第9話 ゴミと呼ばれていた俺は

「マスター! 本当にごめんなさい!」


 俺が異世界にやってきてから一夜が明けて。

 ベッドから目覚めたぴぃは開口一番、俺に謝罪をしてきた。


「せっかくのマスターのお誕生日なのに、グッスリと眠ってしまって」


 どうやら、お子様ランチを食べた後にずっと眠り続けていた事を後悔しているようだ。

 

「いいよいいよ。もう誕生日をそこまでありがたがる歳でもないし」


「でも……」


「大丈夫。来年もその次も、十年後も。まだまだ機会はあるんだからさ」


「……はいっ!」


 俺の励ましで元気を取り戻したピィはトテトテと駆け寄ってきて俺に抱きついてくる。

 甘えん坊で本当に可愛いなぁと、俺が癒やされていると。


「くんくん」


「おいおい、そんなに鼻を首筋に近付けられるとくすぐったいぞ」


「臭い」


「え? そ、そうかな?」


 言われてみれば、昨日は寝泊りしただけで入浴はしていない。

 でも、この服は買ったばかりだし……


「……雌猫の匂いがします」


「……へ?」


「あれぇ、おかしいですねぇ。マスターじゃ昨日、一人で新しい服を買ったはずなのに。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……?」


「ピ、ピィさん……?」


「…………にこっ」


 ニコッじゃないのよ、ニコッじゃ。

 時々、ピィの瞳が真っ黒になるのが怖くてたまらないんですけど。


「マスター。浮気はめっ! ですからね?」


「浮気って……俺はいつだってピィを最優先に考えているよ」


「えへへへへっ♡」


 前から薄々と思っていたけど、ピィから俺への忠誠心というか好感度ってかなり高めだ。

 下手な真似をして彼女を誤解させたり、傷つけたりしないように気をつけないと。


「ところでマスター。これから私達はどうするんです?」


「ああ、それについては一晩考えておいたよ」


 この異世界で俺達はどうやって生きて行くのか。

 チート能力を使って地位や名声を得るのか、それとも田舎でスローライフでも送るのか。

 異世界転生した者の多くが選ぶ道筋に、俺も従うべきなのかどうか。


「まずはこの世界を見て回ろうと思う。その冒険の中で、自分が何をしたいのかを見付けたいんだ」


「……それがマスターの決断なら、私は従うだけです」


「ありがとう。でもその前に、ピィにも一つだけ約束して欲しい事がある」


「約束、ですか?」


「俺だけじゃなくて、ピィにも自分が何をしたいのか考えてほしいんだ。ピィが自分の夢や希望を叶えたら、俺も嬉しいし」


「マスター……了解しました」


「じゃあ行こうか」


 俺はピィの手を取り、宿屋を出ていこうと扉に手を伸ばす。

 しかし、その手がドアノブに触れる直前……妙な胸騒ぎを覚えた。


「おわ!?」


 カサカサカサと。

 一匹の黒い虫がドアを駆け上がっていく。

 それを見て俺がのけぞった瞬間……


「死ねぇっ!」


「「っ!!」


 突然、一本の槍が扉を突き破ってきた。

 その先端はのけぞっていた俺の真横をわずかにかすめていく。


「ひゃあっ!?」


 驚いて尻もちをつくピィ。

 俺が助け起こそうとすると、続けざまに扉が蹴破られた。


「チィッ! 運の良い奴だ!」


「おい、騒ぎになる前に片付けるぞ!」


 部屋に流れ込んできたのは、冒険者の装いをした男達。

 それぞれ武器を手にしており、こちらへの敵意を隠そうともしていない。


「……なんだお前達?」


 俺はピィを抱き抱えながら、男達に訊ねる。

 すると彼らは、ニヤニヤと笑いながら答えた。


「お前には恨みはねぇ。大人しく金を渡せば見逃してやるぜ」


「ガキもろとも死にたくねぇだろ?」


 ああ、そういう事か。

 見覚えはないが、恐らくは昨日ギルドにいた冒険者達なのだろう。

 俺がゴールドスライムで得た金を、奪いにやってきた……と。


「ごめんな、ピィ。怖い思いをさせちゃった」


「いえ、いいんです。マスターがこうして庇ってくださりましたから」


「おい! 聞いてんのか!?」


「さっさとマネークリスタルを渡せ!」


「じゃねぇとぶっ殺すぞ!! レベルゼロのゴミが!!」


 俺は男達を注意深く見つめてみる。

 頭の上に浮かんでいるレベルは、11、14、17、19……などなど。

 誰もレベル20すら到達していない有様だ。


