二章 特級クラスの入学試験

第18話


 一頻り泣き続けた僕たちは、その後、お互いに次の目的地へ向かうことにした。

 僕は王都へ、アニタさんは外国に用事があるらしいので港町へ。それぞれ異なる方角へ向かわなくてはならないので、僕たちはここでお別れだ。


「弱音が吐きたくなったら、いつでも私を呼んでね。いくらでも胸を貸すからさ」


 アニタさんが慈愛に満ちた顔で僕に言った。

 しかし僕は首を横に振る。


「弱音なんて吐かないさ」


 僕は、慈愛に満ちた目で見られてはならないのだ。

 何故なら――――。


「俺はルーク=ヴェンテーマ。いずれ英雄になる、誰よりも熱い男だぜ」


「……そっか。なら大丈夫だね」


 アニタさんは優しく笑った。

 慈愛は受け取らない。ルーク=ヴェンテーマは強くて堂々とした男でなくてはならないのだ。人から心配されるようでは、僕はルークになれない。


「じゃあ餞別に、これをあげる」


 そう言ってアニタさんは、小さな革袋を取り出した。


「これは……金か?」


「うん。王都の宿代にでも使ってちょうだい」


 アニタさんがお金に余裕があることは以前にも聞いている。

 僕はお言葉に甘えることにして、貨幣の入った袋を受け取った。


「あと、もう一つあげるね」


 もう一つ? と首を傾げる。

 その直後、額に柔らかい感触がした。

 目と鼻の先にアニタさんの顔がある。何をされたのかすぐに察した僕は、思わず後退った。


「な、なにを……っ」


「あはは! 大人ぶりたいなら、今後はこういうことにも気をつけないとね~」


 人の悪い笑みを浮かべて、アニタさんは踵を返した。

 ひらひらを手を振りながら去って行く彼女の背中を、僕は複雑な心境で見送る。


(……僕も、出発しよう)


 街道を真っ直ぐ進めば王都に到着する。

 アニタさんと別れた僕は、振り返ることなく王都へ向かった。




 ◆




 原作と違って馬を持っていない僕は、身体能力を強化する精霊術《ブレイズ・アルマ》を発動し、高速で走って移動していた。


 定期的に《バイタル・ヒール》で体力を回復させつつ、半日ほど走り続けた頃。僕は目的地である王都に到着する。


『ふおぉぉ……文明の進化を感じるのじゃ……!!』


 夕焼けに染まる街並みを眺めて、サラマンダーが感動していた。

 かくいう僕も感動している。この王都はレジェンド・オブ・スピリットの学生編の主な舞台……ゲームの一ファンとして胸が躍る光景だ。

 だが同時に、寂しさも感じる。


(……本当はここに、アイシャもいたんだ)


 原作ではここで、ルークとアイシャが王都の街並みに対して色々コメントする。美味しそうなパン屋さんがあるとか、もしもここで家を買うとしたらあんな見た目がいいいとか……時には甘酸っぱい青春を感じさせるようなやり取りもあった。


 けれど、もうその可能性は失われてしまった。

 今のルークは王都に到着しても話し相手がいない。

 そんなことを思いながら、パン屋の前を通ると――。


『ルーク! あのパン、うまそうなのじゃっ!!』


 サラマンダーがそんなことを言う。

 こんな偶然あるのだろうか……それは原作でアイシャが言う台詞と同じだった。


「……そうだね。今度寄ってみようか」


『む~、今は駄目なのじゃ?』


「時間が遅いから、先に宿を取ろう」


 今の僕にも話し相手はいる。

 その事実に微かな罪悪感……そして暖かさを感じ、僕は石畳を歩いた。


『入学試験は明日からじゃったか』


「そうだね。明日から五日間続く予定だ」


 試験は三つに分かれている。

 一次試験は筆記試験。つまりペーパーテストだ。

 二次試験は面接。学園の教師から色んな質問をされ、それに答える。

 そして最終試験は、生徒の実力を測るものとなる。


 最終試験の全貌はまだ受験生に知らされておらず、当日に発表される手筈となっている。しかし去年も一昨年もその内容は受験生同士の模擬戦だったため、今年もそうなるのではないか……という推測が受験生たちの間では飛び交っていた。


 しかしルークを含む、一部のは異なる試験を受けることになる。

 シグルス王立魔法学園には特別なクラスがある。そのクラスに入るための特別な試験を受けることになるのだ。


『アニタから餞別も貰ったし、いい部屋に泊まるのじゃぞ!!』


「餞別……」


 僕はアニタさんから別れ際にされたことを思い出した。

 ルークならああいうことをされても堂々としているのに、僕は思い出すだけでも動揺してしまう。


『……ルークはスケベなのじゃ』


「スケ……っ!? だ、だって、仕方ないだろ、あんな急に……っ!!」


『でも嬉しそうだったのじゃ』


 サラマンダーはどこか不機嫌そうに言う。


『最近、妾たちの結びつきが強くなったからか、ルークの考えていることが少しずつ分かるようになってきたのじゃ。……アニタに口づけされた時、お主が喜んでおったことを妾は知っておるぞ』


 僕の心が読めるようになってきたらしい。

 人と精霊の間には親密度というパラメーターが存在する。この数値が向上すればするほど、両者は以心伝心の仲となるわけだが……おかしい、いつの間にそんなに親密度が高くなっていたんだ……。


『ふん……妾だって、その気になれば……』


 サラマンダーはブツブツと何かを呟いていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


本日はあと2話更新します。

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