《オレは女房、アイツの女房》②

「……あ。消しゴム忘れた……」


 新しいクラスになって最初のホームルーム。

 色々と用紙に記入やら記名をする中で、和友は消しゴムを持って来ていないことに気付く。


 勉学や学生としての生活態度は、和友は中の下ぐらいで落ち着いている。

 要は程々にバカで、しかし赤点は取らないし、一方で授業中すぐ眠るような高校生だった。


(まあこれでお前が勉強まで出来たなら、流石に皆が神を恨むからな……)


 席はやや離れているものの、琥太朗は和友の異変に一瞬で気付いた。

 消しゴムを忘れたというところまで表情から察知し、己の消しゴムを握る。


 軽く放り投げてやれば、絶対に和友は反応してキャッチするだろう。

 す、と琥太朗は手首を返して消しゴムを投げようとした――


「あ、あの、二十楽くん。もしかして、消しゴム忘れちゃった……?」


 和友の隣に席に座っていた女生徒が、こしょこしょと和友に話し掛けている。

 琥太朗は己の全聴力を、うだうだ喋る教師ではなくそちらへと傾けた。

 ついでに女生徒のことをすぐに観察し、それが誰か思い出す。


(今下……茉依さんだっけ。帰宅部で、一年生の時も同じクラスだったな)


 黒い髪を一つ結びにして、同じく黒縁のメガネを掛けているクラスメイト。

 はっきり言って地味、ほぼクラス内で目立つことのない女子。


 ただスタイルは割と良い方だろう。琥太朗の観察眼はそう言っている。

 野暮ったい制服の着こなしがそれを隠しているだけだ。

 が、別にそんなことはどうでもいい。今下の表情から琥太朗は大体察した。


(アテられてんなぁ――和友に)

「あー……っと」

(んで和友は今下さんの名前すら覚えてねーな)


 仮にも一年間同じクラスだったのに――と、常人ならそう彼を非難するだろう。

 だが琥太朗の見解は真逆だ。

 和友がわざわざクラスメイトの名前を覚える方がレアなのだ。


 野球に関連する人物以外で、あえて和友がそれを記憶するわけがない。

 つまり、今下は模範的等価値に過ぎないわけで。残念だが、今後もそうだろう。


「貸し……ううん、わたしのをあげる!」

「いや別に必要ない。消したらすぐ返すから」

「あっ……ソウデスカ……」


 消しゴムを受け取った和友は、消したい部分だけ消してさっさと今下へ返した。

 今下はしょんぼりとしている。が、その表情はどこか嬉しそうだ。

 おおよそ、和友と同じクラスで、そして隣同士なのがキているのだろう。


(やめとけって、今下さん。報われない恋に青春費やさない方がいいぞ)


 どっちに言っても無駄だろうから、琥太朗は犠牲者の増加に溜め息をつく。

 性別など関係なく、強すぎる光に人間は惹かれてしまうものだ。


 太陽のことを知らない生き物が、初めて太陽を見たらどう思うだろうか。

 熱いだの温かいだの眩しいだのあるだろうが、それ以前にこう思うはずなのだ。


 ――あれは何か、途方もなく凄いものである、と。


 琥太朗からすれば、イカロスがその辺にうじゃうじゃと居るように見えた。

 尤も――間違いなく一番大きな蝋の翼を持つのは、自分であるとも考えていたが。


「ね、ねえ、二十楽くん。こっ、今年も同じクラスだね?」

「ごめん。眠いからちょっと寝る」

「あっ……ソウデスカ……」

(でもたまに思うんだよな――アイツいつか女に刺されて死ぬんじゃねえのって)


 今下がそんな女ではないことを、琥太朗はほんのり祈っておいた――

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