頭の中でサラマンダーが警告する。


(あの魔物に何かあるってこと?)


『違う、魔物ではない。この迷宮に入った時からずっと感じている、強大な気配が……こっちを見ておるのじゃ』


 その話を聞いて、僕は現状を把握する。

 ある意味、安心した。


 ――レジェンド・オブ・スピリットの物語は、正常に進んでいる。


 サラマンダーが言う強大な気配、その正体に僕は心当たりがあった。

 その正体こそが今回の戦いで最重要となるわけだが、から何のアクションもない以上、僕らにできることはない。


(今は、目の前の敵に集中しよう)


『そうじゃな。すまぬ、気を散らしたのじゃ』


 いいや、むしろ集中できた。

 物語が正常に進んでいるということは、僕がちゃんとルークの役目を果たせているということだ。

 その自信が、僕を強くしてくれる。


「ルーク……!!」


 魔物と睨み合っていると、リズがこちらに駆け寄ってきた。


「リズ、どうした?」


「貴方が望むなら……私は闇の魔法を使う」


 その目に強い覚悟を灯して、リズは告げた。

 一瞬、思い悩む。リズが現時点で習得している闇属性の魔法は何か、あの魔物との戦いで役立ちそうなものはないか、原作知識も総動員して考える。


 結果、僕は首を横に振った。


「気持ちは嬉しいが、今ではない。あれは魔物にしては妙な形だが、人ではなさそうだ」


「……それもそうね」


「エヴァと協力して、あの魔物の足止めを頼めるか? 隙を作ってほしい」


「うん、分かった……!!」


 まだ魔力に余裕があるのは、受験生の中だと僕くらいだ。

 しかし大技を叩き込むと決めた以上、もう一人、まだ余力のある仲間が欲しい。


「イリナ先生!!」


「――貴方が指揮しなさい!!」


 こちらの意図を瞬時に察したのか、イリナ先生はすぐに返事をした。


「教師の面目丸つぶれだけど、今は貴方に従った方が勝率は高いわ!!」


「ああ、任せろ!!」


 既に受験生たちの間ではチームワークが成立している。

 なら、イリナ先生を中心に新たな戦略を組み立てるよりも、僕たちの既存の戦略にイリナ先生を加えた方が連携しやすい。


「全員、あの魔物を足止めしてくれ! 隙ができれば、俺とイリナ先生で大技を叩き込む!!」


 そんな僕の指示に、仲間たちは瞬時に応えてくれた。


「《ウィンド・カッター》!!」


「《アース・ニードル》!!」


 エヴァとリズが魔法を発動する。

 風の刃、槌の棘が魔物たちに撃ち出された。


 だがその時、魔物たちの身体に変化が起きる。

 ガシャンという音と共に、魔物たちの背中からビーカーのような透明な筒が出てきた。

 直後、エヴァたちが放った魔法は――光の粒子となって散る。 


「え……?」


「魔法が、効かない……っ!?」


 仲間たちが目を見開いて硬直した。

 光の粒子は魔物たちの背中にある筒の中に吸い込まれていく。


 ――やっぱりこうなるか。


 原作通りなら、これはだ。

 あの機械の魔物には通常の魔法が効かない。僕たちは特定の条件を満たさなければ、この戦いに勝てないようになっている。


 特定の条件……それはある存在に協力してもらうこと。


 ルーク=ヴェンテーマが、この地に眠る風の四大精霊――シルフに力を貸してもらわなければ、この戦いには勝利できない。


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