第37話 姉妹喧嘩のその後は……

 自分が洞察力や注意力に優れている人間だと思った事はない。

 だけど、昔から虐げられてきた環境によるものか……相手の感情に関しては敏感に察知出来るようになったと思う。


「お兄さん……?」


 だからこそ、分かる。

 今、この目の前にいるのは……確実にメルディ本人であると。


「くっ……!!」


 しかし、これは確実に魔女の仕掛けた罠だ。

 メルディの意識を表に出す事で、俺の攻撃を逃れようとしているのだろう。


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ブレてはいけない。惑わされてはいけない。

 ここで魔女を仕留めなければ、罪の無い多くの人間が殺される事になる。

 メルディの体で、そんな真似を許してなるものか。


『だめぇっ!!』


「っ!?」


 俺がメルディの頭上に振り下ろそうとしたルディスは、ギリギリのところで横に逸れてしまう。

 ルディスが俺の動きに対して、強引に逆らったせいだ。


「ルディス!? 邪魔を……!!」


『何やってるのよ担い手!? これはメルディでしょ!』


「分かってる!! だとしても! ここで倒さなければいけないんだ!!」


「そんなの嫌よっ!!」


 ボフンッと、少女の姿に変化したルディスが俺にしがみついてくる。

 その目には大量の涙が浮かんでいた。

 

「……クハッ! クハハハハハハハハハッ!!」


「「!!」」


「馬鹿め!! 最大のチャンスを逃したな!」


 メルディに戻っていたのは、ほんの僅かな時間。

 魔女は再び表に出てくると、高笑いしながら空へと舞い上がる。


「ルディス!! アックスに戻ってくれ!!」


「ア、アタシ……アタシは……」


 へなへなと、その場に崩れ落ちるルディス。

 駄目だ。今の彼女のメンタル状態では、アックス化させられない。


「逃がすかっ!!」


 俺は全速力で助走してから、空へと跳躍する。

 ここでアイツを逃がすわけにはいかない……!!


「おおっと、危ない。武器があれば、仕留められていたかもしれん」


 俺の伸ばした手は、魔女の足元をわずかに掠めただけ。

 さらに高く空に舞い上がった魔女は、真円を描きつつある月を背後にして……不敵な笑みを浮かべる。


「お主との決着は……満月の晩に取っておこう。妾が真の姿を取り戻した後にな」


「待てっ!!」


「ハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 ズリュンッ。

 まるで宵闇の中に溶け込むかのように、黒いオーラに包まれた魔女は姿を消す。

 それと同時に、魔女から発せられていた嫌な気配やプレッシャーも消失。

 どうやら、完全に逃げられてしまったようだ。


「…………くそっ!!」


 高い跳躍を終えて、地面に着地する。

奴はまだ遠くには逃げていないだろうから、まずは砦のカルチュアに報告。

兵士達を総動員して周囲の捜索をしなければ。

 俺がそう考えていると……


「ルディス!!」


 パァァァンッ!!

