第34話 図書館で眠たくなるのってなんでだろ?

【森の民の村】


 森で魔獣を退治した俺達は、その足で森の中に存在するという村にやってきた。

 そして犠牲となった家族の話と、魔獣を討伐した事を村人達に伝える。


「感謝致します、カルチュア王女。あの家族が犠牲になった事は悲しいですが、仇を討って頂けて……きっと成仏していることでしょう」


 村長らしく老人は説明を受けて、深々と頭を下げてきた。

 他の村人達も涙を流したり、嗚咽を漏らしたりしながら……ほとんどが、その場にひれ伏している。


「魔女の復活が近いからでしょうか。近頃、森の魔獣達が以前よりも凶暴になっているようなのです」


「……っ」


 村長の言葉を聞いて、メルディはバツが悪そうに背を向ける。

 彼女は何も悪くないのだが、やはり気になってしまうようだ。


「カルチュア王女、何卒……吸精の魔女を討滅してください。この国の民全てが、貴方様の勝利をお祈りしております」


「ああ、任せておけ」


 カルチュアとて辛いのだろうが、彼女はそれを一切表に出さない。

 恐怖に怯える民を安心させる為に、力強い言葉で彼らを鼓舞する。


「マスター……」


「任せろ。俺が必ず、なんとかしてやるからな」


 メルディを死なせずに、魔女だけを倒す。

 俺はそれをやり遂げてみせる。


【知識の街リガイン 大図書館】


 国内最大級の図書館。その前評判に違わず、圧倒的な広大さと蔵書量を誇る大図書館に……俺達はようやく到着した。

 そしてすぐに手分けして、目当ての本をかき集めて回ったのだが……


「……吸精の魔女に関する文献は、これだけのようだな」


 ドンッと、テーブルの上に置かれる大量の本。

 積み上げられた本の高さだけで、ピィの身長を優に超えているだろう。


「これを今から全部、目を通すのか……」


「うぅっ……頭が痛くなりそうです」


「普段から読書しておかないから、そうなるのよ」


 心底嫌そうな顔のピィに対し、ルディスは興味津々の様子で本を手に取る。

 それを見たピィも対抗心を燃やし、本に手を伸ばしていた。


「ふむ。我も王城にある魔女の文献は全て目を通しておいたが……ここには、見覚えの無い本が幾つかあるな」


「にゃー。それなら、カルチュアが読んだ事の無い本だけをチェックすればいいっすか?」


「いや、我が見落としている部分があるかもしれない。それに、他の者だからこそ気付ける何かが見つかる可能性もある」


「にゃぁー……という事はつまり、総当りって事っすかぁ?」


 これまた、読書に耐性の無さそうなメルディも不満げな声。

 しかし自分の命を救う方法を探すためとなれば、嫌がってもいられない。


「大変っすけど、5人もいればすぐに何か見つかるっすよね」


 そう言いながら、俺達の方に視線を流すメルディ。

 しかし、俺の隣に並んで座っているピィ達はというと……


「「Zzzzzzzz……すぴぃ、すやぁ」


 安らかな寝息を立て、可愛らしい寝顔で睡眠中。


「……すまん。ピィ達は読書が苦手なんだ」


 いつも俺が寝る前に読み聞かせるも、大抵は絵本だし。


「……ぐぅ、ぐぅ……すやぁ……むにゃ、むにゃにゃぁ」


「って、メルディも寝てるんかい」


 ピィ、ルディス、メルディ。

 3人そろって、テーブルの上に突っ伏すような形で夢の中へ。


「結局、我とリュートだけか」


「ピィとルディスは慣れない乗馬で疲れているんだろうし、メルディも魔獣と戦ったからな。少し休ませてあげよう」


「それもそうだな。彼女達が寝ている間に、我々で打開策を見つけるとしようか」


 ペラッ、ペラッ。

 静かな大図書館内では、本のページを捲る音がやけに目立つ。


「「「すぅ……すぅ……」」」


 この美少女3人娘の寝息も、そりゃあ目立っているのだけど。


「……なぁ、カルチュア」


「うん? 何かあったか?」


 俺とカルチュア。互いに手元の文献に視線を落としたまま……俺は、カルチュアに問いかける。

 ピィ達やメルディが眠っているこのタイミングに、どうしても確認しておきたい事があったからだ。


「……メルディを救う為に、他の誰かを犠牲に出来るのか?」


「!」


 ピタリ。

 俺の言葉を聞いたカルチュアは、ページを捲る手を止める。


「な、何を……?」


