《新人退魔師茉依ちゃん♡》④
「思ったのだが――君はアレだな。非常に地味だな」
「え…………」
翌日、地下駐車場でいきなり育子にそう言われた。
地味。まさに茉依を表現するに的確な単語である。本人にも自覚はあった。
長めの黒髪を一つ結びにし、更に黒縁のメガネを掛けている。
そのせいで表情は窺い辛く、伸びた前髪は顔に影を落として更に暗く見える。
スーツもまさに着られているという風体で、あまり似合っていない。
その辺の量販店で安いものを買ったからだろう。学生のスーツコスプレに近い。
まあ二ヶ月前までは本当に高校生だったので仕方がない側面もあるが。
「良いのかそれで? ぶっちゃけ芋っぽいにも程があるぞ」
「良いとか悪いとかが……ちょっとよく分かりません」
「いや、単純にそれだとモテないだろう。致命的だぞ、それは」
「……も、モテたいわけでは……」
「男に抱かれるのも、男を抱くのも、女として必要な経験であると私は思う」
「は、はあ」
「そしてその為には最低限の身だしなみは必須――違うか?」
「わ、分からないです。ただ、あまりそういうのを、親から――」
派手な装いを、茉依の両親は嫌っていた。不良である、とも思っていたのだろう。
なので毛染めや化粧など、茉依は己と縁遠いものと捉えていた。
社会人になってからも、それはさながら打ち込まれた楔のように続いている。
「親の言い付けなど社会人になったら無視しろ。もう子供ではないのだから」
「でも……」
抵抗しようとした茉依のメガネを、育子は片手ですっと外した。
そして残った片手で前髪を掻き上げて、彼女の瞳をじっと覗き込む。
くりっとしていて、はっきりした瞳だ。目付きの鋭い育子とは真逆である。
自分が狐ならこいつは狸だな――育子はそう思いつつ、感想を述べる。
「……ふむ。私は世辞が嫌いだ。よって正直に言うが、中々可愛いな君は」
「~~っ! か、からかわないでください!」
顔を真っ赤にして、茉依は目を背けてしまった。
あまり容姿について褒められたことがないのだろう。
磨いていないのならば当然か。
育子は無言で茉依の化粧っ気のない頬をぷにぷにと指でつつく。
「あ、あの、大麻室長。なにを……?」
(肌めっちゃ綺麗やんけコイツ……)
若い上にあまり使っていないからだろう。
未使用のキャンバスこそ最も白く美しい。
更に育子は指を下げ、茉依の胸をいきなりガシッと掴んだ。
指が沈み込んでいく。下着越しにも分かるその弾力性と柔軟性。
「うひゃあ!?」
(分かってはいたが――でっっっけェな……。何食って生きてきたんだ……?)
「ちょ、ちょっと! やめてください!」
やり過ぎたからか、流石に茉依も育子の手を払い除けた。
夕陽で照らしたぐらいにその顔は真っ赤だ。こういうのに耐性が皆無らしい。
育子はやや棒読みで「すまん」とだけ謝り、ぼそりと呟いた。
「……ガチればヤりたい放題だろお前……」
「え……? あの、何か……?」
「いや特に。まあいい。今日の行き先は決まった。車に乗りなさい」
「は、はい……?」
促されるまま、茉依は再び育子の運転で街に繰り出していく。
内向的で殻に閉じこもりがちな茉依の、知らない世界。
それを、育子はとにかく(会社の金で)見せていく――
* * *
「じゃあ今日はコンタクトレンズを買うぞ」
「こ、コンタクトレンズって、目に入れるアレですよね……?」
「それ以外に何がある」
「いや、だって、目に指を入れるって怖くないですか? これは、ちょっと……」
「黙らっしぇェイ! 異形共の方がどう考えても怖いだろうが!!」
茉依は野暮ったいメガネをしているので、まずはそれを取っ払う。
というわけでコンタクトレンズに変えるよう育子は茉依に迫る。
が、コンタクトレンズ初心者にありがちな恐怖感と抵抗感に茉依は怯えていた。
「でもぉ……」
「単純に、コンタクトの方が動きやすい。視界も確保出来る。これは生存率に直結するぞ」
「……確かに……。なら、コンタクトレンズにします」
(業務的なことを絡めるとアッサリだな……。真面目ちゃんめ……)
見た目の問題から別の問題にすり替えた途端、茉依は納得する。
