第35話 それじゃあ、バイバイ

【草原の砦】


 知識の街リガインの大図書館で、吸精の魔女に関する書物を全て借りて。

 俺達は草原の砦へと戻ってきた。


「うゅ……」


「ふわぁぁ……」


 あれだけ大図書館で寝ていたというのに、まだ眠り足りないのか。

 クインの上で、前から俺にしがみつくピィと、後ろから腰に手を回しているルディスはうつらうつらとしている。

 

「お兄さん、ロリロリサンドイッチっすねー。世界中のロリコンが羨ましがるっすよー」


「仮にそうだとしても、この子達は俺のモノだ。誰にも渡さないよ」


「ひゅーっ! カルチュア、聞いたっすか?」


「ああ、嫉妬のあまりおかしくなりそうだ。我もロリになれば、リュートは可愛がってくれるのだろうか」


「いや、俺は別にロリコンじゃないって」


「「……」」


「なんだその疑惑の目!?」


 そんな会話を繰り広げながら、砦の門をくぐって中へ。

 クインとディープの2頭を兵士に託した後は、寝ぼけ眼のピィ達の手を引く。


「「ねみゅぃ……」」


「ほら、もうちょっとでベッドだぞ」


 俺は右手と左手でそれぞれ、ピィ達をひょいっと抱え上げる。

 【力】のステータスを上げておくと、本当に便利だな。


「リュート」


「ん? どうした?」


「……今夜は部屋で1人、借りてきた本に目を通したい。夕食や入浴は貴様達で好きに済ませてくれ」


 大図書館から借りてきた本を入れた袋を見せながら、カルチュアがそう言う。

 本を読むというのは建前で、きっと例のアイデア(メルディを仮死にし、他の誰かに紋章を移す)を実行するかどうかを考えるつもりだろう。


「ああ、分かった」


「えー!? 今夜こそはカルチュアの体をゴシゴシしたかったんすよー?」


「そう言うな。まだまだ機会はあるんだ」


「……にゃはっ、それもそうっすね」


 ぶぅーっと頬を膨らませていたメルディだったが、急にしおらしい顔になる。

 それから、カルチュアに近寄ると……彼女をぎゅっと抱きしめた。


「なっ!?」


「カルチュア。君は王女なのに、こんなボクにゃんの友達でいてくれて……本当に感謝しているっすよ」


「メルディ……」


「にゃはははっ! なーんて、こんなのはガラじゃないっすよね!」


 パッとカルチュアから手を離したメルディは、両手を頭の後ろで組んで歩き出す。

 そんな彼女の背中を見つめて、カルチュアは悔しげに唇の下を噛む。


「……カルチュア」


「何も言うな、リュート。頼む、今は……何も言わないでくれ」


 涙混じりの震えた声で、小さく言葉を紡ぐカルチュア。

 俺は無言で頷くと、ピィ達を抱えたままメルディの後を追うのだった。



【数時間後】



 砦に戻ってから、胸に抱える悩みのせいで元気を失くしたカルチュアとは裏腹に。

 メルディの元気は凄まじいほどにビッグバンアタックしていた。


「にゃっはっはっはー!! ご馳走ぜぇーんぶ頂きっすよー!!」


「あああああっ! 私の骨付き肉がぁぁぁぁぁぁっ!」


「このミートボールパスタはアタシのものなのにぃぃぃぃっ!」


 夕食の時は、砦内の食料全てを食い尽くすんじゃないかという勢いでバクバク。

 そして続く入浴時間では。


「ひゃっほぉぉぉぉぉっ! 石鹸でスベスベヒップカーリングっすー!!」


「す、すごい……! 石鹸を塗ったお尻で、これほどまでの動きを!!」


「滑るのはいいけど、股を開くんじゃないわよ!! 丸見えじゃない!!」


「にゃーん! 尻尾でちゃーんとガードするっすよー!」


「よーし、私も……負けていられません!! 行きますよルディス!!」


「いや、アタシは負けでいいわ。アホらしい」


 よく分からない遊びで大いに盛り上がったようで。

 入浴開始から上がる時まで、ずっと女湯からは笑い声が絶えなかった。


「ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……にゃふー! 大満足っすー」


 風呂上がり。

 牛乳の瓶を一気飲みしたメルディは、それはもう幸せそうな顔をしていた。


「どうしたんだ急に? 今晩はすごくご機嫌じゃないか」