「とぼけなくていい。お前はすでに、その方法に気付いているんだろ?」


「……」


「メルディを魔女の依代から解放する方法を」


 俺がそう指摘すると、カルチュアは深い溜息を漏らす。

 その反応だけで、俺の推測は当たっていたと分かる。


「……ああ。とある方法を使えば、恐らくメルディは依代から解放される。だが、それをした場合――」


「他の獣人族の娘が犠牲になり、最悪の場合は吸精の魔女の完全復活を許してしまう」


「そうだ」


 頷くカルチュア。

 やはり、この方法が一番現実的に……メルディを救える可能性が高いか。


「魔女の紋章は、依代が死ねば他の者に移っていく。だからメルディを一度、仮死状態にして……後で蘇生処置を行う」


 そうすれば魔女の紋章が消えた状態で、メルディは復活。

 魔女化によって意識を乗っ取られ、死亡する事はない。


「だが、それをすれば……もう一度依代を捜す必要が出てくる。もしも、依代が名乗り出るよりも先にタイムリミットが来てしまえば……多大な犠牲が出るだろう」


 そう。この方法で救えるのはあくまで、メルディだけ。

 彼女の持つババを、他の誰かに押し付けるようなものだ。

 しかもその上、魔女の完全復活という危険まで孕む事になってしまう。


「王女としては到底容認出来ない行為だ。しかし、我の頭の中ではずっと……メルディを救えという声が響いている」


「見知らぬ他人より、友人を救いたいと願うのは当然だよ」


 今にも泣き出しそうな顔をしているカルチュアに、俺は優しい声を掛ける。

 ただの気休めにしかならない事は分かっていても、言わずにはいられない。


「やるなら早い方がいい。今、メルディを紋章から解放しておいて……残りの期間中に新たな依代の保護。同時進行で依代を救う方法を考えていく」


 このままズルズルとタイムリミットギリギリまで粘って、土壇場でメルディを解放しようとするのが一番悪手だ。

 依代の保護は間に合わなくなり、どこかの街で吸精の魔女が大暴れするに違いない。


「……驚いたな、リュート。貴様はこういうのは、認めないタイプだと思っていた」


「そりゃあ、俺だってあまり乗り気じゃないさ。だけどもしも、依代に選ばれたのがピィやルディスなら……俺はどんな犠牲だって払ってみせる」


 たとえ外道と呼ばれようと、ゲロ以下の悪人に堕ちようとも。

 俺の大切な家族だけは……絶対に守り抜いてみせる。


「貴様は……本当に強い男だ。体だけではなく、心も」


 ギュッと拳を強く握りしめ、身を震わせるカルチュア。


「リュート」


「やるのか?」


「今夜中に……答えを出す。だから、この件は……」


「分かってる。誰にも言わない」


 ピィもルディスもメルディも。

 カルチュアの葛藤を知らず、穏やかに眠り続けている。

 こんな話をしたら、ピィ達を悩ませるだけだろうし……メルディもいい気はしない。

 ここはカルチュアが答えを出すまで、黙っておくべきだ。


「リュート、我は本を借りる為の申請をしてくる」


「ああ、よろしく頼む」


 しかし、この時。

 俺とカルチュアは……大きなミスを犯してしまった。


「すぅ……すぅ……」


 一番この話を聞かれてはいけない相手であるメルディ。

 彼女は確かに深い眠りに付いていた。

 俺もカルチュアも、そこだけは注意深く確認していたんだ。


 しかし、俺達は見抜けなかった。

 彼女の中にはすでに、【邪悪な意思】が宿っており……俺達の会話を盗み聞きしていたという事に。


「(クククッ……妾の力を宿す依代よ。あの2人の会話を、お主の夢の中で上映してやろうではないか)」


「……んっ、うぅ……?」


 魔女の復活予定日まで残り4日。

 まだ猶予があると。

 希望は残されていると信じていた俺達は……まだ知らない。


「(カルチュアが、ボクにゃんを救うために……他の人を犠牲に?)」


 この日の夜。

 

「(そんな……事、絶対にさせられないっす……だから、ボクにゃんは……)」


 何もかもが、手遅れになってしまうという事に。







【次回予告】


・カタストロフィⅠ(VS吸精の魔女)


「にゃははっ! 最期は笑ったまま、サヨナラっすよ!」


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