この日、茉依はメガネから見た目の上では裸眼になった。
「顔が軽くなった……気がします」
「それはよかった」
「今日は髪の毛に手を加えていく。店の予約はこっちでしておいた」
「え……ええええ!? し、仕事中にそれは流石にちょっと……」
「上の許可は取っているから問題ない」
「そ、それに、わたしは意外とこの髪型とかが気に入っているので……」
「従順なようでいて案外ノリが悪いヤツだな、君は」
明くる日、茉依のやはり野暮ったい髪に対し、育子はメスを入れることにした。
ヘアサロンの予約を勝手に入れ、そして店の前まで連れてきたが――
やはり抵抗された。
感覚的には無理矢理坊主にされる野球小僧と近しいものがあるだろう。
そこまでの非道を働くわけではないが、育子はひとまず説得に掛かる。
「この前、彼氏云々の話をしたが――じゃあ今君に好きな男は居ないのか?」
「とっ、突然何を訊くんです!?」
「居るならそいつの為にイメージチェンジをすると考えろ。自分の為じゃない」
「……誰かの為に、自分の見た目を変えるのですか?」
「自己満でないのなら、結局ファッションの類は全て他人の歓心を買う為のものだろう」
「他人の、歓心……」
茉依の脳裏に浮かぶのは、高校の同級生――野球部のエースである少年だった。
高校の入学式に彼を見てから今日まで、未だに瞼の裏に焼き付いて離れないその姿。
一目惚れであることは間違いない。
ただ、それを茉依は三年間ずっと秘めたままだった。
三年間同じクラスだったのに、喋った回数も両手で数えるほどしかない。
自分とは住む世界が違うから。そういう線を引いて、最初から諦めていたのだ。
或いは――もっと自己中心的で、傲慢な考えとして。
いつか、彼の方から自分に声を掛けてくれるのではないか。
そんな淡い、間抜けにも程がある、受け身の極致が如き期待が根底にあった。
斯様な真似が許されるのは、白馬の王子を待つどこかしらの姫だけであろう。
己がそのようなものではないと、自覚しているはずなのに、ふざけた話である。
(でも、あの人とは……もう、会うことはないとよ)
そもそも高校三年生の時に、彼の方から全ての接触を断ってしまった。
以降の動向は誰も知らない。茉依も、詳しいことは何も聞いていない。
怪我というトラブルがあったことだけは知っているが――そこまでだ。
初恋とは得てして、虚しく散っていくからこそ逆に記憶へ焼き付くのだろう。
(めっちゃ遠い目をしとるな……。夢見がちなタイプか……?)
「……分かりました。ちょっと、頑張ってみます」
「それでいい。詳しくは分からんが、君にもそういう男が居るのだな」
「はい。過去形、ですけど」
この先、二度と彼と交わることはないだろう。
あれは、高校三年間に見た夢だった。
そういうことにして、自分は自分の道を歩んでいく。
でも、もしいつかどこかで、偶然彼とすれ違うことがあるとして。
見た目が大きく変わった自分を見た彼は、一体どんな反応をするだろうか。
「あの時よりも可愛くなったな」と、思ってくれるだろうか。
いや、思って欲しいからこそ、人はささやかな努力を重ねていくのだ。
「これが……わたし……」
明るい色に髪を染め、丁寧にケアをし、前髪も切った。
そんな自分を鏡で見て、ようやく茉依は、女性が努力をする理由と答えを知った――
「似合うじゃないか。もし私が男なら即ヤり……えー、告白を検討する」
「そ、そうですか? えへへ……」
(ただ高校の時からそうしてれば違った人生があったかも……とは思うなよ?)
「……もっと早く踏み出していれば、わたしは……」
(遅かったわぁ)
朝に茉依を社内で見た者は、帰社した彼女を見れば絶対に腰を抜かすだろう。
そのくらい変化している。泥人形からリカちゃん人形ぐらいには変化した。
いや、これはもう進化と呼ぶべきか。ともかく育子は満足した。
「ともかくこれで――君も思う存分男を食いまくれるだろう」
「あ、いや、別にそれは興味ないです……本当に……」
見た目は変わっても貞操観念は全然変わらなかった――……。
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