 肉を激しく叩く音が、夜闇の静寂の中で響き渡る。


「あっ……う」


 振り返るとそこには、涙目で頬を抑えるルディスと……怒りの表情を浮かべながら、肩で息をするピィの姿があった。


「貴方はさっき、何をしましたか?」


「うっ……うぇ……」


「何をしたかと聞いているんですよ!!」


 膝を突いていたルディスの胸ぐらを掴み上げ、右手を振り上げるピィ。

 俺は慌てて彼女達の傍に近寄ると、ピィの腕を掴む。


「ピィ!! もういい!!」


「ですが!! ルディスはマスターに逆らいました!!」


「うぇぇぇぇぇぇぇっ!! だっでぇぇぇぇぇぇぇっ!」


「泣けば済むと思っているんですか!?」


「やめろって!!」


 俺は2人を強引に引き剥がす。

 しかし、ピィの怒りはまだ収まらないようで。


「ルディス……! アナタはマスターの武器として失格です!! こんなにも大事な時に、自分の役目を放棄するなんて……!!」


「ひっく、ぐすっ、う、うぁぁぁぁぁっ……」


「ピィ、ルディスの気持ちも分かってやれ。むしろ、謝るべきなのは俺の方だ」


 泣きじゃくるルディスの背中を摩りながら、俺は彼女の涙を拭う。


「悪かった。つい少し前で仲良くしていた相手を、自分の刃で殺すなんて……辛くないわけが無いよな」


「ごべんなざい、ごべんなざぁい……すてないで……すてないでください……」


「捨てるわけがないだろ。俺の武器は生涯、お前だけだよ」


「ぐすっ……うぇっ、ひっく、うぅぅぅぅぅっ」


「マスター……」


 ルディスを慰める俺を、複雑そうな顔で見つめるピィ。

 俺は立ち上がると、そんなピィの頭を軽く撫でる。


「その話は後だ。今は急いで、カルチュアに報告しないとな」


「……はい」


「それとピィ。俺はお前が大好きだぞ」


「ふぇ……!?」


「絶対に嫌いになんかならない。だから、落ち込んだ顔はするな」


「マスター……」


 とてとてとて、ぎゅっ。

 俺に抱きついてくるピィ。


「ふぐっ、ふぐぅぅぅぅ……まずだぁ……」


 そう。この子だって本当は辛いんだ。

 メルディを死なせたくない。

 でも、俺の為にこうして心を鬼にして気丈に振る舞っている。

 まだまだピィもルディスも、精神面は子供だというのに。


「……あのクソ魔女。絶対に許せねぇ」


 メルディの体を乗っ取り、あんな汚い真似をしただけではなく。

 俺の可愛いピィとルディスを泣かせやがって……


「……殺す」


※ 後で殺す者リストに『吸星の魔女』が追加されました



【草原の砦】


 俺達が草原から砦に戻ってきた瞬間。

 タイミング良く、鎧に身を包んだカルチュアが門から出てきた。


「リュート!! 先程の禍々しい気配は……まさか!?」


 流石はカルチュア。

 どうやら、魔女の気配をすでに感じ取っていたようだ。


「……ああ、全て話すよ」


 そして俺はカルチュアに全てを話す。

 メルディが自らの意思で、魔女に体を明け渡す事を決意した。

 魔女と交戦したが、卑劣な手段で逃げられてしまった事を。


「そうか……それは辛かったな。ピィとルディスも、よく頑張った」


 話を聞いたカルチュアは、優しげな表情で呟く。

 どう考えても、一番辛いのは彼女であるはずなのに。


「すぐに兵達に命じて、捜索に当たらせよう。リュート達はしばらく、休むといい」


「そういうわけにはいかない。早く見付けて倒さないと、精気を吸われる犠牲者が……」


「いや、その心配は要らないだろう」


「どうしてだ?」


「魔女は貴様に、依代の体はいつでも奪えると言ったらしいが……恐らくそれは嘘だ。だからこそメルディの心を揺さぶり、自らの体を引き渡すように仕向けた」


 たしかに、いつでも体を奪えるというのなら、俺とカルチュアの会話をわざわざメルディに話す意味は無い。


「奴の復活は不完全だ。だからこそ、未だにメルディの意識が残っているし……吸精の力も使わなかったのだろうな」


「あ、そういえば……一度もそれ系の力を使わなかったな」


「それに、マスターとの決着は満月の晩にするって言っていましたね」


「きっと奴は満月の晩まで、吸精の力を扱えないんだ。だとすれば、それまでの間に奴を見つけ出して……今度こそ、メルディの魂を救済してやる」


「ああ、任せてくれ」


 元はと言えば、俺が最初にためらったのがいけなかった。

 たとえメルディの意識が出てこようとも、問答無用で仕留めてさえいれば……


「とにかく貴様達は疲れを癒やしておけ」


「まだ体力は……」


「精神的な疲れも、だ。貴様は平気でも……そちらは休息が必要じゃないのか?」


「……すまん。言葉に甘える」


 落ち着け、俺。カルチュアの言う通りだ。

 ここは一度、ピィ達のケアをしないと……


「マスター……」


「行こう、ピィ。今夜はゆっくり休もう」


「はい」


「ルディスも、いいな?」


『……うん』


 俺はピィの手を引いて、砦の中へと戻る。

 その途中、ピィは俺の顔を見上げながら……口を開いた。


「あの、マスター」


「うん?」


「……今夜は、ルディスと2人きりで寝てもいいですか?」


『!!』


「……喧嘩はしないか?」


「それは……お約束は、出来ません。でも、ちゃんと話し合いたくて」


 俺の手を強く握りしめながら、真剣な顔で訴えてくるピィ。

 さて、これはどうするべきか。


「ルディスは、嫌じゃないか?」


『アタシは……別に、どっちでもいいけど』


「……そうか。ピィ、ルディスもいいと言ってるし、構わないぞ」


「ありがとうございます」


「じゃあ、俺は別の部屋を用意してもらうから。今夜は2人で過ごすといい」


 ボフンッ。

 少女化したルディスが、俺の背中からスルスルと降りていく。

 

「「…………」」


 目を合わせないピィとルディス。

 果たして、本当に2人きりにしてもいいのだろうか?



【ピィとルディスの部屋】



「……ルディス」


「ピィ……」


 流斗不在の一室で、同じベッドに寝転がる2人の美少女。

 白髪赤メッシュのピィと、黒髪赤メッシュのルディス。

 対象的な髪色、タイプの違う性格でいがみ合いつつも……姉妹のような絆を紡いできた彼女達にとっては初めてのガチ喧嘩中。


「「……」」


 お互いに、お互いの主張が正しい事は理解している。

 メルディを殺したくなかったルディス。

 流斗の所有物として相応しい振る舞いを求めるピィ。

 どちらの考えにも共感出来るゆえに、どう話を切り出すべきか悩んでしまう。


「「あの」」


「「!!」」


「「じゃあ……」」


「「ああもうっ!!」


 下手に息が合ってしまったせいで、気まずい空気が流れる。


「「(自分が先に謝りたいのに)」」


 寝転がったまま、顔を見合わせて。

 相手の瞳を見つめながら……彼女達は考える。

 どうすれば、相手を黙らせられる?

 ああ、すっごく目が綺麗だなぁ……唇も艷やかで。

 あれ? この子、こんなに可愛くて綺麗だったっけ……?


「「……」」


 じり……

 じりじりじり……


「「……」」


 近付いていく2人の顔。

 互いの吐息が感じられるほどの距離になったところで……


「ごめんね」


「ごめんなさい」


「ちゅー」


「んっ……ちゅっ」


 どちらからともなく、彼女達は仲直りのちゅーを交わすのだった。








【次回予告】

・美少女百合? いいえ、ハーレムちゅっちゅです













【吸精の魔女がちゅっちゅパワーで最強になった流斗ファミリーにボコボコにされて、未来永劫苦しみ抜く生き地獄に叩き落された後に……なんやかんやでご都合復活したメルディとカルチュアとインポティアがロリ化して流斗ハーレムに参戦する展開まで残り?話】




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