《新人退魔師茉依ちゃん♡》②


 そんな感じで任を受けたはいいが、結果としては一ヶ月で茉依は音を上げた。

 ガシガシと頭を掻きながら、とりあえず育子は茉依を椅子に座らせる。


 誰かにこの会話を聞かれるとまずい。育子は室長室の扉を閉めて鍵を掛けた。


「――もっかいのもっかいのもっかい訊く。何だって?」

「辞めたいです……」


「それしか言えねェのかテメェは!? あーいや、とりあえず理由を話しなさい」

「その……わたし……。退魔師、全然……向いてないので……」


 決して目を合わさず、茉依はおどおどしながら小さい声で理由を述べた。


(一ヶ月経っても全然コミュ力変わんねえなコイツ……)


 入社時の自己紹介から今日の今日まで、茉依はずっとこんな感じだった。

 普通、一ヶ月間一緒に仕事をすれば多少なり打ち解けてくるものである。


 が、茉依はめちゃくちゃコミュニケーション能力が低いらしい。

 或いは育子が怖いからかもしれないが、ともかく一切懐いてこない。


 完全に己へ線引きされていることを把握しつつ、育子は問う。


「向き不向きはさておこう。どの辺りにそう感じる部分があった?」

「……戦うの、嫌いなので……。それがそもそも……退魔師としては……」

「皆そうだ。戦うのが好きな退魔師など居ない。故あってこそ、各々戦っている」


「でも……大麻室長は現役時代戦闘狂だったと、いろんな方が噂してました……」

「ははは。噂していた者の名前を全員教えなさい。流言飛語は良くないと教育するから」


 新人の退魔師は、大体最初にこの壁へとぶつかる。

 即ち、戦うことに対する忌避感――殺すことに対する抵抗感。


 なお育子は一切この壁にぶち当たらなかった。理由は噂の通りだ。


「こ、この手で……曲がりなりにも他の命を奪うだなんて、やっぱりわたしには……」

「それは君だけの悩みではない。退魔師である以上、全員に付き纏う問題だ」


「じゃあ……皆さんはどうやって、これをクリアするのですか……?」

「え? あー、うん。まあ……うん」


 知るか!! としか育子は言えなかった。彼女はこの答えを持っていない。

 何故ならば異形をぶち殺すのに理由など不要で、何の問題もないと考えているからである。

 退魔師として最強のメンタルの持ち主が育子だった。


「というか、君は家柄的に、幼少期から退魔師の修行をしていたのだろう?」

「……はい……。嫌々ですけど……」


「そこで精神修養もしたはずだ。他の者ならいざ知らず、サラブレッドの持つ悩みではない」

「……サラブレッドなんかじゃ……。わたし、ただの……」

(メンタルが熟女の乳より柔らけえわコイツ)


 茉依の過去など育子は殆ど知らない。話したがらない時点で察するものはあるが。

 だが退魔師として幼少時から修行を付けられるなど、一般退魔師でも中々無いことだ。

 育子だって退魔師になったのは偶然みたいなもので、子供の頃は(一応)普通の少女だった。


(つっても……実力自体はやっぱ高いんだよなぁ。ほぼ天才だわ)


 異形への知識、対応力、身のこなし、退魔器の扱い、並びに習熟速度――

 退魔師として必要な素養は数多くあれど、茉依は育子から見ても殆どA判定だと言える。


 ただ、最も退魔師に必要であろう精神力だけがぶっちぎりで低い。

 故にほぼ、である。


「昨日も君は……異形を取り逃したな」

「……はい……。ミスばかりで本当に……向いてなくて申し訳ありません……」

「何度か君に言ったが、本来の君の実力ならそんなミスは発生しないんだ」


「……でも現実として……ミスをしたわけですし……」

「ああ。殺すのを躊躇ったから、だな。つまり結局その壁に行き着くか……」

「………………」


「どうやってその問題をクリアするかだが――私の中にその答えはない」

「……そんな……」

「ただ、聞いた分には多くの答えが存在する。それも、大体同じ答えが」

「え……?」


「最初に言っただろう。理由だ。故あってこそ戦う……君にはそれが存在しない」


 戦うこと。殺すこと。これらをどのように捉えていくのか。

 退魔師という職業だから、仕方なく行う――という思考では長続きしない。


 どんな退魔師も、己の職務を果たす中で、各々が『理由』を見付けていく。

 自分が何故、異形の血でその身を汚し、或いは己が命を危機に晒すのか。

 その理由を。


「理由――……」

「ともかく、退職云々については少し待ってくれないか」

「……」

「今日はもう家に帰りなさい。一度、ゆっくり休むんだ」


 メンタルがやられている者を強引に働かせるほど育子は鬼ではない。

 茉依は小さく頷いた。帰る分には文句はないようだ。


(帰って……ゲームするとよ)


