《オレは女房、アイツの女房》①

《あらすじ》

仁瓶琥太朗、高校二年生。野球部所属。

無名校ながら天才投手、二十楽和友を擁する中で、捕手である琥太朗は

ある日大きな選択を迫られる。

これはコンビニ店長が体験した、在りし青春の日々、その1ページ。

(※本作はギャグコメディ作品です)



《登場人物紹介》


仁瓶にびん琥太朗こたろう

当時は高校二年生。捕手でスタメン。小柄。和友とは小学校からの付き合い。

野球の才能はぼちぼちといったところ。

和友に対して並外れた感情を抱いている。



二十楽はたら和友かずとも

当時は高校二年生。投手でエース。背丈が高い。琥太朗とは小学校からの付き合い。

多くの有名校からスカウトが来るほどの野球の才能の持ち主。

野球マシーンであり、野球以外のことはあまり考えていない。



今下いました茉依まい

同じクラスの陰キャ




* * *




 扇とは。一般的には竹や木を組んで布地を張った、涼をとる為の道具である。

 野球においては、俯瞰でグラウンドを見下ろした際の形状がそれに似ているとされる。

 また、扇にとっての『要』に位置するポジションに、キャッチャー……捕手が該当する。


 文字通り捕手とは扇の要で、投手含む全選手を見渡せることから、司令塔となる。

 マスクを被り、プロテクターを付け、レガースを履き、グローブではなくミットを持つ。


 加えて守備時は常にしゃがむか中腰で、それを最低でも9回繰り返すだけでも相当疲労する。

 更に、防具越しでも球が直撃すれば衝撃が走り鈍痛が残る。


 もし防具のない部分に球が当たりでもすれば、身悶えする程の激痛。

 仮に投手を導き勝利しても、その勝利とは投手のもので、捕手に賞賛は集まらず。

 一方、投手が打ち込まれて負ければ、最も責任を問われるのは捕手だ。


 まずもって、野球をやる者は率先してこれをやりたがらない。

 いわゆる薄給激務。見返りなき重責。多難にして不遇。マゾ御用達ポジション。

 さて、では今回の主役、仁瓶琥太朗はどうだったかというと――


「オレには捕手が一番向いてる」


 ――琥太朗はめちゃめちゃドMなのかもしれない……。



 仁瓶琥太朗、高校二年生の春。

 新学期初日となる今日は、クラス替えの発表日でもある。


「えーっと……俺は3組か。お、琥太朗も同じだぞ。また一年間一緒だな」

「ありがてえよな。クラスが別だと小さいミーティングする時ダリィし」


 クラス分けが掲載されている掲示板の前では、人だかりが出来ていた。

 しかし琥太朗の相方――和友は背が高く、目も良いので、すぐにクラスを把握する。

 のんきに同じクラスになったことを喜ぶ和友を尻目に、琥太朗は人知れず溜め息をついた。


(まあそれなりに根回ししたからな……これで和友と違うクラスなら暴れるっての)


