第17話


 結果だけ見れば、僕は快挙を成し遂げた。

 弱冠十五歳の少年が、Sランクに認定された魔物を倒してみせたのだ。僕はレジェンド・オブ・スピリットの原作や設定資料集を熟知しているつもりだが、これほどの実績を持つ登場人物はこの世界に存在しないはずである。


 しかし、現実には結果だけではなく過程もついてくる。

 僕の心は決して浮かれていなかった。


 今回の騒動で、一つの村が大きな損害を受けた。

 負傷者は約二十人。


 そして死者は――――――一名。


 死んだのは十歳にも満たない少女だったらしい。

 僕がドラゴンと戦っている間に、パニックで暴れている魔物に襲われて、最後は倒壊した建物の下敷きになった。


 だから、村はドラゴンを倒しても重たい雰囲気のままだった。

 誰もが口数を少なくしたまま、最低限の復興作業を始めた。

 その翌日――。


「……まだ、目を覚まさないか」


 静かな部屋でベッドに眠るアニタさんを見る。

 復興作業を手伝いながら偶にこうして様子を確認しに来ているが、アニタさんはまだ目を覚まさなかった。


「ルーク殿」


 村長が部屋に入ってきて、声を掛けられる。

 村長は四十歳くらいの男性だった。村長にしてはまだ若いが、何事も即断即決で進められる行動力が村人たちに認められ、今の地位に就くことになったらしい。実際、復興の指揮を執る彼の手腕は見事なものだった。


「アニタ殿の容体は?」


「回復魔法をかけているが、まだ目を覚まさない。かなり強力な毒をくらったからな」


「……そうか」


 ドラゴンを倒したあと、僕はすぐに洞窟に戻ってアニタさんを探した。

 アニタさんは僕たちが別れた場所で倒れていた。ブレスを正面から受けてしまったせいで移動する力すらなかったのだろう、僕は気絶していたアニタさんをこの村まで運び、療養させてもらうよう頼んだ。


 徹夜で《キュア》を使い続けた結果、当初と比べて顔色はだいぶよくなった。

 呼吸も落ち着いてきている。あと数日もすれば目を覚ますだろう。


「すまない、そろそろ俺は出発する」


 村長に向かって僕は言った。

 本当なら復興をもう少し手伝いたいし、アニタさんにも一言挨拶をしたい。

 しかし入学試験の日が迫っていた。これ以上は村に滞在できそうにない。


「承知した。アニタ殿は我々が責任をもって看病しよう」


「頼む。本当はもう少し復興を手伝いたいところだが……」


「君はもう十分手伝ってくれたさ」


 村長が微笑する。


「ありがとう。ルーク殿のおかげで私たちは助かった」


「……だが俺は、一人死なせてしまった」


「君がいなければ皆死んでいた」


 村長は真剣な面持ちで告げた。


「どうか胸を張ってくれ。君はこの村の英雄だ。きっと、死んでしまったあの子も……君が塞ぎ込む姿は見たくないだろう」


 僕を慰めるためだけの言葉でないのは明らかだった。

 復興作業を手伝っている時も、僕は周りの村人たちの様子を窺っていた。しかし彼らも村長と同様、心の底から僕とアニタさんに感謝しているようだった。

 吐き出したい感情を必死に堪えて、僕は村長を見る。


「死んでしまった子の名前を教えてくれ」


 村長は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに答えた。


「フィナだ。フィナ=ハウルト」


「フィナ=ハウルトか。その名は生涯忘れない」


「……君は強いな」


 静かに、小さく村長は息を吐いた。


「また村に来てくれ。いつでも歓迎する」


 村長と握手を交わす。

 小屋を出て、僕は街道の方へ向かった。


「お兄ちゃん!」


 活発そうな少年に声を掛けられる。

 復興を手伝っていたのだろう。顔や服に汚れをつけた少年は、僕に向かって涙ぐみながら――。


「お母さんを助けてくれて、ありがとう!!」


 ……ああ、そうか。

 この少年は、瓦礫に足を挟めて動けなくなっていた女性の息子なのだろう。髪の色と顔立ちがよく似ていた。


 少年の感謝を受け取って、僕は村を出た。

 ドラゴンが暴れたことで辺りには魔物の気配もない。

 周りに人がいないことを確認してから、僕は――――慟哭した。


「う、あぁああぁぁぁ……あぁああぁぁぁぁああッ!!」


 死んだ。

 一人、死なせてしまった。


 僕は絶対に犠牲者を出してはならなかった。既に一度、大切な人を死なせてしまっているというのに……ただでさえ本物のルークと乖離しているというのに、僕はまたルークらしくない失敗をしてしまった。


 何が英雄だ……ッ!

