第25話 マジで堕天する五秒前

 何の脈絡もなく、俺の前に姿を現した女神インポティ。

 どれだけ美人で色っぽい体を持っていようとも、俺にとっては因縁の相手だ。

 敵意を隠しもせずに睨み付けてみるが、この女神はどこ吹く風の涼しい顔。


「無礼極まりないですね。しかし、私は寛大で麗しい女神です。貴方のような下等生物の反抗一つに目くじらを立てるほど小物ではありませんよ」


「……何しにきやがった?」


「これはおかしな事を言いますね。貴方は私にとって、水槽の中にぶちこんだ金魚のようなもの。定期的に様子を見にくるのは当然でしょう」


「金魚……?」


「ええ。メダカの水槽に入れられて、他よりも多少強いからといってイキリ倒す姿は滑稽で面白いですよ。ぷっ、くくくっ……」


「……っ!!」


「おや、図星を言われて怒るとは……やれやれ。器の小ささは生前から変わりませんね」


「いい加減にしてくれないか? せっかく俺の優勝を祝ってくれる人達がいるっていうのに……アンタのせいで全て台無しだ」

 

 このクソ女神のペースに乗せられて駄目だ。

 俺は努めて平静を装いながら、淡々と話す。


「失礼な。私も貴方を祝福するために、わざわざ下界へ降りてきたのですから」


「祝福……? 冗談だろ?」


「いいえ。その証拠にほら……これを御覧なさい」


 インポティが呟いた途端、俺の目の前にブゥンとウィンドウが浮かび上がる。

 そこに書かれているのは……妙ちくりんな数字?


「フォロー……? 星レビュー……?」


「ああ、それはカミミルの評価ですよ。カミミルを知っていますか? いや、人間風情が知っているわけがありませんよね」


「お前は一々、人間を馬鹿にしないと喋れない病気にかかっているのか?」


 俺が皮肉交じりにそう呟くも、インポティにはちっとも響いていないようで。

 彼女は俺を完全に無視して、話を続けていく。


「カミミルというのは、我ら神々が生み出した配信サイトです。たとえば、神が誰かを異世界転生させて……その転生者の冒険譚を公開配信する、と」


「公開配信……まさか?」


「ええ。貴方の冒険も私が公開していますよ。ほら、そこのフォローというのは、その配信を登録してくださっている神の人数。星レビューというのは、貴方の配信が面白かったと思った神からの評価というわけですね」


 じゃあ、俺の前に表示されているフォロー808っていうのは神様が808人くらい登録してくれていて……★レビュー313というのは、それだけ評価をくれたって事か。


「他にも神様からの応援や、感想コメントもありますよ。ほら、下の方を御覧なさい」


「コメント……」


・元ポイントカードのピィちゃんがかわいいですね(とある神Y様)

・ピィちゃん、流斗にベタ惚れっすね\(//∇//)\(とある神S様)

・は○れメタルよりレアだー!(とある神G様)

・ポイントがゼロになったらどうなるのかな?(とある神M様)

・やはり収納スキルや鑑定スキルの習得が良いと思います(とある神0様)

・知名度をあげてレベルゼロを逆手に取ると。その発想はなかった(とある神Q様)

・メスガキは理解らせねぇとなぁ!(とある神H様)


・応援しています!(とある神X様)

・現時点で約40人がメスガキ理解らせを応援しております!(とある神K様)


「……お、おぉ?」


「とまぁ、このように。貴方の冒険を配信すると、数字が跳ねるんですよ。前にスーパーの経営していた時はちっとも伸びなかったっていうのに。チッ、マジザケンナヨ……セッカクノジシンサクダッテイウノニサァ……」


