第8話 ひとりぼっちは辛いもんな……

 眠ってしまったピィを抱えた俺は、すぐに近場の宿屋を借りた。

 そして部屋のベッドに、寝息を立てる彼女を慎重に寝かせる。


「うむぅ……むにゃむにゃ」


「……よしよし、いい子だ」


 ぐっすりと眠っているみたいで、しばらく起きる気配はなさそうだ。

 この間に、旅立ちの準備を色々と済ませておこう。


「そーっと」


 俺は部屋を出て鍵を掛けると、足早に宿屋を後にする。

 なるべく急いで用事を済ませて、ピィが目覚めた時には傍にいてあげられるようにしておきたいからな。


「まずは……服にしよう」


 今の俺の格好は、あちらの世界の私服のまま。

 これじゃあ目立って仕方ないので、ちゃんとした服を買おう。


「……ひとまず、あそこでいいか」


 宿屋を出てすぐ向かい側にある武具屋。

 ここなら冒険者の為の動きやすい防具や服が売っているだろう。


「いらっしゃいませ! 何をお求めでしょうか?」


「防具と服が欲しいんですけど」


「左様ですか! それならばこちらの防具などいかがでしょう」


 入店してすぐに話しかけてきた店主の案内で、俺は防具コーナーへと連れていかれる。

 そこで紹介されたのは、見るからにゴツい鎧だった。


「キャデライク社製のニューモデルです」


「いや、鎧は別に……」


「鎧がお好き? 結構、ではますます好きになりますよ」


「だから、俺は鎧を買うつもりは……」


「んああ、おっしゃらないで。素材がブラックメタル。しかしオリハルコンなんて重たいし、付与魔法は弾くわで、ろくな事はない。どうぞ触って叩いてみてください」


「……」


 コンコン。


「余裕の音だ。硬度が違いますよ」


「はぁ……」


 俺ってば、昔からこういう店員のゴリ押しに弱くて押し切られるんだよなぁ。

 でも、今の俺はもう過去の俺じゃない。

 ここは毅然とした態度で断ろう。


「お兄さん。そんなガラクタは買わない方がいいっすよ」


「え?」


 俺が断ろうとした矢先、店員の後ろから女の子が声を掛けてきた。

 どうやらずっと俺達のやりとりを見ていたようで、どこか呆れている様子。


「そんなの高いだけで、実用性ゼロっすから」


 そう続ける女の子は、高校生くらいの年齢だろうか。

 茶髪のショートヘア。起伏の乏しいスラッとしたスレンダー美乳体型。

 しかしその顔立ちは確実に美少女……そして何よりも印象的なのは、頭でぴょこぴょこ動く猫耳と、腰の辺りから伸びる尻尾だ。


「(猫耳少女だ……!!)」


 この世界に来て最初に出会った亜人種(魔物?)がオークだったせいで忘れていたが、異世界なのだからリアル獣耳美少女がいてもおかしくはない。

 いやぁ、これはちょっと感動だ。


「おい! いつもいつも、商売の邪魔をするんじゃねぇ!!」


「そっちこそ、何も知らない客を騙そうとするのは良くないっすよ」


「くっ……! 十年以上も売れ残っているコイツを売りつける最大のチャンスだったのに!」


「いやいやいや、買うつもりなんて無かったですけど」


 この店主、何をもって売れる自信があったのだろうか。


「そりゃそうっすよ。そのお兄さん、レベル0みたいですからねぇ。いきなりそんなゴツイ鎧なんて着るわけが無いっすよー」


「レベルゼロだぁ? ああ、本当だ……なんでこんな一般人が武具屋に?」


「いやまぁ、色々と事情がありまして」


「ふんっ、なんだっていい。冷やかしならとっとと帰った帰った!」


 先程までの熱心な接客態度はどこへやら。

 俺を一般人だと思った店主は面倒くさそうにカウンターに戻っていく。


「にゃははははっ。お兄さん、嫌われちゃったっすねぇ」


「いや、この方がいいよ。邪魔されずに商品を見られるし」


「それはそうっすけど。本気でここで商品を買うつもりなんすか? というか、冒険者になるつもりっすか?」


 猫耳少女は俺に近寄ってくると、周囲をグルグルと回りながら俺の全身を見てくる。


「悪いのか?」


「悪くはないっすよ。ただ、レベル0のお兄さんが防具を揃えても、魔物を倒すのは無理じゃないかなーって! ボクにゃんは心配っすよー!」


