第16話


「きゃああぁああああああぁぁあああああっ!?」


「ド、ドラゴンだぁあぁああぁぁぁあぁあッ!?」


 村人たちはパニックを起こしていた。

 無理もない。寸前まで平和だったはずの村に、突如として最大級の災厄が現れたのだから。


 ドラゴンの危険性は、この世界に生きる者なら誰でも知っている。

 だからこそ村人たちは正気を失って各々が我先にと逃げ出した。


「ばらけるなッ!! 全員で街道の方へ逃げろ!」


 声を張り上げる。

 その直後、予想していた厄介な展開が訪れた。


『いかん! 他の魔物も出てきたのじゃッ!!』


「っ!? くそ――ッ!!」


 パニックになっているのは人間だけじゃないということだ。

 辺りに棲息していた魔物も、ドラゴンが現れたことで混乱して表に出てきた。茂みに隠れていたエッジ・ラビット、昼寝していたレッド・ベアが、自分たちの前に現れた村人を敵とみなして襲い掛かる。


「《ブレイズ・アルマ》ッ!!」


 炎の鎧を纏った僕は、魔物に襲われている村人を抱えて街道まで移動した。


「早く逃げろッ!!」


「あ、ありがとう、ございます……」


 村人は礼をしてからすぐに走り出した。


『ルーク!!』


 サラマンダーが叫ぶ。

 次の瞬間、僕の身体は宙へと弾き飛ばされていた。


「が、は…………ッ!?」


 ドラゴンの体当たりを受けたらしい。

 あまりの激痛に一瞬気を失いそうになる。受け身をとることもできず、地面を激しく転がった僕は血反吐を吐いた。


 ……問題ない。


 まだ戦える。

 何のために回復魔法を覚えたと思っているんだ。


「……《キュア》」


 速やかに負傷を治し、冷静な思考を取り戻す。

 パニックになった魔物を片っ端から倒してもキリがない。やはりこのドラゴンを倒すことが先決だ。


「き、君っ!」


 背後から誰かが駆け寄ってくる。

 振り返ると、二人の男が焦った顔つきでこちらに近づいていた。


「私たちは冒険者だ! 手伝うぞ!」


「駄目だ! アンタたちじゃ――」


 力にならない!

 僕がそう言うよりも早く、冒険者を名乗った男はドラゴンの魔力に気圧された。


「あ、ぁ……っ」


「危ない!!」


 頭上からドラゴンの尻尾が迫る。

 このままじゃ冒険者たちが巻き添えをくらうと判断し、剣を盾にして正面から尻尾を弾き返した。


「な、なんだ、あれは……化け物か……ッ!?」


 冒険者たちは先程までの戦意を完全に失っていた。

 僕やアニタさんは平気だったが、あのドラゴンは濃密で禍々しい魔力を宿している。常人なら近づくだけでも精神が壊れそうになるだろう。


 それに、多分このドラゴンはアニタさんと一緒に倒した親個体よりも強い。身体の大きさは親よりも一回り小さいが、餓えていないため動作が力強く、洞窟の天井を崩した時のブレスも凄まじい威力だった。


「冒険者は他の魔物を倒してくれ!!」


「だ、だが、ドラゴンはどうする……!?」


「俺が倒すッ!!」


 冒険者が目を見開く。


「無理だ、君一人で!!」


「俺を信じてくれ!!」


 僕は大きな声で堂々と告げた。


「俺は、ルーク=ヴェンテーマ! 誰よりも強い男だ!!」


 この場にいる誰よりも力強い存在感を、僕は出す。出してみせる。

 ひょっとしたらそれは無意識に自分へ言い聞かせていたのかもしれない。それでも、僕の言葉は確かに届いたのか――。


「……ッ!! 分かった、そっちは任せるぞ……!!」


 冒険者たちが首を縦に振り、魔物たちへの対処にあたる。

 問題は、ドラゴンが僕以外の村人を標的に定めないかだが……その不安は杞憂に終わる。

 ドラゴンは、真っ直ぐ僕だけを見据えていた。


(……そうだよな)