「そりゃそうっすよ。もうあまり時間が無いんだから、一分一秒だって無駄には出来ないっす!」


「時間が無いって……まだ分からないぞ?」


「そうですよ、メルディさん!」


「担い手がきっとなんとかしてくれるわよ。あ、助けて貰ったからって惚れたりしたら許さないわよ? そこだけは譲れないから」


「にゃはっ、頼もしい言葉っすね。ボクにゃん、とっても嬉しいっす! ぎゅぅぅぅー!」


「はひゃぁっ!?」


「ちょ、ちょっとぉ!?」


 メルディに抱き着かれて、アタフタとするピィ達。

 こんな状況じゃなければ素直に微笑ましく思えるというのに……

 あの右手の紋章のせいで、ただ笑っているわけにはいかない。


「……ねぇ、お兄さん。ちょっといいっすか?」


「うん? なんだ?」


 俺が渋い顔で魔女の紋章を見つめていると、2人を抱きしめたままのメルディが声を掛けてきた。


「お風呂上がりで悪いんすけど、今から付き合ってほしいっす」


「「ほわっ!? つきあう!?」」


「ああ、違うっすよ。付き合うって言っても、恋人関係になるって意味じゃなくて」


「とぼけるんじゃないわよ!! お風呂上がりの男女がつきあうと言ったら!!」


「突き合うって事でしょう!? なんていやらしい!!」


「ふにゃ?」


「……耳年増なメスガキ共で本当にすまん」


 ぺちーん!! ぺちーん!!


「「ひぃぁ~~~~~んっ♡」」


 酷い剣幕でメルディに絡むメスガキ達のお尻に一発ずつお見舞いしておく。

 これでしばらくは大人しくなるだろう。


「それで話を戻すけど……何をしたいんだ?」


「夜風に当たりながら、星を眺めに行きたくて。ちょっとした夜のデートみたいなもんすかね?」


 照れたように頬を赤らめ、もじもじとするメルディ。

 まぁ、それくらいならお安い御用だ。


「分かった。一緒に行こう」


「にゃー! そう言ってくれると信じていたっすよ。ピィちゃんとルディスちゃんも、一緒に行くっすよね?」


「「あ、あへっ……♡ はへぇっ……♡」」


 お尻ぺんぺんの余韻が消えないのか、舌をだらしなく垂らしながらコクコク頷くピィとルディス。

 これも理解らせスキルの効果……なのだろうか。


【十数分後 草原】


 街灯なんて存在しない草原において、頼れる明かりは月光と星の光だけ。

 満月に近付きある巨大な月は、それだけで十分なほどの明るさを俺達に降り注いでくれており……雲ひとつなく澄み渡る夜空にはキラキラと満天の星が輝いていた。


「おーう、本当に美しい夜空っすねぇ」


「はい。とってもロマンチックです!」


「……いつか担い手と、こんな星空の下で1つに……ぽっ♡」


 女性陣はすっかり、夜空をご満喫の様子。

 勿論俺も堪能はしているが……少し気になる事があった。


「おいおい、星に夢中になるのはいいけど。砦から離れすぎだぞ」


 かれこれ十数分の間、メルディはぐんぐんと草原を進んでいく。

 おかげですっかり、砦が遠くなってしまった。


「そうっすね……この辺りなら、もう十分っす」


 ピタリと足を止めるメルディ。

 それからゆっくりと俺の方へと振り向いてくる。


「お兄さん。騙すような真似をして、本当に申し訳なかったっす」


「メルディ……?」


「実は星を見たいというのは建前……いや、本当に見たかったんすけど。ええっと、お兄さんを連れ出したのには別の目的があって」


 あたふたしながら語り始めるメルディ。

 そんな彼女を見てピィは小首を傾げていたが、俺はすぐにピンと来た。


「お前、まさか……?」


「……お兄さん、駄目じゃないっすか。あのクソ真面目なカルチュアに、あんな悩みを抱えさせちゃうなんて」


「っ!! 俺とカルチュアの会話を聞いていたのか?」


「いえ、あの時のボクにゃんは寝ていましたよ。でも、その時の会話を……コイツが夢の中で見せてくれたっす」


 呟きながら、メルディは右手の紋章を俺に見せてくる。

 黒く鈍い輝きは、以前よりもその悪しきオーラを強めているように見えた。


「お兄さん、確かにボクにゃんはまだ死にたくないっすよ。もっともっと生きて、友達とはしゃいで、馬鹿やって、恋をして……幸せになって。たっくさんの子供や孫に囲まれながら、寿命を迎えたいっす」