「なんですって!? よくも私のマスターを……!」


 俺の腕の中で、男達の言い放った暴言にキレるピィ。

 しかし当の俺はというと、乾いた笑いを漏らす、


「は、ははは……ゴミか。あー……なるほどね、うんうん」


「あ? てめぇ、何を笑ってやがる!?」


「いやさ。元の世界のでもよく言われたよ。クラスメイトに、友達だと思っていた奴に、教師に、同僚に、上司に……実の家族に」


「「「「は……?」」」」


「そっか。この世界でも、俺をゴミ扱いする奴ってのはいるんだな」


 結局、どこでも一緒だ。

 上っ面だけで相手を判断し、馬鹿にする連中は大勢いる。

 そしてかつての俺は、そんな連中にされるがままだった。


「なぁ、ピィ。ちょっとだけ、俺のやりたい事が分かった気がするよ」


 俺はピィを床に下ろすと、まずは槍を握っている男の後ろに回り込む。


「消えた……!? はがっ!?」


 ほんの軽く、男のうなじ辺りにトンッ手刀をお見舞いする。

 漫画とかでよくある気絶させる方法を試そうとしたのだが、効果は抜群だった。

 槍男は膝から崩れ落ち、白目を剥いてブクブクと口から泡を吹き出して痙攣。


「お、おい……!?」


「別に権力や地位とかに興味は無いんだけど」


「おごぇぁあああああああああああああっ!」


 槍男に駆け寄ろうとした斧男のみぞおちに、ボディブローをお見舞いする。

 ロケットのような勢いで斧男は上に吹っ飛び、天井を突き破ってはるか遠くへと消えていった。


「俺の名前を、この世界中に轟くようにする。そんで、もう誰にも俺を馬鹿にさせない」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!? 来るなぁぁぁぁぁっ!」


 怯える鎌男の膝に蹴りを入れる。

 ポキンと。足はあらぬ方向へと曲がった。


「ホギョッ……!? あああああああああああああああっ!」」


 絶叫がうるさいので、俺は男の服を掴んで窓の外へと放り投げた。

 しばらくして何かが地面に激突する鈍い音が聞こえたが、まぁどうでもいい。


「っていうのをやっていきたいんだけど、どうかな?」


「マスターの名を世界中に……なんて素敵なんでしょうか」


 ピィの前でかがみこんで訊ねると、彼女はうっとりと顔をほころばせる。


「大賛成です。マスターを悪く言う人間なんて、この世界から全て消してしまえばいい」


「ありがとう。じゃあ、そういう事で」


 俺はピィの頭を撫でると、最後に残っていた一人……

 腰を抜かし、小便を垂れ流しながらガクガク震えている弓男に目線を向ける。


「おい」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!? 許してください!! 許してください!!」


「ああ、許す」


「そんなあああああああああああああああああっ……へ? ゆ、許された……?」


「その代わり、お前の知り合いの冒険者達全員に……俺の噂を広めてくれ」


「お前の……あ、いえ! 貴方様の噂ですか?」


「ああ。レベルゼロで、凄まじく強い冒険者がいるってな。もし、噂が広まらなかったら……必ずお前を見つけ出して、さっきの連中と同じ目に遭わせてやる」


「わ、分かりました! やらせて頂きます!」


 両手両足と額を床に擦りつけて懇願する弓男。

 これだけ脅しておけば、大丈夫だろう。


「……さぁ、行こうかピィ。昨日のレストランで朝食を食べてから、この街を出よう」


「はいっ! マスター!」


 俺はピィと手を繋ぎ、部屋を出ていく。

 下に降りると宿屋の店主が青ざめた顔でオロオロしていたが、俺は宿代だけをしっかり払ってそのまま宿屋を後にした。


「しかしマスター。これからどうやって名前を広めましょうか」


「そうだな。あの男に噂を広めてもらうだけじゃ信憑性に欠けるし、ここは明確な実績を作るのが一番だ」


 俺はそう答えると、昨日お世話になった防具屋……その入口に貼ってある一枚のポスターを指差した。


「これは……?」

 

 ポスターの内容は、大きな都市で武闘大会が開かれるというもの。

 しかもかなり歴史のある大会のようで、頭には記念すべき第100回の文字……そして優勝賞金はなんと500万ゲリオンらしい。


「まずはこの大会で優勝しよう」


「……ふふふっ! 楽しみですね!」

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