「神丸スーパーを経営していたのは、そんな理由だったのかよ……」


 しかも数字が伸びないからって、あんな風に閉店したのか。

 ほんっとこのクソ女神、いっぺん痛い目に遭ってくれねぇかな。


「とまぁ、そういうわけで。せっかくこれだけ多くの神々が貴方如きの冒険に興味を持ってくれているのです。ですから、ご褒美を差し上げようかと思いまして」


「……」


「そう怖い顔しないでください。貴方にとってメリットしか無い話なんですから」


「俺にメリット?」


「ほら、今の貴方は生前に貯めた10万ポイントをちまちまと……」


「99999ポイントだ。二度と間違えるなよ、このゴミカス性悪女神が」


 コイツにとっては10万も99999も変わらないのかもしれないが、俺にとっては大切な境界だ。簡単に一緒くたにされたのでは堪らない。


「はぁ……一々うるさい人間ですね。とにかく、貴方が使えるのはたったの99999ポイントしか無いでしょう? それではあまりにも可哀想だと思いまして」


「……」


「この世界でもポイントを貯められるようにしてあげましょう」


「この世界でも……?」


「そして新たに、ポイントを消費して入手出来るスペシャルな特典を用意しました!!」


 インポティが高らかに叫んだ瞬間、また新たなウィンドウが表示される。

 そこに記されているのは……


【女神特典】

・インポティ様に罵倒してもらえる  消費1P

・インポティ様に殴ってもらえる   消費10P

・インポティ様に踏んでもらえる   消費100P

・インポティ様に睨み付けてもらえる 消費1000P

・インポティ様に褒めてもらえる   消費100,000,000P

・インポティ様に甘えられる     消費1,000,000,000P

・インポティ様と手をつなげる    消費100,000,000,000P

・インポティ様にキスしてもらえる  消費10,000,000,000,000P

・インポティ様と付き合える     消費1,000,000,000,000,000P

・インポティ様と結婚できる     消費10,000,000,000,000,000P


「……は?」


 最初の十行近くを見ただけで、俺は頭を抱えそうになる。

 なんだこれ? まるで意味が分からんぞ。


「どうです? 貴方のような底辺生物にも、女神である私と交際して結婚出来る可能性が生まれるのですよ。なんという栄誉でしょうか」


「……一応確認しておいてやるよ。新たにポイントを貯めていくには、俺は何をすればいいんだ?」


「そうですね。貴方をフォローしてくれている神々の数に、評価点×10をポイントにしてあげましょう」


 そうなると、今の俺をフォローしている人数は……808人で、評価点が313だから、合計して約3900ポイントか。


「どうです? 俄然やる気が出てきたでしょう? これからは私の評価を上げるため……いえ、私を手に入れる為に異世界で活躍を重ねていきなさい!」


 とことん人を見下し、馬鹿にしている女神だな。

 こんなのどう足掻いても、ポイントを貯めきる事なんて不可能だし……そもそも貯められたとしてもこんなクソ女神と結婚なんて嫌だ。


「愚かな人間が身の程知らずに、女神への恋心を叶えようと奮闘する異世界転生。ふふふっ、これは実に数字が伸びそうですね……」


「いやいやいや。上手く行くわけがないだろ」


「……え? なぜです?」


「いくらなんでもハードルが高すぎる。こんなの逆に、カミミルの再生数が下がっちまうと思うぞ?」


「そう、でしょうか?」


「ああ、もうちょっとなんとかした方がいい。ここですぐに修正は出来ないのか?」


「それくらい簡単ですよ。では、少し調整しましょう」


 そう言うとインポティアは、胸の谷間からニュッとタブレットのような物を取り出した。

 そしてタブレットの画面をピピピと操作し、最後に顔を画面に近付けると……


『認証しました』


そのアナウンスと同時に、俺の目の前にある女神特典の内容が変わっていく。


・インポティ様に褒めてもらえる   消費1000000P

・インポティ様に甘えられる     消費10000000P

・インポティ様と手をつなげる    消費1000000000P

・インポティ様にキスしてもらえる  消費100000000000P

・インポティ様と付き合える     消費10000000000000P

・インポティ様と結婚できる     消費100000000000000P


「ほとんど変わってねぇし。というか、もうちょっと他にないのか? お色気要素とか大事だと思うんだが」


「お、お色気ですか? しかし、そういうのは……」


「……」


 困ったように顎に手を当てるインポティ。

 俺はそんな彼女に、精一杯の笑顔を振りまいていく。


「女神の中でも一二を争う美貌を活かさない手はないだろ。ほら、コスプレとか入れてみたらどうだ?」


「そ、そうですね。でも、コスプレって言っても……どういうのが人気なのか」


「水着とか体操服とか。まぁ……他にも色々あるけど」


「水着……体操服」


 ピ、ピピピピピッ。


・インポティ様に水着を着てもらえる 消費10000P

・インポティ様に体操服を着てもらえる 消費10000P


「これでいいですか?」


「あー、ダメダメ。視聴者サービスなんだから、そこはポイントを安く設定しないと」


「しかし、私の肌を見せるのを安売りするわけには……」


「……数字、稼ぎたいんじゃなかったのか? だったら全力を尽くそうぜ」


「!!」


「まぁ、なんだ。お前に対する恨みはあるけど……転生して貰った恩もある。だからさ、俺にも協力させてくれよ」


「おお……人間! よくぞ申してくれましたね!」


 いきなり手放しで賛成するのではなく。

 ほんのわずかな反抗心も見せつつ、協力の姿勢を示す。

 そうしてインポティを油断させ、気を抜いた隙を狙って――


「なぁ、女神様。俺にいい考えがあるんだが」


「いい考え?」


「ああ。再生数がきっと一気に増える裏技的な方法だよ」


「……本当ですか!? さぁ、すぐに教えなさい!」


「そう焦るなよ。マジですげぇアイデアだから、サプライズにしたいんだ」


 俺はインポティの方に近付くと、スッと右手を差し出す。


「ちょっとでいいから、そのタブレットを貸してくれないか?」


「え? いや、流石にそれは……」


「大丈夫。俺が変な操作をしたとしても、認証さえしなければいいんだからさ」


「そう言われてみれば、それもそうですね。では、ほんの少しだけですよ」


 インポティは納得したように、俺にタブレットを手渡してきた。

 ダ、ダメだ……まだ笑うな。

 あくまでも平静を装って、冷静に……冷静に事を運ぶんだ。


「…………」


 ピッ、ピピピピピッ。


「人間如きのアイデアで、神であるこの私を驚かせるアイデアなど出せるとは思えませんけどね」


「……嘘は吐いてないぜ」


『女神特典の項目全てを消去』


 ピピピッ。


『新たな項目を追加しますか?』


 ピピピピ。


『女神インポティを人間に堕天させ、全ての権力を剥奪する』


 ピピピピピピピ。


『消費Pを設定してください』


 ピッ。


『0P。更新後、即時適用』


「よし……終わった」


「さぁ、どんな内容ですか?」


 俺が何を入力したのか、確認しようとタブレットを覗き込むインポティ。

 そのタイミングを見計らい、俺はタブレットの『認証』ボタンをタップ。


『顔認証を開始します』


 センサーが起動した瞬間。

ちょうど覗き込んできたインポティの顔が反応する。


「……あっ」


 ピィーッ!


『認証が完了しました。設定を更新します』


「……ひょえ?」


「かかったなマヌケが!! お前は詰み(チェックメイト)に嵌ったんだよ!!」


『女神インポティを人間へと堕天させます』


「な、なぁっ!? なんですってぇー!?」


 さぁ、元女神への復讐ショーの始まりだ。





【次回予告】

・タブレット返してください。なんでもしますから




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