 琥太朗の邪悪な側面が鈍く光っていた――……。

 とはいえ、和友と同じクラスにならないと、自分含めた野球部全員に迷惑が掛かるのだ。


 野球部の練習メニューや日程調整などは全て琥太朗と和友が管理している。

 休み時間は雑談ではなく、常に二人でミーティング状態。

 仮にクラスが別なら、クラス移動で三十秒取られるとして、年間一体何分損をするのか。


 高校球児の三年間は、後にも先にも替えの利かない、限られた三年間だ。

 全ての球児の夢――甲子園大会に挑戦出来る、人生で唯一の期間。

 その一分一秒すら、和友と琥太朗は無駄にしたくない。


 野球弱小無名校、地元の平凡な公立高校において、この二人は本気でそれを目指していた。

 およそ事情を知らぬ者が聞けば、「頑張ってね(笑)」と一笑に付される目標だが――


「ホームルームまで暇だな。キャッチボールするぞ、琥太朗」

「お前な……まあいいけど」


 ――天才かずともが居る。

 ただそれだけで、誰も彼らの目標を笑うことはしない。否、出来ない。


 野球とはチームスポーツでありながら、個人競技の側面も持つ、特殊なスポーツだ。

 即ち、攻守においてまずは投手と打者の一対一での戦いから始まる。

 これが完全な団体競技ならば、圧倒的な個が与える影響だけでは、番狂わせは起きない。


 しかし、投手として図抜けた才を持つ者が居れば、仮に弱小校でも勝ちの目が生まれる。

 それでも盤石にならないのは、やはり団体競技の側面を野球が持つからでもあるが――


 ともかく、和友が相手打線をねじ伏せる限り、簡単に負けることはないのだ。

 事実、彼らは地区の強豪校――甲子園出場経験もあるそこを、去年公式戦で打ち破っていた。

 全くノーマークだった天才、和友の投球の前に沈んだのである。


「なあ、琥太朗」

「どうした?」


「今日の昼休み、ちょっと話がある」


「はあ? 今話せばいいじゃん」

「いや……昼に話す」


 白球を投げ交わしながら、琥太朗は疑問符を頭に浮かべることになった。

 和友は自分に隠し事をしない。特に隠すことを持っていない、とも言える。


 野球となれば尚更だ。それに関する情報は二人で迅速に共有することにしている。

 低めに投げ込まれた和友の返球をどうにか捕球し、琥太朗は少し嫌な汗をかいた。


「にしても……和友」

「ん?」

「お前、もうちょっと周りを見た方がいいぜ?」

「……?」


 グラウンドの隅でキャッチボールをしているだけなのに、肩に重いものがのしかかる。

 少なくとも琥太朗はそう感じているが、一方で目の前の和友は違うらしい。


(すっげえ見られてんだよ、お前……)


 遠巻きに、和友を目当てとした見物人が何名も発生しているのだ。

 中には携帯電話で動画を撮影している者も居る。


 入学から一年間の活動を通して、和友の名声はどんどん膨れ上がっていた。

 最早校内でその名前を知らぬ者の方が少ないだろう。ちょっとした芸能人より上だ。

 とはいえ――本人だけが一切そのことに気付いていなかった。


(マジで『何か知らん人結構居るな』程度にしか思ってねーんだよな……)


 別段、照れているから無理にそう振る舞っているわけではない。

 それはある種の視野狭窄――和友は己の夢と目標だけしか見えていないからだ。


 考え方によっては、背筋が凍るほどの無関心、残酷さすら感じられる。

 天才にとっては、路傍の石も、名もなき雑草も、ほとんどの他人も、等価値だった。


(だけど、ああ――ゾクゾクする。きっと、オレもいつかは、そうなるんだよな)


 今は、和友の視界の中に、琥太朗は相方の正捕手として確かに映っている。

 ……今は。そう、今だけは。高校生活の三年間だけは。


 以降、きっと和友は己の手の届かないステージへと羽ばたいていく。

 そうなったら、和友にとって琥太朗とは、一体どのような価値を持つのか?


(それでいいんだ。オレは、お前の踏み台でいい)


 考えるまでもない。その他大勢の中の一人に落ちるだけだ。要は、等価値(むかち)だ。

 琥太朗はやがて来るその未来に対し――被虐的にして背徳的な震えを覚える。

 自分がそうなった時は、即ち和友が完成した時なのだから。


(だからオレは、お前に全部捧げるよ。貴重らしい高校生活三年間を、お前の為に)


 この怪物てんさいを、曲がりなりにも自分の人生という血肉で育て上げる。

 親鳥が雛鳥の為に餌を取って来るのとはわけが違う。

 己の身体を引き裂いて、何も知らぬ子供へ与えるような、絶対的奉仕というそれを。


「さあ、そろそろ始業のホームルームだ。教室戻んぞ、和友!」

「そうだな。はあ……野球だけやりたい」


 琥太朗少年は、無上の喜びとして捉える程の異常性あいで、真正面から受け止めていた。


 それはまさに、投手の球を捕球する、捕手のごとく――

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