「…………」


「でもね、お兄さん。それを叶える為に、この役目を他人に押し付けるのなんてまっぴらごめんっすよ」


「マスター? メルディさんは、何の話をしているんですか?」


「ピィ……アンタは静かにしていなさい」


 話の内容が掴めずに困惑するピィ。

 およそ検討が付いたのか、苦々しい顔のルディス。


「そして何よりも、ボクにゃんが許せないのは……大好きな親友が『ボクにゃんを救う代償として、他の誰かを犠牲にした』という十字架を背負わせる事っす」


 カルチュアがもしもメルディを生かす選択を取れば。

 きっと彼女は、人として、王女として……苦しみ続ける日々を送る。

 それがメルディにとって、耐え難い事なのだろう。


「だからボクにゃんは決めたっす。もう……自分の運命からは逃げ出さない」


「「「っ!!」」」


 ズゥンッ。

 周囲の重力が倍になったかのようなプレッシャーが、メルディの体……いや、彼女の右手の甲から放たれる。


「何をする気だ……!?」


「魔女に体を明け渡して、復活させるんすよ。そうすれば、もうカルチュアは馬鹿な事で悩まずに済みますからね」


 馬鹿な!? タイムリミットの満月はまだ先だというのに!!


「担い手!!」


「分かってる!!」


 アックス状態に変化したルディスが俺の右手に飛び込んでくる。

 俺はそれを掴んで、一気にメルディへと詰め寄っていく。

 とにかく今は気絶させてでも、彼女の行動を止めなくてはならない。


「っ!?」


 しかし、俺がルディスを振るうよりも先に……メルディの全身が黒い光に包まれ始め、大きな繭のような形状へと変化を始める。


「もう、手遅れっすよ」


「ふざけるな! まだ何か……!」


 そうだ。この状況を打開するスキルを閃くんだ。

 乗っ取られた体を取り戻すスキルとか、そういうのを……



ビィーッ! ビィーッ!



「なっ!?」


 いつものあらティロンという音とも共に出現するスキルヒント。

 しかし、今の俺の目の前に表示されているウィンドウには……

エラー。エラー。エラー。 

 そうとしか書かれていない。


「どうしてなんだ……!?」


「お兄さん」


「メルディ! 待ってろ、俺がすぐに……」


 閃け! 早く出てこい!! 

 邪悪を打ち払うスキル、これならどうだ!?


 ビィーッ! ビィーッ!

 エラー。エラー。エラー。


「なんで……!?」


「お兄さん、聞いて欲しいっす」


 顔以外の全てが、黒い繭に包まれた状態のメルディ。

 彼女は俺の方を見つめながら、言葉を続ける。


「カルチュアの事、よろしく頼んだっすよ。あの子、強がってるけど……割りと乙女なところがあって打たれ弱いっすから」


「待て! 待てよ!! メルディ!! 早まるな!!」


「だから、魔女になったボクにゃんは……絶対にお兄さんが仕留めてくださいっす。カルチュアが見たら、昔みたいに泣き虫になっちゃうっすから」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 俺はルディスを地面に背中に戻すと、メルディを包む繭を素手で引き剥がそうと掴みかかる。

 だが、いくら繭を引きちぎろうとしても……俺の手はすり抜けていく。


「メルディさんっ!!」


『この馬鹿猫っ!!』


「メルディ!!」


 何も出来ない俺達は、藁にもすがる想いで懸命に呼びかける。

 しかし彼女はゆっくりと首を左右に振るだけ。


「みんな……本当にありがとうっす」


 そしてメルディは、今まで一番の明るい笑顔を見せて――


「にゃははっ! 最期は笑ったまま、サヨナラっすよ!」


 グジュルッ……

 漆黒の繭の中に、完全に飲み込まれてしまった。


「くそっ……! くそっ! くそくそくそくそぉっ!!」


「あ、あぁ……メルディ、さんが……」


 ドクン。

 ドクンドクンドクン。

 メルディを飲み込んだ繭が、心臓の鼓動のように動き出す。

 何が起きるのか……と、俺達が身構えた次の瞬間。

 繭の中から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「クハハハハッ……! 誠に愚かで、哀れな小娘であったぞ……!」


 この声はメルディの声。

 しかし、声の纏う雰囲気はまるで別人だ。


「しかし、我の依代として申し分のない肉体だ。さぁ、妾が役立ててやろう」


 ズブシャァッ!!

 黒い繭から、飛び出してくる右手、左手。

 それらの腕は繭を掴むと、左右にゆっくりと引き裂いていく。


「ああ、百年ぶりに触れる夜風……なんという心地よさか」


 そこに立つにはメルディであって、メルディではない存在。

 

「テメェが……吸精の魔女か」


「ほう? 妾にそれほどの殺気をぶつけるとは……気に入ったぞ。今ここで、我が直々に葬ってやるとしよう」


 ルディスを握り直し、俺は戦闘態勢を取る。

 もはや今の俺に出来る事はただ1つしかない。

 メルディとの約束を果たし……この魔女を討伐する事だけだ。






****************************

 

 今回で戦闘まで行けませんでした……(土下座)

 次回こそ『カタストロフィⅠ(VS吸精の魔女)』となります。

 どうか不甲斐ない私をお許しください。

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