 薄ぼんやりと、茉依は帰ってから何をするか考えていた――



* * *



「おうハゲゴルァァ!!」


 部長室の扉を、育子はヤクザばりの前蹴りでブチ破って入室した。

 コーヒーを啜っていたらしい部長はぶほっとむせ返る。


「き、君、ノックぐらいしなさい……」

「しただろがァ!! それより話聞け!!」

「キックとノックは似て非なるものだから……」


 茉依を家に帰した育子の行動は迅速であった。

 己のストレスをあえて上役にぶつけにいく……スカッとジャパン女と言えよう。


「アイツめっっっっっちゃ陰キャなんだけどぉ!? やべえわ!!」

「君の方がヤバイんだがね……」


「あークソ、若モンの考えなんざ分からんわ!! おセンチ過ぎてよォ!!」

「何かあったのなら、報告しなさい」

「今下仕事辞めるってよ!!」


「…………。あっ、ふーん……。君、次の職は何するつもりで?」

「ナチュラルにアタシがクビになる流れにすンなや!! 殺すぞ!!」


 とはいえ、育子が相談しに来たことは事実だった。

 付き合いは長いので、部長はその辺りの心情を察したらしい。

 なので問われる前に、育子は先程まで何があったのかを部長に伝える。


「――なるほど。まあ、模範的新入社員的五月病と言ったところだろうね」

「マジどうすりゃいいのかが分かんねっスわ」

「ストレスを少しでも取り除く、或いは緩和する――」


「じゃあ酒飲んでセックスして寝ろって言ったらいいかぁ~」


「君基準で世の中を測ると地軸すら歪むからやめなさい……」

「アタシはそれで大体メンタルが完全回復すンだよハゲ!!」


 猛将のような生き方をしているのが育子だった。

 世が世なら覇を唱えたことだろう。

 辞めるのを止めさせる――それには茉依のメンタルをケアする必要がある。


「異形の殺傷については、誰もがぶつかる問題だ。ここは、自分で乗り越えさせるしかない」

「あんなゴミ共殺したいだけ殺しゃアいいだろうに。狂ってるわ最近の若モンは」

「己が異常者に属していることをいい加減自覚したらどうだね……?」


「で、他の部分でケアしろって話っスよね? どうすんの?」

「……。この一ヶ月で、君はどこまで今下さんのことを知った?」


「先週報告書出したろハゲ。それ読めよ。全部そこに書いたから」

「退魔師的なことは、だがね」


 じろりと部長が育子を覗き込むように見据える。

 舌打ちしながら、育子は目を逸らした。何が言いたいかは察することが出来た。


「プライベート的な部分は知らん。そういうの話す機会がねェから」

「会社上の付き合いを、プライベートで一切望まない若い子は増えているが――」


「説教か? このアタシに説教カマすか? 毛根全部寄越したら三秒聞いてやるわハゲ」

「――そもそも円滑なコミュニケーションにおいて、プライベートは中々切り離せない」


「いぃぃっぃいち!!」


「淡々と異形を処分するだけになりがちな我々にとっては、特に。人との関わりは、必要だ」


「にぃぃぃぃいぃいい!!」


「もっと彼女の本質を見てやりなさい。そう、真正面か「さぁぁぁぁ――」以上!!」

「チッ……。助かったなハゲ」


「説教されたらカウントダウンで即時反撃する部下とか前代未聞だからね……?」


 ホッと部長は胸を撫で下ろした。この狂犬は本気で毛根を狙いかねない。

 カウントダウンで聞いていないように見えた育子だが、一応ちゃんと聞いていた。


「ハゲ。明日から一週間、アタシと今下に仕事回すな。一切現場にも出ねェから」

「ふむ。退魔しない退魔師など職務放棄に思えるがね?」

「好きに言えや。許可しないなら今下が辞めるだけだ。要はテメェらの責任な」


「許可した場合、今下さんは辞めない――退職の意思を取り止めさせる自信がある、と?」

「知らん。けど辞めたらアタシもクビでいい。一週間、自分なりに向き合うわ。アイツと」


「相分かった。ではそう手を回しておこう。君の好きにやりなさい」

「うっス。物分りいいハゲは好きだぜ、アタシは」


 そう言い残して、育子は部長室からすぐに出て行った。

 オニゲシメディカル内において、育子を制御可能な社員はごく僅かである。


 その僅かな一人が――結局は、かつて彼女の面倒を見ていた、この部長であった。

 もっとも、割とガタガタな制御ではあるが。


「あえて言わなかったが――君が新人の頃、私は毎日血便が出てたぞ。ストレスで」


 己のその苦労に比べれば、育子と今下の問題など些事だろう――

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