 お前にとって僕は親殺し。

 ドラゴンからしたら、この村へ来たのは逃げたというより洞窟が手狭で戦いにくかったからだろう。最初から僕を見逃す気はない。


(サラマンダー、ここからは《ブレイズ・アルマ》を常時展開で)


『承知したのじゃ!!』


 全身を炎が包む。


「グルゥォォオォォオォオォォォォオオォオォ――ッッ!!」


 ドラゴンが噛みついてきた。

 間一髪でその攻撃を避けると、今度は身体を回転させて尻尾の薙ぎ払いを繰り出してくる。剣を縦に構え、尻尾を刀身で受け止めながらドラゴンと距離をとった。


 一撃が致命傷になるほどの威力だ。

 ルークが死んだら、この世界は滅んでしまうという恐怖が蘇る。

 だが、ルークなら絶対にこのドラゴンから逃げないだろうという確信がある。


 恐怖を生み出すのがルークなら、勇気を与えてくれるのもルークだった。

 今は――後者が勝る。


「おぉおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉ――ッ!!」


 視界から余計な情報が消える。

 魔物、人、植物、虫、それらが見えなくなってドラゴンだけを認識している状態になった。


 この絶望的な状況に、ルークの才能が新たな力を与えてくれた。

 極限の集中力。――ドラゴンとは関係のない不要な情報が消え、逆に戦うために必要な情報だけが脳内で拡大されていく。


 世界がモノクロに染まった。

 その中で唯一ドラゴンのことだけははっきり見える。怒りに染まった目の色も、喉の奥でグルグルと響く唸り声も、今の僕は鮮明に認識できた。


 お前ならやれる。

 僕の中のルークが、そう言っているような気がした。


「《ブレイズ・ストライク》ッ!!」


 炎の閃光がドラゴンの身体に直撃した。

 効いているかは分からない。だが膂力に差がありすぎて接近戦はリスクが高い。このヒットアンドアウェイを基本戦術とするしかない。


(サラマンダー! 身体強化にもっと魔力を込められるか!?)


『し、しかしこれ以上はお主の身体に負担が……ッ!!』


(構わない!!)


 サラマンダーはまだ躊躇っているようだったが、次の瞬間、《ブレイズ・アルマ》の効果が一段階向上したことを実感した。立っているだけで肉体が軋む。今の僕が手を出してはいけない力なのは明白だった。


『突進してくるのじゃ!!』


 すぐに僕は二発目の《ブレイズ・ストライク》を放つ。

 しかしドラゴンの勢いが衰えることはない。急いで真横へ飛び退く。


「ぎ……ッ!?」


 全速力に身体が耐え切れず、つま先の骨が砕けた。

 瞬時に《キュア》で治療する。


 痛い。でも我慢できる。

 たとえ肉が千切れても、骨が砕けても、絶対に足を止めない。痛みさえ堪えることができれば回復魔法で即座に治療できる。


(痛みも……邪魔だ!!)