「見ず知らずの男に対して、ずいぶんと優しいんだな」


「にゃー。先輩冒険者たるもの、後輩の面倒を見るのは当然っす」


 確かにこの子の格好は冒険者スタイルで、背中にはトンファーまで背負っている。

 先輩冒険者だというのは本当だろう。


「(どのくらいのレベルなのかな……?)」


 チラリと猫耳少女の方を見てみる。

 そしてレベルを知りたいと心で願ってみると、彼女の頭上にブゥンとウィンドウが表示された。そこに書かれていたのは……レベル42の文字。


「レベル42……」


「そうっすよー。泣く子も黙る、双撃棍のメルディとはボクにゃんの事っすよー」


「へぇ……」


「ちょいちょいちょーいっ! リアクション薄いっすよー!! こんなすごい冒険者を見たら、敬っちゃうのが普通じゃないっすかー!」


「……(なんだかしつこいなぁ)」


「ははーん。お兄さんってば、初心者だからレベル42の凄さが分からないんですよね? フフフフフッ! 良い事を教えてあげるっす! ボクにゃんはかーなーり強いっす! あの有名なカルチュア王女ともいい勝負をした事があって!」


 テンション高く話すメルディを無視して、俺は装備を選び続ける。

 サイズが合っていそうな軽装の防具と、後は顔を隠せるマフラーとか買えばいいかな。


「きっと初心者冒険者のお兄さんは、強くて頼りになる先輩冒険者のボクにゃんをパーティーに誘いたくなるに決まってるっすよねぇ。かぁーっ! 人気者は辛いっすよ! もう毎日モテモテ! 嫌になっちゃうっすよぉ!」


「すみません、これください」


「はいよ。全部で5万ゲリオンだが、払えるのか?」


「ちゃんと払えますよ」


「引く手数多のボクにゃんですけど、お兄さんがそこまで熱心に言うのなら……うんうん。一緒に冒険してあげてもいいっす。ひとりぼっちは寂しいっすもんね……よーく分かるっす。やっぱり冒険は賑やかなのが一番っすから」


「金のマネークリスタルだなんて、アンタもしかしてボンボンか? それなら鎧も買っていってくれりゃあいいのに」


「あははは、要らないです」


「そうか。それで、あそこのうるせぇのはどうするんだ?」


「リーダーはボクにゃんっすよ? 大丈夫、ダンジョンの攻略も魔物討伐もベテランのボクにゃんに従っていれば全て上手くいくっすよ! 大船に乗ったつもりでボクにゃんと一緒に冒険するといいっす!」


「彼女……なんなんです?」


 俺がカウンターに行った事にも気付かず、未だに一人で騒いでいるメルディ。

 ここまで来ると少し怖い。


「メルディの奴、実力はあるんだが……とにかくウザい性格でな。いつもあんな調子だから、誰もパーティーを組んでくれねぇんだ」


「あー……」


「それでこの店に来る新人冒険者に先輩風を吹かせて、自分を仲間にするように強要するんだよ。仮にそれで上手くいっても、毎回すぐに追放されちまうんだけどさ」


 なんだか鬱陶しい人だとは思っていたが、まさかそんな悲しい背景があったなんて……


「……」

 

 しかし下手な同情はやめておこう。

 俺にはピィという大切なパートナーがいる。

 彼女の許可なしに、パーティーの勧誘など出来るはずがない。


「じゃあ、買い物も終わったので……俺、帰ります」


 購入した装備を袋に詰めて貰った俺は、メルディに気付かれない内にそそくさと店を出ていった。

 俺には関係の無い話ではあるが、彼女には強く生きていって欲しいと思う。







「じゃあお兄さん。これからよろし……あれ? お兄さん!? どこっすか!? どこに隠れちゃったんすかぁー!?」


「あのお客さんなら、もう行っちまったよ」


「そんな……!! レベル0がソロで冒険なんて危なすぎるっす!! 今すぐ追いかけて、ボクにゃんが守ってあげるっすからねぇぇぇぇぇぇーっ!!」


 この時の俺は何も知らなかった。

 騒がしく、鬱陶しい彼女との出会いがやがて……

 あれほど大きな騒動へと繋がっていくなんて。

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