 本当に英雄なら、誰も死なせることはない。


「くそ、くそ、くそぉぉぉおぉぉぉぉぉッ!!」


 この身を罰したくて、僕は地面に頭を叩き付けた。

 額から垂れた血が地面を赤く染める。


『お、落ち着くのじゃ! お主はよくやってる! よくやってるではないか!!』


 サラマンダーが動揺した様子で言った。


『確かに、大喜びできる結果ではないかもしれん! じゃがお主は、ネームドのドラゴンを討ち、その更に上位となるドラゴンまで倒してみせたッ!! ――S級の魔物を二体も倒してみせたんじゃぞっ!? 信じられんほどの快挙じゃ!! まさに英雄そのものじゃ! お主がそこまで自分を責める理由などないッ!!』


 サラマンダーは優しい。だからいつだって僕を慰める言葉をくれる。

 でも、僕はその優しさに揺らいではならない。

 自分を責める理由がないだって……?


「そんなわけないだろッ!」


 僕は怒りのままに叫ぶ。


「僕のせいで人が死んだんだ! 僕が弱かったせいで守り切れなかったんだ! ――あのドラゴンだって、僕が村まで連れてきたようなものだ!!」


『そ、そんなわけあるかッ!!』


 サラマンダーが大きな声で告げた。


『ルーク、よく聞け!! お主がいなければアニタは死んでおった!! この村だって滅んでおった!! お主が被害を最小限に留めたのじゃ!』


「そんな、ことは――」


『もし妾たちがドラゴンを放置していれば、きっとドラゴンはあの村を滅ぼしていたのじゃ!! 現に妾たちが最初に倒したドラゴンは、近隣の村をまとめて滅ぼしたんじゃろう!? 妾たちがドラゴンと戦ったのは絶対に間違いではない!!』


 サラマンダーの主張は一理あると思う。

 でも、納得できない。


「それでも……僕は、ルークなんだ……ッ!!」


 魂が叫んでいる。

 こんな現実、俺は認めないと――僕の中にいるルークが告げる。


「ルークなら誰も死なせない!! ルークなら誰も悲しませないッ!! ルークはいつだって完璧じゃなきゃ駄目なんだ! そこにいるだけで皆が安心できるような、最強の男じゃないと駄目なんだッ!!」


 額を地面に打ち付ける。

 血と涙が止めどなく流れ出た。


『お、お主は一体、何を目指しておるんじゃ……。そんな荒唐無稽なものを、英雄だと思っておるのか……? だとしたら、お主の生き方はあまりにも酷な……っ』


 精一杯やっているつもりだったのに、それでもまだ足りなかった。

 僕は一体どうすればいいんだ……?

 誰か……誰でもいいから教えてくれ……。


「ルーク君」


 その時、僕を呼ぶ声がした。

 振り返ると、そこにはアニタさんがいた。


 ――見られた。


 ルークは弱音なんて吐かない。

 いつだって皆を引っ張る熱い男なのに――見られてしまった。


 すぐに平静を装う。

 彼女の前では、僕は常にルークでなくてはならない。


「よお、アニタ。怪我はもう治ったのか――――」


 僕の言葉を無視して、アニタさんは僕の身体を抱き締めた。

 優しくて、暖かい。でも、ルークがこんなものを求めちゃいけない。

 なのに何故か……僕はアニタさんから離れることができなかった。


「……ルーク君も、そんなふうに悲しむことがあるんだね」


「ちが……これは、そんなんじゃなくて……っ」


「いいと思うよ、悲しんでも」


 ポタリ、と僕の肩に何かが垂れる。

 それはアニタさんの涙だった。


「こうやって、一緒に涙を流すのも……きっと大切だよ」


 アニタさんも泣いていた。

 僕と同じように、自分を責めていた。


「ごめんね、間に合わなくて……私が、先にやられたから……っ」


「ち、がう……俺が、弱かったから……っ」


 どうしても涙が止められない。

 僕の中にいるルークが、静かに霞んでいく。

 駄目だと分かっているのに……僕はアニタさんの胸の中で泣き続けた。




 ――後に思い出す。


 この事件は、レジェンド・オブ・スピリットの設定資料集にたったの一文だけ記載されていた、アニタさんがトラウマとして抱えている過去だった。


 原作のアニタさんは単身でポイズン・ドラゴンに挑み、その結果、ドラゴンを仕留めきれずに一つの村が丸ごと滅ぼされてしまう。アニタさんはそんな過去をトラウマとして背負って生き、やがて学園を卒業したルークと出会うはずだった。


 どうりで僕があの村のことを知らないわけだ。

 あの村は、原作では滅んでいて登場しないのだ。


 サラマンダーの言う通り、僕がいなければ村の被害はもっと甚大になっていたらしい。僕がいたおかげで村は滅びなかったというのは確かに事実ではあるだろう。


 でも、だから何だと言うのだ。


 もしも原作のルークがこの事件に遭遇していたなら、きっと一人も犠牲者を出すことなく村を救ってみせたのだ。


 完全無欠にして最強の主人公――ルーク=ヴェンテーマ。

 僕は彼にならなくてはならない。


 僕はまだ弱い。

 アニタさんと共に泣きながら、何度もそう思った。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


一章終了です。ここまでお読みいただきありがとうございます。

すぐに二章へ入ります。


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