 心の中で唱えた瞬間、不思議と痛みが消えたような気がした。

 ルークの才能が僕の意思に応えてくれたのか……これで存分に無茶ができる。


 肉体の損傷を度外視すれば、ドラゴンとの接近戦も可能だった。

 研ぎ澄まされた集中力が、ドラゴンの鱗に隙間があることを見抜く。攻撃を捌く際にその隙間へ剣を突き刺して、次々と鱗を剥がしていった。


 まるで針の穴に糸を通すかのような繊細な作業の連続。大地が揺れ、砂塵が舞い上がるこの激しい攻防の中で、僕は少しずつドラゴンの喉元に迫った。

 だが、その時――。


「誰か……助けて……っ!!」


 目の前のドラゴンに極限まで集中しなければならない状況で、その声が聞こえたのは、きっとルークにとって困っている人を助けることは何より大事だからだろう。


 声がした方を見れば、崩れた建物の瓦礫に足を挟んでしまい、身動きできない女性がいた。

 そんな彼女に熊の魔物、レッド・ベアが近づいている。


「ッ!!」


 冒険者たちは他の魔物の対処で間に合いそうにない。

 僕は一瞬で彼女のもとへ駆け寄り、傍にいた魔物を斬った。


 少し遅れて冒険者がやって来る。

 だが同時に、ドラゴンもこちらへ接近していた。


「少年、すまない……!!」


「俺が時間を稼ぐ!! 早くその人を連れて逃げろッ!!」


 ドラゴンは容赦なく僕に襲い掛かった。

 ここで僕がやられたら、目の前にいる冒険者たちもまとめてやられる。

 なんとしても、倒れるわけにはいかない――。


(守れ……!! 何があっても守れ!!)


 ドラゴンの殺意が全身にのし掛かった。

 それでも僕は前を向く。


(今度こそ――僕はルークの意志を継いでみせるッ!!)


 アイシャは守れなかった。

 だから、次こそは――絶対に守る!!


『荒れ狂う炎よ!!』


「邪悪を切り裂く刃と化せッ!!」


 力強く握る剣に、炎が迸る。


「――《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 炎の斬撃がドラゴンの突進を止めた。

 高熱の爆風が吹き荒れ、全身の肌が焼けるような痛みを覚える。


(まだ術を止めるなッ!!)


『っ!! 分かったのじゃ!!』


 ドラゴンの猛攻は止まっていなかった。

 だから僕も、炎の剣で斬り続ける。


「うおぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉおおぉぉ――ッ!!」


 爪を、翼を、尻尾を、ありとあらゆるドラゴンの攻撃を斬って凌ぐ。

 腕が折れた――《キュア》。

 関節が外れた――《キュア》。

 絶え間なく攻撃と回復を繰り返す。

 紅蓮の斬撃が幾つも重なっていくその様は、まるで炎の嵐だった。


「す、凄い……」


「信じられん……彼は一体、何者だ……っ!?」


 後方から冒険者たちの声が聞こえた。

 炎が迸り、ドラゴンの爪を力強く弾き返す。


 《ブレイズ・エッジ》――十連刃。


 ドラゴンの巨躯が大きくよろめいた。

 今の僕ではこれ以上の連発はできない。魔力ではなく体力が限界だ。


 だというのに、ドラゴンは……退かない。

 全身に斬撃の跡を刻み、よろけながらも、ドラゴンはこちらを鋭く睨んでいた。


『ブレスじゃっ!!』


 ドラゴンの口腔が輝く。

 毒の砲撃が来る――こればかりは避けなければならない。

 だが、避ければ後ろにいる冒険者たちにあたってしまう。


 ――できるはずだ。


 剣の天才であるルークなら、この程度どうにかしてみせるに違いない。

 そうだろう、ルーク?

 お前はこのくらいじゃ絶望しないはずだッ!!


 至近距離で毒の砲撃が放たれた。僕の身体に触れるまでコンマ一秒もない。

 だが僕は最後まで焦ることなく、迫り来る砲撃に刀身を合わせ、横に薙ぐことで


『な、んと……ッ!?』


 サラマンダーが驚愕の声を漏らした。

 自分自身ですら驚くほどの神業だ。

 刹那、僕はありったけの魔力を練り上げる。


「サラマンダァアァアアァァアァアアァ――ッ!!」


 高い威力のブレスを放った反動で、ドラゴンは硬直していた。

 窮地を脱した直後の、絶好のチャンス。

 今ここで、決めるしかない――ッ!!


『絢爛なる烈火よ!!』


「遍く災禍を斬り伏せろッ!!」


 それは、最初に覚えた精霊術《ブレイズ・エッジ》の上位互換。

 刀身を包む炎が真っ直ぐ伸びて、巨大な炎の剣と化す。




「《ブレイズ・セイバー》ァアアァアァァアァァ――ッッ!!」




 炎の大剣が、ポイズン・ドラゴンの身体を両断した。

 


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